タイムスリップできる傘
第十九章 立派な市長になった馬小跳
天気……朝晩はめっきり寒くなってきた。夜になると霜が降りて、透き通った月の光のもとで、白く輝いていた。秋もそろそろ終わりだという実感を、ひしひしと感じる時季となった。
ミー先生の傘をいよいよ明日、返しに行くことにした。傘の軸についているボタンを押して、これまでに、いろいろな人や動物の過去や未来を見ることができたので、とても楽しかった。見たいものは、まだまだたくさんあるが、ミー先生がうちへ帰って来る前に返しに行かなければならないから、ここらあたりで、踏ん切りをつけることにした。
今日は最後の一日だから、あとで悔いの残らないように、今晩見たいものを、昼間ずっと考えていた。ぼくが一番好きな人は杜真子だから、杜真子が、テレビの料理番組に出演していたあとの人生を見ようと、ぼくは最初は思っていた。でもぼくは杜真子のお母さんに見つかってしまったので、杜真子のうちに行って、ベッドの下に隠れていることができなくなった。もしまた見つかったら、また追い出されるに決まっているからだ。それでしかたなく、杜真子のうちに行くことは断念して、その代わりに馬小跳のうちへ行くことにした。馬小跳は大学を卒業してから優秀な建築デザイナーとなって、公共施設の改築や設計に深く関わっていたので、その後の人生もきっと素晴らしいものに違いないと、ぼくは思っていた。馬小跳のその後の人生を見ることを、ぼくは楽しみにしながら、傘の軸についているボタンのなかから空飛ぶボタンを押して、傘に乗って、馬小跳のうちがあるアパートの上まで飛んでいった。馬小跳のうちの窓は閉まっていたが、手で開けたら開いたので、馬小跳の部屋のなかにそっと忍び込んで、ベッドの下に隠れていた。
夕方、馬小跳が帰ってきた。いつものように宿題をすませてから、夕ご飯を食べるためにダイニングルームに行って、お父さんやお母さんといっしょにご飯を食べながら、学校であった出来事や、授業で勉強したことを話したり、テレビを見たりしていた。そのあと熱いシャワーを浴びてから、自分の部屋に戻ってきて十時ごろベッドに入って寝ていた。
ぼくはそれからまもなく、ベッドの下から出てきて、傘を開いて、傘の軸についているボタンのなかから未来へタイムスリップできるボタンを押しながら
「馬小跳の三十年後の姿を見たい」
と言って、傘をくるくる回した。すると中年になっている馬小跳の姿が傘紙の上に映し出された。
そのころの馬小跳はますます有名な建築デザイナーとして活躍していた。それだけでなくて、何と、この町の市長になっていた。市の行政部門のトップとして、町の発展に向けて、様々なプロジェクトを立てて、土地開発や建物の設計を主導的におこなっていた。
ぼくはそれを知って、馬小跳の立身出世ぶりに感心するとともに、一抹の不安が心のなかに生じていた。町が発展することは、むろん、とても喜ばしいことだが、自然が破壊されて、この町から美しい緑が少なくなっていくのではないかと思って危惧したからだ。そのころのぼくは、もうこの世にはいないから、どうでもいいと言えば、どうでもいいのだが、ぼくが心から愛しているこの町が、五十年後も百年後も、今のままの美しい町であり続けてほしいと、ぼくは切に願っているから、町の開発とともに自然の景観が損なわれていったら心が痛んで静かに眠っていられないのではないかと思う。
ぼくが今、住んでいる翠湖公園は今は緑豊かな公園で、たくさんの人たちの憩いの場となっているが、もしかしたら、公園や、その周囲にある古い路地や横丁は開発という名のもとに取り壊されて、近代的な商業地区になったり、高いビルが林立して、一変したのではないだろうかと思って、ぼくは気がかりで、居ても立ってもいられなくなった。
ぼくは開いている傘をくるくる回しながら
「三十年後の翠湖公園や、その近くにある路地や横丁を見たい」
と言った。すると傘紙のなかに、ぼくが住んでいる翠湖公園や、その周りの景色が映し出された。
見たところ翠湖公園は今とほとんど変わっていないように見えた。柳のしなやかな枝が風に揺れながら垂れていたし、湖のなかにはスイレンの花が咲いていた。湖畔に沿って散歩をしたり、音楽に合わせて太極拳をしたり、湖のなかにいる鯉にえさを与えている人もいた。梅園もイチョウ林もまだあった。眼鏡橋もきれいなまま保存されていた。
