「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます

15.落とし前

 大きな手が頬に触れた。灰青色の瞳が知らない光を宿してアンジェリカを見つめてくる。

「でんか」

 何をしようとしているのか、すぐに分かった。こんな距離で二人で見つめ合ってすることと言えば、あとは一つだ。

「やめて!」

 咄嗟に体を引き離すように、その肩をぐっと押した。けれどヴィルヘルムは呆れたように肩を竦めるだけだった。

「あんまり嫌がられると、さすがのオレも傷つくんだけど」

 ふっと眉を下げて男は笑う。木漏れ日に照らされた整った顔立ちが、はっとするほど美しかった。

「でも、あなたは、」

 呪いが解けたら、このヴィルヘルムは消えてしまう。
 自分は、彼に教えなかった。それがどれだけ狡いことか分かっている。

「知ってる」
 続きを封じるように、人差し指がそっとアンジェリカの唇に当てられる。

「へっ」

 誰が、それを教えたのだろう。魔術師団長には口止めをしたはずだ。アンジェリカは勿論、話していない。ということは。考えを巡らせていると、ヴィルヘルムが目を細めて言う。

「宰相がこっそり教えてくれた。『呪いであっても、なんであっても、生き直す機会を得たのなら、殿下はご自身でそれを選び取るべきであると考えます』ってさ」

 さすがは宰相を務めるだけのことはある。特に、「生き直す」というのが言い得て妙だった。

「だったら!!」

 けれど、だとしたら余計にだ。
 わたしは、もう一度、ヴィルヘルムと出会うことができた。できたのに。

 どうして、別れなければいけないのだろう。アンジェリカは必死で首を横に振った。
 視界の端で己の茶色の髪が踊る。それに混じって、透明な涙がいくつか弾けるように飛んでいった。

「だって、大人のオレじゃなきゃ、あんたを守れない」

 誰が強いたのでもない。ヴィルヘルム自身が選んだのだ。灰青の目に灯った光がそう告げている。ただ彼がいなくなってしまう事実を飲み込めない自分がいる。

「わたし、あなたがいい。守ってくれなくていい。このままずっと、あなたといたい!!」
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