治療不可能な恋をした
家族の笑顔、影の幕開け
理人の実家へ行く日までは、思っていたよりもあっという間にやって来た。
準備をしているうちに二週間が過ぎ、気づけば当日の朝。どれほど心の準備をしても足りない気がして、梨乃の胸は落ち着かない。
約束の時間ぴったりに、理人が車で迎えに来た。
助手席に乗り込むと、シートベルトを締める手に力が入ってしまう。
「お待たせ」
運転席からかけられた声に、梨乃はぎこちなく首を振る。
「車出してくれてありがとう。運転、大変だけどよろしくお願いします」
「ん、全然。大変っつってもこっからだと一時間くらいだし」
理人はナビに目的地を入力しながら、軽い調子で答える。
「余裕もって出たし、のんびり行こう」
そう言ってシフトレバーを切り替えると、滑らかな動作でハンドルを切り、車を走らせた。
その横顔は見慣れているはずなのに、運転席に座る姿はいつも以上に頼もしく映る。ハンドルを握る手も、前方を真っすぐに見据える眼差しも──かっこいい、と思った。
けれどそれ以上に胸を占めているのは、これから向かう先への緊張だった。
息をするたびに胸が硬くなり、手のひらにじんわりと汗が滲んでいく。
出発した車内で、梨乃は視線を窓の外に向けた。
通り過ぎる街路樹や住宅の風景に目をやることで、ぎこちない緊張を少しでも紛らわせようとしてみる。けれど心臓の音だけは、治ってくれそうになかった。