翠湖公園の周りにある古い路地や横丁も今のまま残っていた。路地や横丁には、庶民の
長い歴史と伝統が息づいているので、レトロな風情を求めてやってくる観光客が、たくさんいるのが見えた。
三十年後も、今のまま、この町の景観が残されていることが分かったので、ぼくは、ほっとしていた。そのころは馬小跳が、この町の市長をしていて、町の発展に向けて、様々なプロジェクトを立てて、土地開発や建物の設計を主導的におこなっていたが、景観の保存にも力を注いでくれたことを知って、ぼくはとても嬉しく思った。
あるとき、馬小跳がテレビのニュース番組に出演していて、インタビューを受けていた。
「馬市長、この町の古い景観を保存することに努めておられるのは、どうしてでしょうか」
レポーターが馬小跳に聞いていた。馬小跳は落ち着いた口調で
「この町の古い景観を保存して、後世に伝えていくことは、わたしたちの使命だと思っているからです」
と答えていた。
「どうしてそのように思われるのでしょうか」
レポーターが聞いていた。
「わたしはこの町で生まれ育って、大人になりました。小さいころは友だちといっしょに、よくこの町の古い路地や横丁で遊びました。翠湖公園も大好きな場所でした。翠湖公園は、わたしにとって心が一番、ほっとするところでした。悪いこともよくしましたが、横丁や路地や翠湖公園には、たくさんの思い出があります。開発という名のもとに、いったん横丁や路地や翠湖公園を取り壊してしまったら、もう二度と取り戻すことはできなくなります。先人たちが作ってきたこれらの貴重な文化遺産を大切に保存しながら後世に伝えていくことが、わたしたち、今を生きているものの使命ではないかと思っているのです」
馬小跳がそう答えていた。
「これから、どのような町づくりをさらに進めていきたいと、思っていらっしゃるのでしょうか」
レポーターが聞いていた。
「新しいものと古いものを両立させながら、多くの人を魅了する美しい町づくりをしていきたいと思っています」
馬小跳が目を輝かせながら、そう答えていた。
「子どものころから、この町がとてもお好きだった馬市長のお気持ちがよく伝わってきて、とても感動しました」
レポーターがそう言っていた。
「ありがとうございます。わたしは今、市長をさせていただいていますが、子どものころ
スピーチコンテストで、『将来、市長になったら』というテーマで話をしたことがあります。あのとき、わたしは、この町に観光に来た人に、『住みたい町ベストテン』に入る町づくりを目指したいと話しました。あのときの夢の実現に向けて、これからも市長として全身全霊をかけて頑張っていくつもりです」
馬小跳がそう答えていた。馬小跳の熱い思いが伝わってきて、ぼくは感動して、胸が震えていた。
馬小跳が市長として活躍しているころの姿を、ぼくは実際には見ることができないのは残念だが、ぼくや、ぼくの家族が楽しく暮らしていた家は、そのころはどうなっているだろうと思って見たくてたまらなくなった。明日、傘を返す前に、ぼくたちが暮らしていた家を見ておこうと思ったから、開いている傘に向かって
「三十年後の、ぼくたちの住まいの跡を見たい」
と言って、傘をくるくる回した。するとそれらまもなく傘紙の上に、ぼくたちの家がある洞窟の入口が映し出された。
入口の周りには白い日日草がたくさん咲いていて入口をほとんど覆い隠していた。洞窟の上には紫色のキキョウが咲いていて、キキョウの周りには小さな墓碑が立っていた。ぼくと妻猫と、幼くして亡くなったシャオカレイが、その下で眠っていた。洞窟の近くには猫の銅像が六つ建っていた。そのなかの一つは笑っていた。それを見て、ぼくはすぐに、この六つの銅像は、ぼくたちの家族だと分かった。ぼくと妻猫は仲良く寄り添って立っていた。パントーとアーヤーとサンパオは、ぼくたちの前で腹ばいになっていた。シャオカレイは妻猫に抱かれていた。
銅像に駆け寄ってくる男の子と女の子がいて、そのあとからお父さんとお母さんが、にこにこと笑みを浮かべながら、ついてきているのが見えた。
「おにいちゃん、この猫、笑っている」
