ハイヒールの魔法
1 嬉しい一日
 今日最後の患者の診察を終えた瀬名は、両手を上げて背伸びをした。

 瀬名が小児科医として勤務する三木谷医院は、院長である父親が内科を、娘の瀬名が小児科の診察をする町医者だった。

 土曜日ということもあり、平日に来院出来ない子どもたちで混み合っていたが、なんとか全員の診察を終えて安堵のため息を漏らす。

 それからハッとしたように時計を見てから、慌てて白衣を脱いだ。

 今日は夕方から友人の結婚式に参列するにも関わらず、部屋に唯一置いてあったストッキングを、試着の際に伝線させてしまった。

 とりあえず仕事が終わったら急いで買いに行こうと思ったいたのだが、あまり時間がないことに気付く。

 ストッキングと一緒に、何か軽く食べられるものを買おう──今は実家を出て一人暮らしをしているため、食事は自分で用意しなければならない。

 Tシャツにデニムというラフな格好になると、瀬名は診察室の外へ出た。ちょうど最後の患者の会計が終わったようで、看護師たちも片付けを始めている。

 その中でも古株の矢島が瀬名に気付いて微笑んだ。

「瀬名先生、お疲れ様です。今日は結婚式なんだから、急いで準備しないと」
「そうそう、時間なくなっちゃいますよ」
「いつもTシャツにデニムばかりだから、ドレッシーな瀬名先生を見てみたいなぁ」
「あっ、今度写真見せてくださいね!」

 看護師たちの勢いに押され、思わず苦笑する。

「もし撮れたら……じゃあお言葉に甘えてお先に失礼しますね」

 瀬名は逃げるようにその場を後にし、スニーカーに履き替えると、急いでコンビニに向かった。
< 2 / 28 >

この作品をシェア

pagetop