絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない

セレナとして



「――――いやっ!」

 セレナは、自分の叫び声に驚いて目を覚ました。耳元であの男の声が聞こえた気がして、とっさに両腕を天井に向けていた。空を切った腕に安堵するも、吐き気を覚えて起き上がった。

「うっ……」
「大丈夫か」
「いやだっ……」

 舐められた頬と首にあの感触が残っている。汚くて気持ち悪くて、剥がれ落ちるはずもないのに両手で擦りかきむしる。

(気持ち悪い……っ)

「やめるんだ、カイル」

 肌をひっかく手を、誰かに掴まれた。それが誰かなんて、考える余裕もないほどにセレナは錯乱していた。

「やだっ、離して! 汚いのっ」
「汚くない。先生が魔法で清めてくれたから、汚くない。君は綺麗だ」

 諭すように落ち着いた声で言われ、セレナの腕から力が抜ける。ぽたぽたと大粒の涙が、頬を濡らし顎先を伝って落ちていった。

「きれ……なんかじゃ、ない……」
「綺麗だ」

 手を離してもらえたと思ったら、その大きな手のひらに頬を包まれ上を向かされる。滲む視界の先に、青い双眸が見えた。絶対零度と呼ばれていた理由が、セレナには全くわからなかった。こんなにも、優しくて温かみのある瞳をしているのに。
 その瞳に見つめられているうちに、ぐちゃぐちゃに乱れた心が少しずつ平静を取り戻していき、涙も止まる。

「あ……、殿下……、取り乱してすみませ……。それと、助けて、くれて、ありがとうございました」

 しゃくりながらもそう伝えると、アンリは目を眇めて悲痛の色をその瞳に宿す。

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