ハイヒールの魔法
2 終電
 友だちと別れたのは十五分前のこと。一人だけ違う路線を使っているため、地下への入り口に向かって小走りで進む。

 あぁ、ヒールって本当に走りにくいーー結婚式ということもあり、仕方なく履いてきたヒールのパンプスは、五年前に姉の結婚式で履いて以来、一度も靴箱から出していなかった。

 普段スニーカーしか履かない瀬名(せな)にとっては、ヒールの高い靴を履かなければならない日は、地獄のような苦痛を味わう一日なのだ。

 終電まで残り五分。スニーカーなら余裕で間に合う距離なのに、今日は間に合う自身がなかった。

 公園をショートカットすればギリギリ間に合うかもしれないーーそう思いながら公園を抜けようとした時、突然体が沈み、バランスを崩して倒れてしまった。

「いったー……」

 足元を見てみると、パンプス本体からヒールがはずれ、無惨な姿になっている。

 これでは走ることは到底出来ない。瀬名はため息をつきながら、ヒールが取れてしまったパンプスを手に取ると、近くのベンチまで片足でジャンプしながら近寄り、どさっと腰を下ろした。

 時計を見れば、無情にも終電の出発時間を指している。

「あーあ、行っちゃったかぁ……」

 これからどうするか全く検討がつかず、力なく背もたれに寄りかかった。視界に映る夜空は真っ黒で、星が見えない都会の空は月だけが心の拠り所だった。

 ヒールが取れ、終電も逃してしまったことは、瀬名の心に大きなダメージを与える。仕事の後に参加した結婚式は疲労感でいっぱいだったのに、ついてないことが続いたことで気持ちが落ち込み、もう動く気力すら湧かなかった。
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