「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます

2.愛する者の口づけ

 秘密裏に王宮の一室に集められたのは、侍従のグレンと宰相、そして魔術師団長だった。
 何せ事が事である。情報を共有するのは限られた人の間で、ということになったのだ。

「それで、この方は本当に殿下なの?」

「だからずっとそう言ってんじゃん、おばさん」
 アンジェリカの言葉に、ヴィルヘルムらしき男は不機嫌そうに頬を膨らませてみせる。

「オレはヴィルヘルムだって」
 釣られて自分もむっとしそうになったが、ここは我慢だ。

「言葉を慎みなさい。あと、わたくしはまだ二十二歳です」

「うっそ、オレより六つも年上じゃん! ねえオレ、そんな年上趣味だったの?」

「殿下は現在二十八歳であらせますので、実際にはアンジェリカ殿下は六つ年下ということになられますが」
「あ、そっか。そうなるのか」

 ぽん、と手を叩いて納得する様子も素直そのものだ。それは、アンジェリカが知るヴィルヘルムの姿ではない。

 体だけそのまま、別人になってしまったかのようだった。

「殿下が十六歳、ということは、つまり……」
「ええ、そういうことになりますね」
「あの事も、ご存知ないということだな」

 宰相とグレンが小声で囁き合う。そのまま探るように二人は視線を交わす。ただそれ以上彼らは何も言わなかった。

 おもむろに口を開いたのは、魔術師団長だった。

「王宮に戻られてから、私が殿下の魔力を鑑定しました。こちらにおられるのは、間違いなくヴィルヘルム殿下です。また、王位継承の水晶が輝いたことからも、それは明らかです」

 魔力にはその人固有の波動があるらしく、高位の者なら区別することは容易らしい。魔術師団長の鑑別ならそれは確かだろう。

 なお、アンジェリカは魔力を持たないのでそれ知る由はないが。

 そして、王位継承の水晶は王家の血を持つ者にしか反応しない。よって、この男はヴィルヘルムだと断定されたわけだ。
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