タイムスリップできる傘

第十六章 恩師の家に集まった同級生

天気……冷たい秋風が吹いて、地面に散り敷いている枯葉はかさかさと音を立てながら、四方八方に飛ばされて、公園のあちこちに吹きだまりができていた。日ごとに寒さがつのってきて、日暮れがだんだん早くなってきた。

晩秋の自然の景色は索漠として寂しいが、町を歩いている人たちを見ていると心がほっこりと和むこともある。男の人も女の人も子どもも大人も、おしゃれなダスターコートや派手な色のセーターや、温かそうなマフラーを身にまといながら、冷たい風をものともせずに、浮き浮きした顔で歩いていたからだ。
日が暮れてから、ぼくはミー先生の傘の軸についているボタンのなかから空飛ぶボタンを押して、傘に乗って馬小跳のうちへ飛んで行った。窓が少しだけ開いていたので、手で窓を押し広げて、首尾よく馬小跳の部屋のなかに入ることができた。馬小跳はまだ学校から帰っていなかった。うちのなかにはお母さんだけがいて、台所で音楽を聴きながら楽しそうに夕ご飯の準備をしていた。音楽に合わせて歌を歌っているお母さんの声も聞こえてきた。その歌を聞きながら、ぼくは以前、住んでいた杜真子のうちで、杜真子のお母さんが夕ご飯の準備をしているときのことを、ふっと思い出した。杜真子のお母さんは音楽をかけなかったし、歌も歌わないで、不満なことをぶつぶつ言いながら料理を作っていた。馬小跳のお母さんと杜真子のお母さんは姉妹だが、姉妹でもこんなに違うのだろうかと、ぼくは思った。
料理の腕前は杜真子のお母さんのほうが、馬小跳のお母さんよりも上だった。でも馬小跳のお母さんが作る料理には、愛情がいっぱい込められていたのに対して、杜真子のお母さんが作る料理には、やりきれない気持ちがいっぱい込められていたので、食べる人が感じるおいしさの点では、馬小跳のお母さんのほうに軍配が上がっていた。
馬小跳のお母さんが作る料理のにおいが馬小跳の部屋のなかにもただよってきたので、ぼくは料理のにおいをかぎながら、馬小跳のベッドの下に、じっと隠れていた。
しばらくしてから馬小跳が帰って来た。そのあと少し遅れてお父さんも帰って来た。家族みんながそろったところで、夕ご飯が始まった。ダイニングルームから家族の和やかな会話が聞こえてきたので、ぼくは耳をそばだてながら聞いていた。
「今日、学校でどんなことを勉強したかや、学校でどんなことがあったかを話してくれないか」
お父さんが馬小跳に聞いていた。馬小跳はにっこりうなずいてから、今日、学校で起きた出来事や勉強した内容について、とくとくと話し始めた。馬小跳の話を、お父さんもお母さんも興味深そうに聞いていた。面白い話には、げらげらと明るい声で笑っていた。もっと詳しく知りたいと思ったことがあったら、馬小跳に質問していた。馬小跳の家族の会話を聞きながら、ぼくは以前、杜真子のうちにいたころの夕ご飯のときの光景をふっと思い浮かべていた。
杜真子とお母さんは、会話はあまりしなくて、黙々と食べることが多かった。たまに杜真子が何かを話しかけても、お母さんは表情一つ変えないで、むすっとした顔で受け答えしていた。意見が合わないこともよくあった。そのときはお母さんの剣幕に圧倒されて、
それ以上、話を続ける勇気がなかったので、杜真子は早々と食べるのをやめて、自分の部屋にひきこもり、やるせない思いを、ぼくによく話しかけていた。そんなことを思いだし
ながら、ぼくは馬小跳の部屋のなかにあるベッドの下でじっとしていた。
ご飯を食べ終えると、馬小跳は自分の部屋に戻ってきて宿題を始めた。十時頃、宿題を終えた馬小跳は部屋の電気を消してベッドのなかにもぐりこんだ。それからまもなく、ぼくはベッドの下から出てきて、ミー先生の傘を開いた。傘の軸についているボタンのなかから未来へタイムスリップできるボタンを押しながら
「馬小跳や、クラスメイトの二十年後の姿を見たい」
と言った。傘をくるくる回すと、傘紙の上に新しい場面が見えてきた。
馬小跳のクラスメイトの夏林果と路曼曼と安琪儿が、担任の秦先生のうちを訪ねていて、玄関の前に立ってインターホンを押すところが傘紙の上に映し出された。玄関のドアを開けて出てこられた秦先生は、かなりご高齢になっておられたが、元気そうだった。
「秦先生、お久しぶりです。お元気でしたか」
夏林果が笑顔であいさつをしていた。
「ありがとう。みんなも元気ですか」
秦先生が目を細めながら、そうおっしゃっていた。
「はい、みんな元気です」
路曼曼がそう答えていた。
「秦先生の新しいおうちに来るのは今日が初めてなので、どんなおうちなのだろうと思って楽しみにしながら来ました。きれいなおうちですね」
安琪儿がそう言っていた。
「ありがとう。どうぞなかに入って」
秦先生がそうおっしゃったので、夏林果たちは、家のなかに入っていった。
