ハイヒールの魔法
3 邂逅
 男性は瀬名をベンチに座らせると、自動販売機を指差す。

「何か飲みたいものってありますか?」

 なるほど、お詫びというのは飲み物だったんだ──こんな時間にやっている店といえば、お酒を出す所くらいだが、ヒールの折れた靴で入店することは無理だった。

 気負う必要も、人の目を気にする必要もない公園のベンチは、逆にちょうど良い気がする。

「……じゃあミルクティーで」
「わかりました。ちょっと待っててください」

 そう言ってから走り出した男性の手には、しっかりと瀬名のストールとパンプスが握られている。まるで人質を取られているかのような複雑な気分だった。

 男性は自販機で買ったペットボトルを瀬名に差し出す。

「ありがとうございます……」

 それから突然しゃがみ込むと、濡らしたタオルで瀬名の足を拭き始めたのだ。

 驚いた瀬名は、慌てて足を引っ込めようとした。

「や、やめてください! タオルが汚れちゃいますから」
「大丈夫ですよ。洗えばいいだけです」
「……あ、あの、私なんかより、あなたの頬の方が痛いでしょ?」
「それこそ問題ありません。気にしないでください」
「でも……」
「三木谷医院の先生ですよね?」

 思いがけない言葉が彼の口から放たれ、瀬名は驚いて目を(しばた)く。

「……そうです。どうして知ってるんですか?」
「近くを通った時に偶然見かけたんです。可愛い女性があなたに抱きついていました」

 可愛い女性と聞いて、記憶を遡る。小児科を担当している瀬名に抱きついた女性──記憶に残るのは今日の昼間の出来事だけだった。

「背が高くてイケメンなら、女性関係は苦労はしないだろうなって思って、ちょっと憎らしかったんです」
「憎らしい?」
「女性はみんな、自分より背が低いのはちょっとって言いますからね」
「そんな……。それはたまたまそういう女性が多い場所だったっていうだけだと思います。私はそうは思いませんから」

 ふと男性の手が止まって瀬名を見上げるが、無表情のため感情が読めなかった。
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