タイムスリップできる傘
第二十章 運勢が読める老いらくさん
天気……気温が急に下がり、冬の足音がすぐそこまで聞こえてくるようになった。すっかり葉を落としてしまった木の枝はとても寒々しく見える。翠湖公園の花壇のなかで、これまで咲いていた千草も、ほとんど枯れてしまって寂しくなり、虫の音も聞こえなくなった。そのなかにあって、白菊だけが、きらきら光る露のしずくを花びらや葉につけながら、ゆく秋を惜しむように、ひっそりと咲いていた。
ミー先生の傘を返す日の朝がついにやってきた。昨夜は遅くまで、馬小跳のうちにいて、馬小跳や、彼のクラスメイトの三十年後の姿を見てから、夜が明ける前に傘に乗ってシャオパイのうちへ飛んでいった。
シャオパイのうちの庭にある花壇では秋の初めごろまではラベンダーの花が咲いていて、かぐわしいにおいが、あたりにぷんぷん漂っていたが、今はもうすっかり花が枯れていて花壇が寂しくなっていた。来訪を告げるために、ぼくは傘を下に置いて、一声鳴いた。するとそれからまもなく玄関のドアが開いて、シャオパイが姿を現した。
「笑い猫のおにいちゃん、待っていたよ。間に合ってよかった。もうしばらくしたら、ミー先生が帰ってくると思うから、傘のことを心配していた」
シャオパイがそう言った。
「そうか。心配かけて悪かったな。でも間に合ってよかった」
ぼくはシャオパイにそう答えた。
「どうぞ、なかに入って」
シャオパイが勧めてくれたので、ぼくは傘を再び口にくわえながら家のなかに入っていった。居間にも客間にも観葉植物が置かれていて、緑の葉が生き生きとしていた。ぼくは傘を床に置いてからシャオパイに
「ミー先生が留守の間、水やりはどうしていたのだ。おまえがやっていたのか」
と聞いた。するとシャオパイが首を横に振った。
「水は何もやっていないよ。このうちにある観葉植物はみんな乾燥に強いから、ぼくがやらなくても大丈夫なの。水をたくさんやったら根腐れしてしまうから、三週間に一度ぐらい水をやったらいいの。ミー先生が留守をしてから、まもなく三週間になるから、そろそろ帰ってきて水を与えると思う。帰ってきたときに傘がなかったら、だれかに盗まれたのかと思って、びっくりするはずだから、傘が間に合ってよかった」
シャオパイが、ほっとしたような顔をしながら、そう言った。
「そうか。もう少し、早く傘を返しにこようと思っていたが、傘紙に映し出された光景が、どれもこれも興味深いものばかりだったから、見るのに夢中になってしまい、返しに来るのが、つい遅れてしまった。本当に、ごめん」
ぼくはシャオパイに謝った。
「いいよ、いいよ、気にしなくていいよ。間に合ったのだから」
シャオパイがそう言ってくれた。シャオパイはそのあと傘を見ながら
「この傘を使って、興味深い光景をたくさん見たと、今、言っていたけど、どんなものを見ていたの」
と聞いた。
「ぼくや、妻猫や、老いらくさんの過去や将来の姿を見ていた。ぼくによくしてくれる馬小跳や杜真子たちの過去や将来の姿も見ることができた」
ぼくはシャオパイにそう答えた。
「そうだったの。それは楽しかったでしょうね。もしかしたら、ぼくの将来の姿も見ることができるの」
シャオパイがそう言った。
「たぶん、できると思う。でも暗いところでないとよく見えないから、今は、はっきりとは見えないかもしれない。夜まで待つか?」
ぼくはシャオパイにそう言った。するとシャオパイが首を横に振った。
「ぼくは今すぐ見たい」
シャオパイがそう言ったので、ぼくは何かよい方法がないか、しばらく考えた。
「うまくいくかどうか分からないが、部屋のなかの厚いカーテンを引いて、夜と同じように暗くしてから、傘を開いたら傘紙のなかに映るかもしれない。夜だと思って、おまえもベッドのなかに入って目を閉じて、しばらじっとしていてくれないか」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「分かった」