女の子が相好を崩しながら、男の子に、そう言っていた。
「本当だ。なんだか、とても微笑ましいね」
男の子がそう答えていた。お母さんが目を細めながら
「この猫は笑うことができる猫だったから、『笑い猫』と呼ばれていたの。名付け親はわたしよ」
と言った。それを聞いて、男の子も女の子も、目を丸くして、びっくりしたような顔をしていた。
「えっ、本当に?」
女の子がけげんそうな顔をしながら、お母さんに聞き返していた。
「そうよ。わたしは子どものころ、この猫をうちで飼っていたことがあるの。わたしは笑い猫が大好きだった」
お母さんがそう言った。それを聞いて、この女の人は杜真子であることに、ぼくは初めて気がついた。杜真子は、いとおしそうな顔をしながら、ぼくの頭をそっとなでていた。
「笑い猫は、この公園で暮らすようになってから、いいフィアンセを見つけて結婚して、四匹の子どもに恵まれて幸せに暮らしていたわ」
杜真子が男の子と女の子に、ぼくたちのことを説明していた。お父さんがそのあと
「ぼくも笑い猫が大好きだった。笑い猫はビスケットが大好物だったから、ぼくはよくビスケットを持ってきて、ここにやってきて、笑い猫や、笑い猫の家族に食べさせていた」
と言った。それを聞いて、この男の人は唐飛であることに、ぼくは初めて気がついた。
杜真子と唐飛が子どものころから仲がよかったことは知っていたが、まさか結婚しているとは、ぼくは思ってもいなかった。でも幸せそうな家族に見えたので、ぼくはとても嬉しく思った。
それからまもなく、ぼくたちの銅像の前に、中年の男女四人が次々とやってきた。ぼくは初め誰なのかよく分からなかったが、唐飛が話しかけている会話の内容から、かつての同級生だった張達、毛超、夏林果、安琪儿であることが分かった。みんな立派な大人になっていた。
「馬小跳も来るのだろう?」
張達が聞いていた。
「来ると言っていたが、彼は、市長をしていて、毎日、多忙な生活を送っているから、来ることができるかどうか分からない」
毛超が自信がなさそうな声で、そう言っていた。
「そうか、しかたないな」
張達がそう答えていた。
「いや、でも分からないよ。馬小跳はこれまでも来ると言って来なかったことは一度もないから、きっと来るに違いないよ」
唐飛はそう答えていた。
それからまもなく、馬小跳がやってきた。
「ごめん、ごめん、公務が長引いたものだから、遅くなっちゃった」
馬小跳が申し訳なさそうな声で、そう言って、みんなに謝っていた。
「いいよ、いいよ、気にしないでいいよ。事情はみんな分かっているから」
唐飛が明るい声でそう言った。
「おれはおまえは来ないと思っていたけど、予想がはずれた」
張達がそう言って、苦笑いしていた。
「何を言っているのだ。来ると言ったではないか。この公園は、子どものころの懐かしい思い出がたくさんある場所だから、どんなに忙しいときでも、ここに来ると、ほっとする。ここは、ぼくにとって、心のオアシスなのだ」
馬小跳がそう言っていた。
「そうだな。おれもこの公園に来ると、心が癒やされるよ」
唐飛がそう答えていた。
馬小跳たちはそのあと、持ってきた鎌で、ぼくたちが眠っているお墓の周りや、ぼくたちの銅像の周りに生えていた雑草をきれいに刈り取ってから、お墓の前にローソクや線香やキャットフードを供えていた。
「笑い猫、これからも、おまえたちのことは一生忘れないからな」
馬小跳がお墓の前で、そう言っていた。唐飛がそのあと
「これからも毎年、ここに集まって、子どものころの思い出話に花を咲かせないか」
と、みんなに聞いていた。
「うん、いいね。そうしようよ。秦先生は今は高齢者施設に入所されているから、これまでのように秦先生の家に集まって楽しいひとときを過ごすことができなくなったからな」
毛超がそう言った。
「そうですね。寂しいけどしかたないわ。秦先生も、わたしたちと会えなくなるのを寂しく思っていらっしゃるかもしれないから、このあと秦先生が入所されている施設に行ってみませんか」
安琪儿がそう提案していた。
「いいわね。行きましょうよ」
夏林果がそう答えて、馬小跳たちに誘いかけていた。馬小跳たちはそれを聞いて、みんな
うなずいていた。
