リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
第三章 崩壊のはじまり

リシェル・ベッカーの失踪から三ヶ月が経過。時は巻き戻り、ベッカー伯爵邸にて

 使用人の管理を一新し、新たなベッカー伯爵として歩み始めたフランクだったが、今までの生活基準を維持することができなくなっていた。

 既存の使用人にすべて引き継いだと言われたものの、残った者の手際が悪いのか、何ひとつ満足できやしない。料理人が出す食事はランクが下がって質素なものになり、中途半端な掃除のせいで埃も溜まりがち。以前は美しく咲き誇っていた薔薇園も、今は雑草だらけで洗礼されたベッカー邸は跡形もなくなってしまった。
 耐えかねたエミリが癇癪を起こせば、世話係の侍女達はかかりきりになる。いよいよ従者のレオニスがつきっきりで側に置かれることとなったが、一種の監視と同義だった。

(我が娘ながらに我儘な奴だ)

 使用人が懸命にエミリをなだめる場面に遭遇したフランクは、冷めた目で一蹴した。嫁いだのだから、さっさと婚家へ行けばいいのに。

(領民を黙らせるのに随分と時間がかかっているようだが……何を躊躇っているのやら)

 ギルバート邸周辺で連日行われている領民のデモ活動が、このところ活発になっていた。母体になにかあっては危険だからと、ベンジャミンたっての希望でエミリは未だにベッカー邸に滞在している。

(公爵が頭を下げるか、領民どもが諦めるか……どちらにせよ、そろそろお互いに限界だ。じきに暴動も収まるだろう)

 この後、他人事だと楽観視した自分をこんなにも恨むことになるとは、この時はまだ思いもしなかった。
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