シャオパイがそう答えて、ぼくの言う通りにした。
それからまもなく、ぼくはミー先生の傘を開いて、傘の軸についているボタンのなかから未来へタイムスリップできるボタンを押しながら
「シャオパイの将来の姿を見たい」
と言って、傘をくるくる回した。すると傘紙のなかに、年を取ったあとのシャオパイの姿が見えてきた。夜ほど暗くないので、ぼんやりとしか見えなかったが、ぼくは目を凝らしながらじっと見ていた。見終わったあと、ぼくは傘を閉じてからシャオパイに
「ベッドから起きていいよ。おまえの将来の姿を見ることができたから、話して聞かせよう」
と言った。それを聞いて、シャオパイは、勢いよく起きてきて、ぼくのすぐ近くに寄ってきた。
「どうでしたか、ぼくの将来は?」
シャオパイが心配そうな顔をしながら聞いてきた。
「大丈夫だよ。おまえが年を取ったときの姿が見えたが、ミー先生はおまえをずっと大切にしていた」
ぼくがそう言うと、シャオパイは嬉しそうな顔をしながら
「よかった」
と言って、ほっとした顔をしていた。
「おまえが歩けなくなったとき、ミー先生はおまえを空へ連れていってくれた」
ぼくがそう言うと、シャオパイは、けげんそうな顔をしながら
「ぼくは鳥ではないのに、どうやって空を飛べるの?」
と聞き返してきた。
「ミー先生が傘の上に、おまえを乗せて連れていってくれた」
ぼくはそう答えた。それを聞いて、シャオパイは納得がいったような顔をしていた。
「ぼくはそのあと、どうなったの?」
シャオパイが聞いた。
「おまえを空の上にある仙人のうちに連れていってくれた。仙人から不老長寿の薬をもらったミー先生は、おまえに飲ませてくれた。そのためにおまえは永遠に死なない犬となって、空の上で暮らしていくことになった」
ぼくはそう答えた。それを聞いて、シャオパイは、嬉しくてたまらないような顔をしていた。
「なんて素敵なのでしょう。ぼくはこれからもずっと生きていけるのですね」
シャオパイがそう言った。
「そうだよ。よかったな。仙女のミー先生に飼ってもらったおかげで、おまえも仙犬となって、永遠に生き続ける」
ぼくがそう言うと、シャオパイは目を細めていた。
ぼくはそれからまもなく、ミー先生の傘を、もとの場所に置いてから、シャオパイと別れて、翠湖公園へ帰っていった。
うちに着くとぼくは妻猫に、馬小跳の家や、シャオパイのうちで傘紙を通して見た場面
を話して聞かせた。妻猫は興味深そうな顔をしながら、ぼくの話に聞き入っていた。
「翠湖公園の三十年後の姿を見ることができたけど、今とほとんど変わっていなかった。ぼくたちは、そのころはもうこの世にいないけども、ぼくたちが住んでいるこの場所の上に、ぼくたちのお墓が作られていた。お墓の横には猫の銅像が建っていて、六匹の猫が寄り添うようにして立っていた」
ぼくがそう言うと、妻猫が
「もしかしたら、その猫は、わたしたちでしょうか?」
妻猫が聞いた。ぼくはうなずいた。
「ぼくは笑いながら立っていた。お母さんはシャオカレイをいとおしそうに抱きながら、ぼくと肩を並べて立っていた。ぼくとお母さんの前には、パントーとアーヤーとサンパオがしゃがんでいた」
ぼくはそう言った。それを聞いて妻猫が
「何と微笑ましい銅像なのでしょう。だれが建ててくれたのかしら」
と言った。
「たぶん、馬小跳たちではないかと思う」
ぼくはそう答えた。
「そうかもしれないですね。わたしたちの家族がここで暮らしていたのを知っているのは馬小跳たちだけですからね」
妻猫がそう答えていた。それを聞いて、ぼくはうなずいた。
「馬小跳たちは、わたしたちにいつもご飯や食べ物を持ってきてくれるし、わたしたちがいなくなったあとも、素敵な銅像を建てて思い出に残してくれるし、わたしたちは何と幸せな家族なのでしょう」
妻猫がそう言った。