秦先生が家のなかを案内してくださったので、夏林果たちは、ひとつひとつ、部屋を丁寧に見て回っていた。どの部屋もバリアフリーが行き届いていて、高齢者が日常生活を送るうえでの障害がすべて取り除かれていて、とても快適なおうちだった。
「こんな素敵なおうちをよく見つけることができましたね」
夏林果が感心したような声でそう言っていた。それを聞いて秦先生が、笑顔を浮かべながら
「もともとは、この家は若い人が住んでいた家だったから、バリアフリーはついていなかったの。空き家になったあと、わたしがこの家を買って、そのあと馬小跳がバリアフリーをつけてくれたの」
と、おっしゃっていた。
「えっ、そうだったのですか?」
夏林果がびっくりしたような顔をしながら聞き返していた。
「そうなのですよ。馬小跳は建築デザイナーをしているので、見てもらったら、『この一戸建ての家は駅から近くて便利だが、高齢者が一人で生活していくのには少し不便なところがある』と言って、わたしが住みやすい家に改築してくれたの」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「そうだったのですか。馬小跳とは時々、メールで連絡を取り合っていますが、そのことは何も言わなかったので、今まで全然知りませんでした」
夏林果がそう答えていた。
「わたしも知りませんでした」
路曼曼がそう答えていた。
「馬小跳はいいことをしましたね。尊敬するわ」
安琪儿がそう答えていた。
「今日は馬小跳も来るのでしょう?」
秦先生がそうおっしゃった。
「ええ、来ると言っていました。今、仕事でインドに行っていますが、『教師の日』には毎年、秦先生のおうちにみんなで集まって、楽しいひとときを過ごすのが、わたしたちの習慣ですから」
夏林果がそう答えていた。
それからまもなく玄関のインターホンが鳴ったので、路曼曼が急いで玄関に走っていってドアを開けた。ドアの前に立っていたのは毛超だった。
「遅れて、ごめん。みんな、もう集まっているのか」
毛超が路曼曼に聞いていた。
「女の子はみんな集まっているけど、男の子は、あなたが初めてよ」
路曼曼がそう答えていた。
「そうか。それならよかった」
毛超が、ほっとしたような顔をしていた。秦先生が出ていらっしゃったので、毛超は
「先生、お久しぶりです。お元気ですか?」
と言って、元気な声であいさつをしていた。
「ありがとう。元気よ。忙しいですか?」
秦先生が毛超に聞いておられた。
「ええ、とても忙しいです。今日も取引先との大切な話があったので、ついさっきまで、隣の町にいました。取引先の人からお昼ご飯を誘われのですが、丁重にお断りをしてから、こちらへ飛んできました」
毛超がそう答えていた。
「そうですか。なんだか悪いことをしたわね」
秦先生が申し訳なさそうな顔をしながら、そうおっしゃった。
「いえいえ、そんなことはありません。秦先生は、ぼくにとって、両親と同じくらいに大切な人ですから」
毛超がそう答えていた。
「さあ、どうぞなかに入って」
秦先生がそうおっしゃったので、毛超は靴を脱いでスリッパに履き替えてから、秦先生に案内されて客間に入っていって、女の子たちとおしゃべりをしていた。
それからまもなく玄関のインターホンが、また鳴ったので、今度は毛超が走って玄関に行き、玄関のドアを開けた。ドアの前に立っていたのは張達だった。
「遅れて、すまない」
張達が開口一番、そう言った。走ってきたらしく、額から汗がふき出していた。
夏林果がそのあと出てきて、ティッシュをポケットのなかから取り出して
「汗をふいて」
と言っていた。
「ありがとう」
張達はティッシュを受け取ると、額の汗をふいていた。
「駅前のコンビニで肉まんを買ってきたので、温かいうちに秦先生に食べていただこうと思って、ここまで走ってきた」
汗が出ているわけを張達が話していた。秦先生が出てこられて
「ありがとう、おいしくいただくわ」
とおっしゃって、嬉しそうな顔をしながら、温かい肉まんを受け取っておられた。
張達が買ってきた肉まんをみんなで食べているときに、玄関のインターホンがまた鳴った。毛超が口をもぐもぐさせながら、急いで玄関に出ていった。すると玄関の前に馬小跳と唐飛が立っていた。どちらも大きなキャリーバッグを持っていて、旅行から帰ってきたばかりのようだった。
「毛超、久しぶりだな」
馬小跳がそう言った。
「おまえたち、いっしょに来たのか?」
毛超が聞き返していた。
「飛行場で待ち合わせをしていっしょに来た」
唐飛がそう答えていた。
「おれは出張先のインドのカシミールから来た。唐飛は勤務先のある黒竜江省のハルピンから来た」
馬小跳がそう答えていた。
「そうか。大変だったな」
毛超がそう答えて、遠路やってきた馬小跳と唐飛をねぎらっていた。
秦先生も玄関に出てこられて
「遠くから、わざわざ来てくれて、ありがとう」
と、おっしゃって、馬小跳と唐飛に感謝しておられた。
「さあ、どうぞ、なかに入って」
