「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます

22.見せつけ

 ――私は一体、何を見せられているんだ?

 ブロムステットの使者は、心の中でそう呟いた。本当は、その言葉が口から出てきてしまいそうなほどだった。

 目の前には、ファーレンホルストが王太子ヴィルヘルムとその妃アンジェリカがいる。それ自体は何もおかしくはない。

 アンジェリカがヴィルヘルムの膝の上に乗せられている、ということを除いては。

 さすがに羞恥が全くないということはないのだろう。アンジェリカの白い頬は薔薇色に染まっていた。けれど、その手はしっかりとヴィルヘルムの首に回されている。

 対して、ヴィルヘルムは強く引き寄せるようにアンジェリカの腰を抱いている。涼やかな顔は湖面のように凪いでいて、何を考えているのか読み取れなかった。

 その様は、先に使者が王宮を訪れた時とは随分と異なっている。あの時、アンジェリカはただ控えるようにして夫の後ろに立っているだけだったはずだ。

「さて、先日の件だが」

 ヴィルヘルムはその姿勢のまま、ゆっくりと口を開いた。どんな言葉が続くのか、使者は内心慄く思いだった。

「貴国の申し入れは承服しかねる」
 ぴくりと、アンジェリカが肩を震わせる。

「理由はただ一つ。私は、我が妃を愛しているからだ」

 王太子の低い声には、何とも言えない響きがある。人を従わせることに長けた、支配者の側の声だ。それは妙な説得力を込めて、この広い大広間に響く。

 だからといって、これはなんだ。
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