リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜

リシェル・ベッカーの失踪から四日が経過。ギルバート公爵邸にて

　夜が深くなってきた頃、ベンジャミンは隣で小さく寝息を立てて眠るエミリの頭を優しく撫でると、寝室を後にした。
　自分の子を身籠っていると知った時は驚いたが、エミリをより一層愛おしく思うようになった。リシェルとの婚約破棄が決まった高揚感についはしゃいでしまったが、やはり自分は間違っていないと思い直した。
　自室に戻ると、デスクの抽斗に仕舞っていた一枚の紙を取り出してうっとりと眺める。婚約破棄を証明するのに必要な書類だ。すでにベンジャミンとリシェルの自筆のサインが入っている。

（これでようやくあの女とおさらばだ。誰にも比較されることも、否定されることもない！）

　この国で一番愛らしいエミリとの結婚はもちろんだが、何よりリシェルという存在から解放されたことがとても喜ばしい。

「可哀想なリシェル。政略結婚なんて存在しない世界で、君にもう少し僕を敬い立てるような健気さと可愛げがあれば、独りぼっちにはならなかっただろうにね」