秦先生が、そうおっしゃったので、馬小跳と唐飛は秦先生に案内されて、客間に入っていって、先に来ていたみんなと顔を合わせていた。
「秦先生、このうちの住み心地はいかがですか?」
馬小跳が秦先生に聞いていた。
「ありがとう。とてもいいわ。この家にバリアフリーを施してくれたおかげで、とても快適に過ごしているわ。馬小跳にはとても感謝しているわ」
秦先生がそうおっしゃった。
「そうですか。それを伺って、ぼくはとても嬉しく思います」
馬小跳が笑顔を浮かべながら、そう答えていた。そのあと馬小跳はキャリーバッグのなかから箱を取り出して
「これ、ぼくからのプレゼントです」
と言って、秦先生に手渡していた。
「まあ、何でしょう」
秦先生は、嬉しそうな声で、そうおっしゃっていた。
「開けてもいいですか?」
秦先生が、そうおっしゃったので
「もちろんですよ」
と、馬小跳は答えていた。
「ありがとう」
秦先生はそう答えると、子どものように胸を膨らませながら、赤いリボンのかかった箱をゆっくりと開けておられた。箱のなかには白いカシミヤのマフラーが入っていた。
「わあ、素敵」
秦先生がそうおっしゃって、嬉しそうに目を細めておられた。
夏林果たちもみんな、相好を崩しながら、馬小跳のプレゼントを見ていた。
「ぼくは今、インドのカシミールで仕事をしています。カシミールの特産品がヤギの毛で作ったカシミアです」
馬小跳がそう説明していた。
「そうですか。ありがとう。大切にするわ」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「よかったら、今、ここでちょっと首に巻いていただけませんか」
馬小跳がそう言った。
「そうしましょう」
秦先生はそれからまもなくカシミヤのマフラーを首に巻いておられた。
「どうですか、巻き心地は」
馬小跳が秦先生に聞いていた。秦先生はにっこりとうなずきながら
「いいです。とてもいいです。マフラーの温かさに馬小跳の心の温かさも加わっているように感じられるから、とても気持ちがいいです。でも……」
と言って、言葉の最後はぼかしておられた。
「でも何ですか?」
馬小跳が気になって、間髪を入れずに聞き返していた。
「わたしのような年寄りが巻いたら、少し派手なような気がしないでもないから、外ではちょっと巻けないかなあ……」
と、おっしゃっていた。それを聞いて馬小跳が
「そんなことはないです。みんなもそう思うだろう?」
と言って、クラスメイトに聞いていた。
「そうだよ、そうだよ。とても似合っています」
毛超がそう答えていた。
「馬小跳はセンスがあるから馬小跳が見立てて選んだものに間違いはありません。外でも堂々と巻いてください」
安琪儿はそう言っていた。
「みんながおだててくれてうれしいわ」
秦先生はそう答えて、くつくつと笑っておられた。
安琪儿が馬小跳のことをほめそやすのを聞いて、路曼曼は、やっかみながら
「あなたは子どものころからずっと、馬小跳のことをあがめていたけど、これからも一生、あがめていくつもり?」
と、安琪儿に聞いていた。
「それはどうか分からないわ。でも優れている点はこれからもずっと素直に認めていこうと思っているの」
安琪儿はそう答えていた。
「そうなの。わたしは馬小跳が羽目を外さないように、これまでずっと目を光らせてきたから、少々偉くなったからと言って、あがめる気持ちには少しもなれないけどね」
路曼曼がそう答えていた。
路曼曼の言葉には何か含みがあるように感じられたので、場の雰囲気が悪くならないように、毛超が話題をさっと変えて、秦先生に
「ぼくたちは毎年、こうやって、秦先生に会いに来ていますが、丁文涛は来ていますか?」
と聞いていた。
「いや、全然来ません」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「そうですか。どうしてでしょうね。丁文涛は品行方正で優秀な学生だったから、秦先生のお気に入りの学生だったのにね」
毛超がそう答えていた。
「そうですね。わたしも丁文涛に会いたいとずっと思っています。どうして来ないのでしょうか」
秦先生は合点がいかないような顔をしておられた。
ここまで見てきて、ぼくも不思議でならなかった。丁文涛の子どものころは非の打ちどころがないほど優秀で、秦先生のおめがねにかなう学生だったそうだから、どうして大人になってからは、よそよそしい態度を取るようになったのだろうか。以前、傘紙のなかで見た十年後の夏林果の誕生日のパーティーのときに、丁文涛は大人びて見えたし、あのときも秦先生のうちには一人だけ行かなかった。あれからも一度も秦先生のうちに行っていないことを知って、ぼくは丁文涛のことが気にならずにはいられなかった。
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