「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
番外編:出せない手紙

1.二十八歳の自分

 ヴィルヘルムはどかりとカウチに寝転がると、天井を仰いでため息をついた。

 おもむろに手を伸ばして見つめてみる。その手のひらはどうにも大きく、なんだか節くれだっていて、いまだに自分のものとは思えなかった。

 けれど、この手は思い通りに動き、間違いなくヴィルヘルムの手なのである。

 ある日、目が覚めると自分は二十八歳なのだと言われた。

「って、言われてもなぁ」

 己の頭の中の記憶は、間違いなく十六歳である。けれど、鏡に映る顔は知らない大人の男のもので、それはひどく違和感のあるものだった。

 高い身長。なんでも思いのままになる、長い手足。

 そして。

『殿下の立ち振る舞いは、この国の立ち振る舞い。己の一挙手一投足が国を背負っているという自覚を持ってください』

 なんと、二十八歳の自分には妃がいた。

 名をアンジェリカ。
 茶色のやわらかな髪をいつも美しく結い上げている、ヴィルヘルムよりも六つ年上(・・)の妻。

 アンジェリカはしっかりした人だ。
 自分のすべきことが分かっていて、夫がいきなり十六歳になっても全く動じない。

 あんなに小柄なのに、きちんと宰相や魔術師団長とも対等に話をしていた。元は隣国の王女なのだと聞いた時は深く頷いたものだ。

 きっと、大切に、大事に育てられたのだろう。
 ヴィルヘルムとは、違って。

 けれど、自分はその妻を求めたことはないのだという。あんなにかわいいのに、なんで。

 今の自分に制限がなければ、すぐにでも色々と、色々したいところだ。いつの間に自分は女の趣味まで変わってしまったのだろう。いや、もしかして女に興味がなくなって……とまで考えた。

「なあ、グレン」

 とうとう自分一人で考え続けることに飽きてしまって、ヴィルヘルムは部屋の隅に控える侍従に声をかけた。

「はい、なんでしょう」

 答える響きには、見知ったものがある。
 けれど、なんとなく老けたというか落ち着いた趣があって、小さい頃からすぐそばで、それこそ半分だけの兄よりも近しくして育ったのに、急によそよそしくなったような気がする。
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