リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
リシェル・ベッカーの失踪から一カ月半が経過。商会ギルドにて
「私は弟だけでなく、姪さえも事故で失いました。月日が流れた今も、私の心の傷は未だ癒えずにいます。しかし、私は弟家族の分まで生きなければなりません。念願である公爵の座を掴むまでは!」
某商会ギルドで涙ながらに演説するのは、フランク・ベッカー伯爵。先日の葬儀の場でも涙を浮かべて熱弁する姿は、家族に対するの誠実さに多くの者の心を打たれたものだ。
というのも、この話を持ち出したのは取引先からだった。
遠く離れた国からやってきた行商人がある植物を探しているそうで、話を聞けば亡き姪・リシェルが発見したソクラ草だったことが発覚。フランクはこれは好都合と身に起きた悲劇を再演した。
話し終えると行商人は涙を流し、おいおいと泣いてしまった。
「ベッカー様、なんてお労しい……そんなことになっていたなんて。リシェル嬢には生きているうちにぜひお会いしたかった……!」
「姪もきっと喜んでおります。自分が成した功績が来世まで語り継がれることを。いかがでしょう、この商談をぜひリシェルのためにも成功させたいのですが」
「ええ、もちろんです! これからどうぞよろしくお願いいたします!」
硬い握手を交わして交渉成立。フランクはほくそ笑んだ。
それから、いくつかの取引を終えて帰路につく。馬車の中でも取引契約書や商談の品を眺めていた。
(よい取引ができた。やはり流行りものには乗っかるべきだな)
この日成立した商談のほとんどが、リシェルが関係しているものだった。遠くの異国でもその名が届いていたことはフランクも知らず、これからの商談のためにも彼女の死は惜しかったと思う。
(これほどまでに円滑な取引ができるのなら、アレをもう少し生かしておくべきだったかもしれない。今の内にできる限り回収して、次の仕込みを考えなければ)
どうやって稼ごうか、どうやって相手を惑わせようか――そんな悪巧みにも見える思考で未来設計を考える時間が、フランクの唯一の楽しみだ。そのビジョンには美しい妻も娘いない。あるのは頂点に立つ自分の姿だけ。