「そうだね。ぼくたちほど幸せな猫の家族は、この世にいないかもしれないね」
ぼくは妻猫にそう言った。
「わたしもそう思います」
妻猫がそう答えていた。
「馬小跳たちは、毎年、みんなで翠湖公園に集まってきて、ぼくたちのお墓に花や線香やキャットフードを手向けたり、お墓や銅像の周りの雑草を抜いてきれいにしてくれる」
ぼくは妻猫にそう言った。それを聞いて妻猫は馬小跳たちの優しさに感動していた。
「馬小跳たちは、ぼくたちのことをいつまでも忘れない情の深い人間になっていただけでなくて、みんな、それぞれ一角の人間になって立派に活躍していたよ」
ぼくは妻猫にそう言ってから、馬小跳たちの活躍ぶりを話して聞かせた。
「馬小跳は一流の建築デザイナーとして広く知られていただけでなくて、この町の市長にまで昇り詰めていた。唐飛は大学で国際経済学を教えていた。張達は大学で運動生理学を教えていた。毛超はコンピューター会社で課長をしていた」
ぼくがそう言うと妻猫は、びっくりして目を丸くしながら
「みんな、そんなに立派になっていましたか」
と言って、感心したような顔をしていた。
「女の子たちも、立派な仕事をしていたよ」
ぼくはそう答えてから、杜真子たちの仕事ぶりを妻猫に話して聞かせた。
「杜真子は大学で栄養学を学んだあと、大学院に進学して、研究を続ける傍ら、テレビの料理番組でアシスタントをしていた。大学院を修了した後は、大学で児童栄養学の講師をしていた。夏林果はプロのバレリーナになって、各地で公演していた。安琪儿は小学校の教師をする傍ら童話作家としても活躍していた」
ぼくがそう言うと、妻猫は、感嘆のため息をつきながら
「本当にみんなすごいですね」
と言った。ぼくはうなずいた。
「子どもたちは、みんながみんな、将来、このようにうまくいくとは限らないと思うのですが、彼らがうまくいったのは、どうしてなのでしょう?」
妻猫が聞いた。
「さあ、どうしてなのだろう……、ぼくにもよく分からない」
ぼくはそう答えるしかなかった。
妻猫が聞いた質問に対する的確な答を見いだすために、ぼくはそれからまもなく老いらくを訪ねていくことにした。老いらくさんは経験が豊富だし、哲学的な思考に基づいて、適切な見解を述べてくれることがよくあるからだ。老いらくさんは今の時季は梅園にいるはずだから、ぼくは翠湖公園の東の端にある梅園に出かけていった。梅園のなかに足を踏み入れた途端、老いらくさんがぼくに気がついて駆け寄ってくるのが見えた。
「やあ、笑い猫、どうしたのだい?」
老いらくさんが、息を弾ませながら、そう聞いた。ぼくは、あいさつも、そこそこに、
「ぼくはこれまでずっと、馬小跳や、彼のクラスメイトや、杜真子たちの将来の姿を傘を使って見てきました。みんな立派な大人になっていたので、びっくりしました。どうして彼らの前に素晴らしい人生が開けていったのか分からないので、老いらくさんに聞いたら分かるかもしれないと思って訪ねてきました」
と答えた。
「そうか、そういうわけだったのか」
老いらくさんが、うなずいていた。
「わしには彼らの前途が有望であることは分かっていたよ」
老いらくさんは、そう言ってから、馬小跳たちが将来、どのような人になっているのかを推量して述べた。何と、十中八九、当たっていたので、ぼくはびっくりしていた。
「どうして分かるのですか?」
ぼくは目を丸くして、老いらくさんに聞き返した。
「わしは運勢占いができるから」
老いらくさんが誇らしそうに胸を張って、そう答えていた。
「恐れ入りました。老いらくさんはまるで神様のようなネズミですね」
ぼくはそう言って、老いらくさんのことを、ほめそやした。老いらくさんは、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
