「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます

17.賭け

 彼女に会ったのは、そんな頃だった。

「それで、君は一体どうしたいの?」

 膝の上でゆったりと頬杖をついて、女は言った。

 真っ赤な唇にはにたりとした笑みを浮かべている。おそらく蠱惑的と言っていい笑みだが、ヴィルヘルムはそれに正直に惹かれる気持ちにはなれなかった。

 むしろ、その美しさこそが魔性の証明のようで、底知れなさに恐ろしさが込み上げてくるほどだ。

 けれど、ここで引いてはならない。
 自分は絶対に、願いを叶えてもらわなければならないのだから。

「叶えてほしい願いがある。私は、何だってする覚悟だ」

「なんだって、ねえ」

 年格好はヴィルヘルムとそこまで差があるようには思えなかった。ただ紅玉(ルビー)のような髪は目に焼き付くように鮮やかだ。女は腰まであるそれを、細い指に巻き付けるようにして弄んでいる。

 辺境の魔女。
 その存在を知ったのは、もう随分と前のことだ。

 聞けば、強大な魔力を有しており彼女のお眼鏡に適えば、どんな願いでも叶えてくれるという。

 ただしとんでもない気まぐれで、出会えるかどうかも分からない、かの地に伝わるおとぎ話のようなものだった。

 遠征の度に、こっそりとヴィルヘルムは魔女を探し続けた。そしてようやく、見つけた。

「まあいいや。とりあえずは君のその大そうな願いとやらを聞かせてよ。話はそれからだ」

 ここまで来るのに十一年もかかってしまった。その分をきちんと返さなければならない。

「死んだ兄を生き返らせてほしい。その為なら、私の命を捧げてもいい」

 ヴィルヘルムがそう言った時、魔女の金色の瞳がすっと細められた。猫にも狼にも似ている、捕食者の目。

 場に静寂が満ちる。魔女は、叶えてやるともいやだとも言わなかった。

 ただその金の目がヴィルヘルムの頭の先から爪先までをしげしげと見定めるように滑っていって、いつも佩いている剣のところで留まった。

「それは、君のものじゃないね?」

 魔女の目が、青い石を見つめる。さすがはと言うべきなのか、彼女は全てを見てきたようだった。

「ええこれは兄の剣です」

 コンラートのものは、全て王妃が形見として持って行ってしまった。元凶たるヴィルヘルムに触れられるものなど何もなかった。

 たった一つ、死と戦いの色を濃く残したこの剣を除いては。

 それからずっとこの剣を使っている。握る度に思い出す。振るう度に自覚する。この生の全ては贖罪にあると。
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