「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
4.一人になりたい
時々、無性に一人になりたい時がある。
けれど、王太子妃にそんな時はない。侍女が付き従い、着替えも入浴でさえも人の手が介される身だ。常に誰かの視線がアンジェリカに注がれている。それがどうしても息苦しくなってしまうことがあるのだ。
そんな時、アンジェリカはこっそりと寝台を抜け出す。要所要所に配置されている夜警の目だけ盗めればいい。夜着の上にやわらかなガウンを羽織って、月明かりの中へ繰り出した。
半分より少し満ちた月が、夜空にぽっかりと浮かんでいる。
行く当てがあるわけではなかった。どこに行くともなしに、気の向くままに足を動かす。誰も見ていないことをいいことに、大きく伸びをして深呼吸をする。
しん、と澄んだ夜の空気が心地よかった。
「何してんの」
頭の上から男の声が降ってきた。
「へっ」
見上げれば、中庭の木の枝の上にヴィルヘルムが座っている。あんな高いところ、どうやって登ったのだろう。
「殿下こそ、どうしてここに」
「いや、月がきれいだったからさ」
長い足をぷらぷらと揺らしながらヴィルヘルムは天を指差した。
「あ、あぶないですよ」
「大丈夫だよ。ここならよく見えるし。なんなら、あんたも来る?」
慌ててアンジェリカは首を横に振る。いつも着ているドレスからすれば随分と軽装だが、木になんか登ったことはない。登れるとも思えなかった。
あんな高いところからなら、きっとここから見るよりももっときれいに月が見えるのだろうけど。
「早く、降りてきてください!」
叫ぶようにそう言ったら、唇の前で人差し指を立てて「そんな大きな声出したら見つかるよ」とたしなめられた。
「それは、そうですけど……」
それでも、王太子の身に何かあったら大変だ。ただこういう時に、他になんと言えばいいのか分からなかった。
視線を落とせば、
「分かったよ、今降りるから。それでいいだろ」
言うがいなや、軽やかにヴィルヘルムは枝から飛び降りた。
けれど、王太子妃にそんな時はない。侍女が付き従い、着替えも入浴でさえも人の手が介される身だ。常に誰かの視線がアンジェリカに注がれている。それがどうしても息苦しくなってしまうことがあるのだ。
そんな時、アンジェリカはこっそりと寝台を抜け出す。要所要所に配置されている夜警の目だけ盗めればいい。夜着の上にやわらかなガウンを羽織って、月明かりの中へ繰り出した。
半分より少し満ちた月が、夜空にぽっかりと浮かんでいる。
行く当てがあるわけではなかった。どこに行くともなしに、気の向くままに足を動かす。誰も見ていないことをいいことに、大きく伸びをして深呼吸をする。
しん、と澄んだ夜の空気が心地よかった。
「何してんの」
頭の上から男の声が降ってきた。
「へっ」
見上げれば、中庭の木の枝の上にヴィルヘルムが座っている。あんな高いところ、どうやって登ったのだろう。
「殿下こそ、どうしてここに」
「いや、月がきれいだったからさ」
長い足をぷらぷらと揺らしながらヴィルヘルムは天を指差した。
「あ、あぶないですよ」
「大丈夫だよ。ここならよく見えるし。なんなら、あんたも来る?」
慌ててアンジェリカは首を横に振る。いつも着ているドレスからすれば随分と軽装だが、木になんか登ったことはない。登れるとも思えなかった。
あんな高いところからなら、きっとここから見るよりももっときれいに月が見えるのだろうけど。
「早く、降りてきてください!」
叫ぶようにそう言ったら、唇の前で人差し指を立てて「そんな大きな声出したら見つかるよ」とたしなめられた。
「それは、そうですけど……」
それでも、王太子の身に何かあったら大変だ。ただこういう時に、他になんと言えばいいのか分からなかった。
視線を落とせば、
「分かったよ、今降りるから。それでいいだろ」
言うがいなや、軽やかにヴィルヘルムは枝から飛び降りた。