「性格によって運命が決まると言うから、彼らの性格をつぶさに分析したら、将来、どのような道に進んでいくか、大体の見当はつく。例えば、馬小跳は、親切で思いやりがあり、責任感も強くて、リーダーシップが取れる子どもだから、人の上に立つ仕事が向いている」
老いらくさんがそう言ったので、ぼくは老いらくさんに、馬小跳は将来、この町の市長になっていることを話した。すると老いらくさんは、一瞬、びっくりしたような顔をしていたが
「そうか。それもありうるな。馬小跳には、それだけの器が十分に備わっているからな」
と答えていた。
老いらくさんは、そのあと、市長としての器は、どのようなものなのかを話し始めた。
「市長にとって一番大切なことは、この町を深く愛していることだ。古くからある貴重な自然環境や文化遺産を大切に残しながら、新しいものを生み出して、古いものと新しいものを共存させながら、魅力的な町づくりをしていく強いリーダーシップが求められる。その重責を担うのに、馬小跳は、うってつけの人物だ」
老いらくさんがそう言った。老いらくさんの話にはとても説得力があった。
老いらくさんは、そのあと、唐飛、張達、毛超、夏林果、安琪儿の性格を分析して、将来、どのような道に進んだら、それぞれが持っている個性や才能を十分に発揮して社会に貢献できるかを述べた。老いらくさんの分析は的を射ていたから、ぼくは感心していた。(馬小跳や唐飛たちの前に将来、バラ色の人生が開けていったのは、背伸びせずに自分の性格を客観的に見ることができて、性格にかなった道を堅実に歩んでいったからではないか)
老いらくさんの話を聞きながら、ぼくはそう思った。
老いらくさんの卓越した先見の明に、ぼくは敬意を払うしかなかった。
ぼくはそのあと老いらくさんに、唐飛たちが将来、どんな仕事をしているのかについて話して聞かせた。すると老いらくさんは興味深そうな顔をしながら聞いていた。なかでも安琪儿が小学校の教師をする傍ら童話作家をしていることを聞いて、老いらくさんはびっくりしていた。優れた運勢占いができる老いらくさんでも、そこまでは想像できていなかったように思えた。
「そうか、安琪儿が童話作家になっていたか」
老いらくさんは感慨深そうな顔をしていた。
「安琪儿は、いつもぼんやりしていて、学校の成績もよくないし、友だちもあまりいないようなので将来のことを、わしは心配していたが杞憂に過ぎなくてよかった。今は刺繍絵を作っているが、将来は童話作家か……」
老いらくさんがそう言った。ぼくは、にっこりうなずいた。
「安琪儿は小学校の教師もしているので、自分の周りにいる子どもたちのことも童話のなかで描いて、生き生きとした物語を書いているのでしょうね」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「そうだろうなあ。わしに字が読めたら、読んでみたいな」
老いらくさんが残念そうに、そう言った。それを聞いて、
「同感です」
と答えて、ぼくは、ふふふと笑った。
それからまもなく、ぼくは老いらくさんと別れて、うちへ帰っていった。帰る途中、馬小跳たち、腕白四人組と、安琪儿の姿を見かけた。ぼくはすぐに彼らのもとに駆け寄っていった。
「やあ、笑い猫、元気か。おれたちは今から、おまえのうちに食糧を届けにいくところだ」
馬小跳がそう言ってから、ぼくを抱き上げてくれた。抱かれながら、ぼくは
(今は腕白な馬小跳たちが将来は立派な人になるのだなあ。頭が悪いといって、周りから馬鹿にされている安琪儿は教師や作家になるのだなあ)
と思って、あまりのギャップに、くすくすと笑っていた。
ミー先生の傘を返す日の朝がついにやってきた。昨夜は遅くまで、馬小跳のうちにいて、馬小跳や、彼のクラスメイトの三十年後の姿を見てから、夜が明ける前に傘に乗ってシャオパイのうちへ飛んでいった。
