絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない

絶対零度の王子殿下



 寮の受付で部屋の鍵となる魔力認証を済ませた後、セレナはギャスパーたちと別れて自室へと向かった。
 魔法学校は、一学年最大で六十人。イレギュラーな事情がない限り生徒は原則寮に入らなければならない。そして、寮部屋は基本二人部屋だが、最上階には一人部屋が数部屋用意されており、王族や位の高い貴族など、特例の生徒にのみ使用が許されることから生徒の間では「特例部屋」と呼ばれているらしい。
 と、ジョシュアが寮までの道のりで教えてくれた。
 だから、王族でましてや王位継承権第二位という高貴な身分のアンリは、当然その特例部屋になるものだと誰もが思っていたのだという。

 それがなぜ……。

 自室に到着したセレナは、ドアの前で立ち尽くして頭を抱えた。

 受付の人の話では、かの王子殿下――アンリはすでに入室しているらしい。まずなんて挨拶すればいいのか、なにをどうすればいいのか頭の中でシミュレーションを繰り返すも一向に答えは出ない。
 自分には入るしか選択肢がないのに、ぶっつけ本番で部屋に入る勇気もなく、その場でおろおろとするしかない自分が情けない。

 いつまでもここでこうしているわけにもいかず、セレナはようやく意を決してドアの横にある認証パネルに手をかざした。登録された人物の魔力に反応して鍵が開く仕組みになっているとても便利なシステムだ。

 心臓がどくどくと脈打ち、手は震えていた。

 ――ガチャッ

「わっ……!」

 認証パネルが反応するよりも早く、ドアが勢いよく開かれてセレナは驚いて後ずさる。しかし突然のことで足がもつれて尻もちをついてしまった。

「いったぁ……、あっ!」

 痛む体を労わる暇もなく、起き上がったセレナは姿勢を正す。

「し、失礼いたしました王子殿下! お怪我はありませんか」
「すまない、君こそ怪我はないか」

 セレナは視線を上げる。彼の顔を視界に捉えるには仰がなければいけない程背が高かった。そして、その(かんばせ)にたどり着き、息を呑む。
 なんて、澄んだ青だろうか。
 宝石よりも透き通った、スカイブルーの瞳に射貫かれて固まってしまった。
 そんなセレナを不思議に思ったのか、アンリもまた動きが止まっていた。微動だにしないその姿は、王都の噴水広場に置かれている彫刻像と見間違えてしまいそうだとセレナは思った。

 先にハッとして動いたのは王子殿下。

「どこか痛むのか」と目を眇めた。
「……あっ、いえっ、僕は大丈夫です」
「そうか」
「で、殿下⁉」

 セレナは、目を瞠る。
 あろうことか、落ちたままのセレナの荷物をアンリが拾い上げたのだ。

「自分で持ちますので!」

 セレナの制止も聞かずに、すたすたと室内に入っていってしまったため、慌てて追いかける。
 この国の王子に荷物持ちをさせるなんて言語道断。あるまじき行為だ。不敬罪どころの話では済まないかもしれない。

 みるみる青ざめるセレナなどお構いなしにアンリは中に進み、二つあるベッドの片方の上に荷物を置いて振り返った。

「すまない、早く荷物を整理したくて勝手に選ばせてもらった。もしこちらがよければ変わるが……」
「いえっ、大丈夫です。どちらでも構いません。荷物も運んでくださりありがとうございます」
「そうか、ならこのままで頼む」
「はい」

 荷物を運ばせてしまったことは特段気にしていないようでセレナはほっと胸を撫でおろした。

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