馬小跳たちはみんな立派な大人になっていたけど、かつて教えを受けた秦先生のことを今もずっと心にかけていて、会いに行こうとしていることを知って、ぼくはとても感動していた。
ミー先生の傘をいよいよ明日、返しに行くことにした。傘の軸についているボタンを押して、これまでに、いろいろな人や動物の過去や未来を見ることができたので、とても楽しかった。見たいものは、まだまだたくさんあるが、ミー先生がうちへ帰って来る前に返しに行かなければならないから、ここらあたりで、踏ん切りをつけることにした。
今日は最後の一日だから、あとで悔いの残らないように、今晩見たいものを、昼間ずっと考えていた。ぼくが一番好きな人は杜真子だから、杜真子が、テレビの料理番組に出演していたあとの人生を見ようと、ぼくは最初は思っていた。でもぼくは杜真子のお母さんに見つかってしまったので、杜真子のうちに行って、ベッドの下に隠れていることができなくなった。もしまた見つかったら、また追い出されるに決まっているからだ。それでしかたなく、杜真子のうちに行くことは断念して、その代わりに馬小跳のうちへ行くことにした。馬小跳は大学を卒業してから優秀な建築デザイナーとなって、公共施設の改築や設計に深く関わっていたので、その後の人生もきっと素晴らしいものに違いないと、ぼくは思っていた。馬小跳のその後の人生を見ることを、ぼくは楽しみにしながら、傘の軸についているボタンのなかから空飛ぶボタンを押して、傘に乗って、馬小跳のうちがあるアパートの上まで飛んでいった。馬小跳のうちの窓は閉まっていたが、手で開けたら開いたので、馬小跳の部屋のなかにそっと忍び込んで、ベッドの下に隠れていた。
夕方、馬小跳が帰ってきた。いつものように宿題をすませてから、夕ご飯を食べるためにダイニングルームに行って、お父さんやお母さんといっしょにご飯を食べながら、学校であった出来事や、授業で勉強したことを話したり、テレビを見たりしていた。そのあと熱いシャワーを浴びてから、自分の部屋に戻ってきて十時ごろベッドに入って寝ていた。
ぼくはそれからまもなく、ベッドの下から出てきて、傘を開いて、傘の軸についているボタンのなかから未来へタイムスリップできるボタンを押しながら
「馬小跳の三十年後の姿を見たい」
と言って、傘をくるくる回した。すると中年になっている馬小跳の姿が傘紙の上に映し出された。
そのころの馬小跳はますます有名な建築デザイナーとして活躍していた。それだけでなくて、何と、この町の市長になっていた。市の行政部門のトップとして、町の発展に向けて、様々なプロジェクトを立てて、土地開発や建物の設計を主導的におこなっていた。
ぼくはそれを知って、馬小跳の立身出世ぶりに感心するとともに、一抹の不安が心のなかに生じていた。町が発展することは、むろん、とても喜ばしいことだが、自然が破壊されて、この町から美しい緑が少なくなっていくのではないかと思って危惧したからだ。そのころのぼくは、もうこの世にはいないから、どうでもいいと言えば、どうでもいいのだが、ぼくが心から愛しているこの町が、五十年後も百年後も、今のままの美しい町であり続けてほしいと、ぼくは切に願っているから、町の開発とともに自然の景観が損なわれていったら心が痛んで静かに眠っていられないのではないかと思う。
ぼくが今、住んでいる翠湖公園は今は緑豊かな公園で、たくさんの人たちの憩いの場となっているが、もしかしたら、公園や、その周囲にある古い路地や横丁は開発という名のもとに取り壊されて、近代的な商業地区になったり、高いビルが林立して、一変したのではないだろうかと思って、ぼくは気がかりで、居ても立ってもいられなくなった。
ぼくは開いている傘をくるくる回しながら
「三十年後の翠湖公園や、その近くにある路地や横丁を見たい」
と言った。すると傘紙のなかに、ぼくが住んでいる翠湖公園や、その周りの景色が映し出された。
見たところ翠湖公園は今とほとんど変わっていないように見えた。柳のしなやかな枝が風に揺れながら垂れていたし、湖のなかにはスイレンの花が咲いていた。湖畔に沿って散歩をしたり、音楽に合わせて太極拳をしたり、湖のなかにいる鯉にえさを与えている人もいた。梅園もイチョウ林もまだあった。眼鏡橋もきれいなまま保存されていた。
