「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます

9.お飾りの孤独

 そうして辿り着いたのは、アンジェリカの居室だった。ヴィルヘルムはアンジェリカを抱えたまま器用に扉を開けてみせる。

 侍女たちは一様にその姿を見て、目を見開いた。

 舞踏会のさなかのこんな時間に、まさかこんな格好で王太子妃が帰ってくるとは思っていなかったのだろう。

「氷嚢と包帯、早く持って来て」

 侍女にそう命じると、ヴィルヘルムはそっとアンジェリカを椅子の上に下ろした。その意図を図りかねて、誰もすぐには動き出せなかった。

「早く、って言ったんだけど」

 クレアだけが事態に気づいて、はっと踵を返した。慌てて他の侍女もそれに続く。そうして持って来られた小氷嚢と包帯を見ると、ヴィルヘルムは、

「ありがとう。もうみんな、下がっていいよ」

「ですが、妃殿下のお世話なら我々が」

 やんわりと侍女の一人が抗議を述べる。それは当然のことだ。彼女たちからすれば、仕事を取り上げられることは、死にも等しい。

「ごめんね。でも、誰にもアンを触らせたくないんだ」

 ヴィルヘルムは、ぎゅっと引き寄せてアンジェリカの肩を抱く。どこからどう見ても妻を溺愛する夫だ。

 皆、ぼんやりと開いた口が塞がらなかった。そのまますごすごと下がっていくほかなくて、ただクレアだけは何かを深く理解しているようだった。

「さてと」

 二人だけになった部屋の中で、ヴィルヘルムがアンジェリカの前に膝を突く。それはまるで、姫君の前に跪く騎士のようだった。

「なっ!」

 ドレスの裾を大きな手に強引にたくし上げられて、アンジェリカの足が覗く。そのままクレアが結んだリボンを解いて、恭しく靴を脱がせていく。

 足を見られることははしたないと教えられてアンジェリカは育てられた。いきなり裸にされたような羞恥がある。かっと頬が熱くなる。

「ああもう、どうせこんなことだろうと思った」
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