「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます

13.夢の終わり

 さらさらと手の中を流れていく手触りを堪能していたら、おもむろに膝の上の銀色の頭がくるりとこちらを向いた。

「何考えてんの」

 長い指がアンジェリカの頬に触れる。それはぷにぷにと弾むように突く。灰青の瞳に光が差し込んで、碧玉(サファイア)のように輝く。

「特に、何も」

 何を考えていてもこの目を見たら、ふっと飛び去ってしまう。だから、結局は同じことだ。

「ふうん。まあ、いいけど」

 訊ねてきたと思ったら、勝手に納得してまたぐるりと横になる。十六歳の夫は自由で気ままだ。

 大広間のカウチに押し倒された後は、ヴィルヘルムは一切、アンジェリカに手を出してこない。

 あの蜂蜜のようにとろりと甘い空気は、霧のように散ってしまって今や見る影もない。
 何せ相手は口づけも交わせない妻だ。当然のことなのかもしれないけれど。

 代わりにえらく気に入っているのが、この膝枕というやつだ。

『あんたさ、ちょっと膝貸してくれない?』
『貸す、とは?』

『ここにちょっと、オレの頭乗っけていい?』
 そう言って、アンジェリカの膝にそっと触れた。

 こういうのを膝枕というらしい、というのはヴィルヘルムが教えてくれた。それから、彼は味をしめたように時々こうやってごろりと横になる。

 いくらでも貸すから、返さなくていい。
 そう思ったのはアンジェリカの心の中だけの話だ。

 結局、いつまで経っても呪いを解く方法は見つからない。魔術師団長の顔は日に日に険しくなっていく。

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