シャオパイのうちの庭にある花壇では秋の初めごろまではラベンダーの花が咲いていて、かぐわしいにおいが、あたりにぷんぷん漂っていたが、今はもうすっかり花が枯れていて花壇が寂しくなっていた。来訪を告げるために、ぼくは傘を下に置いて、一声鳴いた。するとそれからまもなく玄関のドアが開いて、シャオパイが姿を現した。
「笑い猫のおにいちゃん、待っていたよ。間に合ってよかった。もうしばらくしたら、ミー先生が帰ってくると思うから、傘のことを心配していた」
シャオパイがそう言った。
「そうか。心配かけて悪かったな。でも間に合ってよかった」
ぼくはシャオパイにそう答えた。
「どうぞ、なかに入って」
シャオパイが勧めてくれたので、ぼくは傘を再び口にくわえながら家のなかに入っていった。居間にも客間にも観葉植物が置かれていて、緑の葉が生き生きとしていた。ぼくは傘を床に置いてからシャオパイに
「ミー先生が留守の間、水やりはどうしていたのだ。おまえがやっていたのか」
と聞いた。するとシャオパイが首を横に振った。
「水は何もやっていないよ。このうちにある観葉植物はみんな乾燥に強いから、ぼくがやらなくても大丈夫なの。水をたくさんやったら根腐れしてしまうから、三週間に一度ぐらい水をやったらいいの。ミー先生が留守をしてから、まもなく三週間になるから、そろそろ帰ってきて水を与えると思う。帰ってきたときに傘がなかったら、だれかに盗まれたのかと思って、びっくりするはずだから、傘が間に合ってよかった」
シャオパイが、ほっとしたような顔をしながら、そう言った。
「そうか。もう少し、早く傘を返しにこようと思っていたが、傘紙に映し出された光景が、どれもこれも興味深いものばかりだったから、見るのに夢中になってしまい、返しに来るのが、つい遅れてしまった。本当に、ごめん」
ぼくはシャオパイに謝った。
「いいよ、いいよ、気にしなくていいよ。間に合ったのだから」
シャオパイがそう言ってくれた。シャオパイはそのあと傘を見ながら
「この傘を使って、興味深い光景をたくさん見たと、今、言っていたけど、どんなものを見ていたの」
と聞いた。
「ぼくや、妻猫や、老いらくさんの過去や将来の姿を見ていた。ぼくによくしてくれる馬小跳や杜真子たちの過去や将来の姿も見ることができた」
ぼくはシャオパイにそう答えた。
「そうだったの。それは楽しかったでしょうね。もしかしたら、ぼくの将来の姿も見ることができるの」
シャオパイがそう言った。
「たぶん、できると思う。でも暗いところでないとよく見えないから、今は、はっきりとは見えないかもしれない。夜まで待つか?」
ぼくはシャオパイにそう言った。するとシャオパイが首を横に振った。
「ぼくは今すぐ見たい」
シャオパイがそう言ったので、ぼくは何かよい方法がないか、しばらく考えた。
「うまくいくかどうか分からないが、部屋のなかの厚いカーテンを引いて、夜と同じように暗くしてから、傘を開いたら傘紙のなかに映るかもしれない。夜だと思って、おまえもベッドのなかに入って目を閉じて、しばらじっとしていてくれないか」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「分かった」
シャオパイがそう答えて、ぼくの言う通りにした。
それからまもなく、ぼくはミー先生の傘を開いて、傘の軸についているボタンのなかから未来へタイムスリップできるボタンを押しながら
「シャオパイの将来の姿を見たい」
と言って、傘をくるくる回した。すると傘紙のなかに、年を取ったあとのシャオパイの姿が見えてきた。夜ほど暗くないので、ぼんやりとしか見えなかったが、ぼくは目を凝らしながらじっと見ていた。見終わったあと、ぼくは傘を閉じてからシャオパイに
「ベッドから起きていいよ。おまえの将来の姿を見ることができたから、話して聞かせよう」
と言った。それを聞いて、シャオパイは、勢いよく起きてきて、ぼくのすぐ近くに寄ってきた。
