治療不可能な恋をした
じわり、近づく距離
月曜の朝。会議室には、開始十五分前だというのに、すでに白衣姿の医師たちがちらほらと集まりはじめていた。
先天性心疾患をもつ患児に対する手術には、術前の管理から術後のフォローアップまで、診療科を越えた緊密な連携が欠かせない。なかでも小児科と心臓血管外科は中心的な役割を担うことが多く、必要に応じて麻酔科や循環器内科なども交えて、月に一度の合同カンファレンスが開かれている。
梨乃もまた、自身が担当している患児の術後ケア方針について意見を求められる立場として、後方の席に静かに腰を下ろしていた。
隣の席がふと物音を立てたのは、資料に目を通していた矢先だった。
「ここ、空いてる?」
落ち着いた声に顔を上げると、理人が白衣の裾を揺らしながら立っていた。
「……どうぞ」
梨乃はわずかに目を見開いたものの、すぐに表情を消して隣の席を示す。
なぜ他にも空席がある中で、わざわざここに──そんな疑問は呑み込んだ。カンファレンスという建前の前では、私情を挟む余地などない。
理人は何気ない動作で椅子を引き、梨乃の隣に腰を下ろした。その仕草ひとつ取っても絵になるのが、彼らしかった。
間もなく会議が始まり、前方のスクリーンに心臓の画像が映し出される。今回の主題は、心室中隔欠損の手術を終えた患児の術後管理。
外科側の症例報告が淡々と続く中で、患児の退院後の栄養管理や感染予防の必要性が取り上げられた。