翠湖公園の周りにある古い路地や横丁も今のまま残っていた。路地や横丁には、庶民の
長い歴史と伝統が息づいているので、レトロな風情を求めてやってくる観光客が、たくさんいるのが見えた。
三十年後も、今のまま、この町の景観が残されていることが分かったので、ぼくは、ほっとしていた。そのころは馬小跳が、この町の市長をしていて、町の発展に向けて、様々なプロジェクトを立てて、土地開発や建物の設計を主導的におこなっていたが、景観の保存にも力を注いでくれたことを知って、ぼくはとても嬉しく思った。
あるとき、馬小跳がテレビのニュース番組に出演していて、インタビューを受けていた。
「馬市長、この町の古い景観を保存することに努めておられるのは、どうしてでしょうか」
レポーターが馬小跳に聞いていた。馬小跳は落ち着いた口調で
「この町の古い景観を保存して、後世に伝えていくことは、わたしたちの使命だと思っているからです」
と答えていた。
「どうしてそのように思われるのでしょうか」
レポーターが聞いていた。
「わたしはこの町で生まれ育って、大人になりました。小さいころは友だちといっしょに、よくこの町の古い路地や横丁で遊びました。翠湖公園も大好きな場所でした。翠湖公園は、わたしにとって心が一番、ほっとするところでした。悪いこともよくしましたが、横丁や路地や翠湖公園には、たくさんの思い出があります。開発という名のもとに、いったん横丁や路地や翠湖公園を取り壊してしまったら、もう二度と取り戻すことはできなくなります。先人たちが作ってきたこれらの貴重な文化遺産を大切に保存しながら後世に伝えていくことが、わたしたち、今を生きているものの使命ではないかと思っているのです」
馬小跳がそう答えていた。
「これから、どのような町づくりをさらに進めていきたいと、思っていらっしゃるのでしょうか」
レポーターが聞いていた。
「新しいものと古いものを両立させながら、多くの人を魅了する美しい町づくりをしていきたいと思っています」
馬小跳が目を輝かせながら、そう答えていた。
「子どものころから、この町がとてもお好きだった馬市長のお気持ちがよく伝わってきて、とても感動しました」
レポーターがそう言っていた。
「ありがとうございます。わたしは今、市長をさせていただいていますが、子どものころ
スピーチコンテストで、『将来、市長になったら』というテーマで話をしたことがあります。あのとき、わたしは、この町に観光に来た人に、『住みたい町ベストテン』に入る町づくりを目指したいと話しました。あのときの夢の実現に向けて、これからも市長として全身全霊をかけて頑張っていくつもりです」
馬小跳がそう答えていた。馬小跳の熱い思いが伝わってきて、ぼくは感動して、胸が震えていた。
馬小跳が市長として活躍しているころの姿を、ぼくは実際には見ることができないのは残念だが、ぼくや、ぼくの家族が楽しく暮らしていた家は、そのころはどうなっているだろうと思って見たくてたまらなくなった。明日、傘を返す前に、ぼくたちが暮らしていた家を見ておこうと思ったから、開いている傘に向かって
「三十年後の、ぼくたちの住まいの跡を見たい」
と言って、傘をくるくる回した。するとそれらまもなく傘紙の上に、ぼくたちの家がある洞窟の入口が映し出された。
入口の周りには白い日日草がたくさん咲いていて入口をほとんど覆い隠していた。洞窟の上には紫色のキキョウが咲いていて、キキョウの周りには小さな墓碑が立っていた。ぼくと妻猫と、幼くして亡くなったシャオカレイが、その下で眠っていた。洞窟の近くには猫の銅像が六つ建っていた。そのなかの一つは笑っていた。それを見て、ぼくはすぐに、この六つの銅像は、ぼくたちの家族だと分かった。ぼくと妻猫は仲良く寄り添って立っていた。パントーとアーヤーとサンパオは、ぼくたちの前で腹ばいになっていた。シャオカレイは妻猫に抱かれていた。
銅像に駆け寄ってくる男の子と女の子がいて、そのあとからお父さんとお母さんが、にこにこと笑みを浮かべながら、ついてきているのが見えた。
「おにいちゃん、この猫、笑っている」
女の子が相好を崩しながら、男の子に、そう言っていた。
「本当だ。なんだか、とても微笑ましいね」
男の子がそう答えていた。お母さんが目を細めながら
