リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜

リシェル・ベッカーの失踪から十ヶ月が経過。ある牢の一室にて

 薄汚れた牢に温かな日差しが降り注いだ。
 フランク・ベッカーは、小鳥がようやく顔を覗くことができるほど小さな窓を見つめると、眩しそうに目を細めた。伯爵として活躍していた頃と比べると痩せこけ、無精髭は伸ばしっぱなし。以前のような厳格な雰囲気は感じられない。

 闇商会との取引をしていたことで事情聴取を受けてから早三ヶ月が経過した。密輸罪を課せられ、留置所に入れられている間にも伯爵の爵位は剥奪された。その直後にベッカー家が没落したと、田舎から駆けつけた父親からの手紙によって知らされたのは、つい最近のこと。
 牢の中にいると、外の情報はほとんど入ってこない。だからベッカー家や娘を嫁がせたギルバート家の現状なんて知らなかった。

 するとある日、城内で行われたパーティーで殺人未遂事件があったことを看守達の世間話を通して知った。不本意とはいえ、エミリがベンジャミンを刺したという事実に耳を疑う。

(まさか、エミリがそんな行動を取るとは……)

 思い返してみれば、エミリは幼い頃から癇癪を一度でも起こしたら手がつけられなかった。大人になった今でも、精神は母親を失った時のままだったのかもしれない。

 質素な朝食を終え、日課のように窓の外を見つめる。牢を出た直後は何をしようか、どうやって商売相手との取引を進め、ベッカー家の再建を行っていくかと、思考を巡らせていた。没落した今、もうベッカー家に縋る必要はない。自分さえ戻ればどうにだってできると自負していた。

「フランク・ベッカー。出ろ」
< 70 / 86 >

この作品をシェア

pagetop