治療不可能な恋をした
再会、その一線
朝の小児科病棟には、張りつめた静けさの中にどこか規則的で整った気配が漂っていた。
梨乃は電子カルテを確認しながら、ナースステーションの前を通る。
白衣の袖を軽くまくり、メモを書き込むその横顔は、いつも通り少しだけ眉を寄せ、どこか難しい顔をしていた。
「仁科先生、おはようございます」
声をかけてきたのは、同じ小児科の先輩女性医師である白石。爽やかな笑みを浮かべ、手にしたファイルを軽く持ち上げて見せる。
「おはようございます、白石先生。今日も外来ですか?」
「はい、これから。朝イチで熱の子が何人か来てて、下はもうてんやわんやみたいです」
白石は苦笑しながら、タブレットを指で操作する。
「仁科先生の方は術前評価でしたよね?心外の手術予定の子」
「ええ。10時から。4歳の女の子で、動脈管開存の診断です」
「聞きました。執刀医は、先日異動で来られた先生なんですよね?」
「そうみたいですね。私もまだお会いしていませんけど」
「こんな短期間でオペに入るなんて、ずいぶん優秀なんですねぇ」
「それだけ期待されているんでしょうね。術前評価で様子がわかると思います」
白石はそっか〜と軽く頷き、手にしたタブレットを操作しながら言った。
「どんな方かまた後で聞かせてください。じゃあ、また午後の回診で」
「はい。お疲れさまです」
明るく朗らかだけれど、必要以上には踏み込まない。同じ職場で肩を並べて働く医師同士として、心地よい距離感だった。