「この猫は笑うことができる猫だったから、『笑い猫』と呼ばれていたの。名付け親はわたしよ」
と言った。それを聞いて、男の子も女の子も、目を丸くして、びっくりしたような顔をしていた。
「えっ、本当に?」
女の子がけげんそうな顔をしながら、お母さんに聞き返していた。
「そうよ。わたしは子どものころ、この猫をうちで飼っていたことがあるの。わたしは笑い猫が大好きだった」
お母さんがそう言った。それを聞いて、この女の人は杜真子であることに、ぼくは初めて気がついた。杜真子は、いとおしそうな顔をしながら、ぼくの頭をそっとなでていた。
「笑い猫は、この公園で暮らすようになってから、いいフィアンセを見つけて結婚して、四匹の子どもに恵まれて幸せに暮らしていたわ」
杜真子が男の子と女の子に、ぼくたちのことを説明していた。お父さんがそのあと
「ぼくも笑い猫が大好きだった。笑い猫はビスケットが大好物だったから、ぼくはよくビスケットを持ってきて、ここにやってきて、笑い猫や、笑い猫の家族に食べさせていた」
と言った。それを聞いて、この男の人は唐飛であることに、ぼくは初めて気がついた。
杜真子と唐飛が子どものころから仲がよかったことは知っていたが、まさか結婚しているとは、ぼくは思ってもいなかった。でも幸せそうな家族に見えたので、ぼくはとても嬉しく思った。
それからまもなく、ぼくたちの銅像の前に、中年の男女四人が次々とやってきた。ぼくは初め誰なのかよく分からなかったが、唐飛が話しかけている会話の内容から、かつての同級生だった張達、毛超、夏林果、安琪儿であることが分かった。みんな立派な大人になっていた。
「馬小跳も来るのだろう?」
張達が聞いていた。
「来ると言っていたが、彼は、市長をしていて、毎日、多忙な生活を送っているから、来ることができるかどうか分からない」
毛超が自信がなさそうな声で、そう言っていた。
「そうか、しかたないな」
張達がそう答えていた。
「いや、でも分からないよ。馬小跳はこれまでも来ると言って来なかったことは一度もないから、きっと来るに違いないよ」
唐飛はそう答えていた。
それからまもなく、馬小跳がやってきた。
「ごめん、ごめん、公務が長引いたものだから、遅くなっちゃった」
馬小跳が申し訳なさそうな声で、そう言って、みんなに謝っていた。
「いいよ、いいよ、気にしないでいいよ。事情はみんな分かっているから」
唐飛が明るい声でそう言った。
「おれはおまえは来ないと思っていたけど、予想がはずれた」
張達がそう言って、苦笑いしていた。
「何を言っているのだ。来ると言ったではないか。この公園は、子どものころの懐かしい思い出がたくさんある場所だから、どんなに忙しいときでも、ここに来ると、ほっとする。ここは、ぼくにとって、心のオアシスなのだ」
馬小跳がそう言っていた。
「そうだな。おれもこの公園に来ると、心が癒やされるよ」
唐飛がそう答えていた。
馬小跳たちはそのあと、持ってきた鎌で、ぼくたちが眠っているお墓の周りや、ぼくたちの銅像の周りに生えていた雑草をきれいに刈り取ってから、お墓の前にローソクや線香やキャットフードを供えていた。
「笑い猫、これからも、おまえたちのことは一生忘れないからな」
馬小跳がお墓の前で、そう言っていた。唐飛がそのあと
「これからも毎年、ここに集まって、子どものころの思い出話に花を咲かせないか」
と、みんなに聞いていた。
「うん、いいね。そうしようよ。秦先生は今は高齢者施設に入所されているから、これまでのように秦先生の家に集まって楽しいひとときを過ごすことができなくなったからな」
毛超がそう言った。
「そうですね。寂しいけどしかたないわ。秦先生も、わたしたちと会えなくなるのを寂しく思っていらっしゃるかもしれないから、このあと秦先生が入所されている施設に行ってみませんか」
安琪儿がそう提案していた。
「いいわね。行きましょうよ」
夏林果がそう答えて、馬小跳たちに誘いかけていた。馬小跳たちはそれを聞いて、みんな
うなずいていた。
馬小跳たちはみんな立派な大人になっていたけど、かつて教えを受けた秦先生のことを今もずっと心にかけていて、会いに行こうとしていることを知って、ぼくはとても感動していた。