「どうでしたか、ぼくの将来は?」
シャオパイが心配そうな顔をしながら聞いてきた。
「大丈夫だよ。おまえが年を取ったときの姿が見えたが、ミー先生はおまえをずっと大切にしていた」
ぼくがそう言うと、シャオパイは嬉しそうな顔をしながら
「よかった」
と言って、ほっとした顔をしていた。
「おまえが歩けなくなったとき、ミー先生はおまえを空へ連れていってくれた」
ぼくがそう言うと、シャオパイは、けげんそうな顔をしながら
「ぼくは鳥ではないのに、どうやって空を飛べるの?」
と聞き返してきた。
「ミー先生が傘の上に、おまえを乗せて連れていってくれた」
ぼくはそう答えた。それを聞いて、シャオパイは納得がいったような顔をしていた。
「ぼくはそのあと、どうなったの?」
シャオパイが聞いた。
「おまえを空の上にある仙人のうちに連れていってくれた。仙人から不老長寿の薬をもらったミー先生は、おまえに飲ませてくれた。そのためにおまえは永遠に死なない犬となって、空の上で暮らしていくことになった」
ぼくはそう答えた。それを聞いて、シャオパイは、嬉しくてたまらないような顔をしていた。
「なんて素敵なのでしょう。ぼくはこれからもずっと生きていけるのですね」
シャオパイがそう言った。
「そうだよ。よかったな。仙女のミー先生に飼ってもらったおかげで、おまえも仙犬となって、永遠に生き続ける」
ぼくがそう言うと、シャオパイは目を細めていた。
ぼくはそれからまもなく、ミー先生の傘を、もとの場所に置いてから、シャオパイと別れて、翠湖公園へ帰っていった。
うちに着くとぼくは妻猫に、馬小跳の家や、シャオパイのうちで傘紙を通して見た場面
を話して聞かせた。妻猫は興味深そうな顔をしながら、ぼくの話に聞き入っていた。
「翠湖公園の三十年後の姿を見ることができたけど、今とほとんど変わっていなかった。ぼくたちは、そのころはもうこの世にいないけども、ぼくたちが住んでいるこの場所の上に、ぼくたちのお墓が作られていた。お墓の横には猫の銅像が建っていて、六匹の猫が寄り添うようにして立っていた」
ぼくがそう言うと、妻猫が
「もしかしたら、その猫は、わたしたちでしょうか?」
妻猫が聞いた。ぼくはうなずいた。
「ぼくは笑いながら立っていた。お母さんはシャオカレイをいとおしそうに抱きながら、ぼくと肩を並べて立っていた。ぼくとお母さんの前には、パントーとアーヤーとサンパオがしゃがんでいた」
ぼくはそう言った。それを聞いて妻猫が
「何と微笑ましい銅像なのでしょう。だれが建ててくれたのかしら」
と言った。
「たぶん、馬小跳たちではないかと思う」
ぼくはそう答えた。
「そうかもしれないですね。わたしたちの家族がここで暮らしていたのを知っているのは馬小跳たちだけですからね」
妻猫がそう答えていた。それを聞いて、ぼくはうなずいた。
「馬小跳たちは、わたしたちにいつもご飯や食べ物を持ってきてくれるし、わたしたちがいなくなったあとも、素敵な銅像を建てて思い出に残してくれるし、わたしたちは何と幸せな家族なのでしょう」
妻猫がそう言った。
「そうだね。ぼくたちほど幸せな猫の家族は、この世にいないかもしれないね」
ぼくは妻猫にそう言った。
「わたしもそう思います」
妻猫がそう答えていた。
「馬小跳たちは、毎年、みんなで翠湖公園に集まってきて、ぼくたちのお墓に花や線香やキャットフードを手向けたり、お墓や銅像の周りの雑草を抜いてきれいにしてくれる」
ぼくは妻猫にそう言った。それを聞いて妻猫は馬小跳たちの優しさに感動していた。
「馬小跳たちは、ぼくたちのことをいつまでも忘れない情の深い人間になっていただけでなくて、みんな、それぞれ一角の人間になって立派に活躍していたよ」
ぼくは妻猫にそう言ってから、馬小跳たちの活躍ぶりを話して聞かせた。
「馬小跳は一流の建築デザイナーとして広く知られていただけでなくて、この町の市長にまで昇り詰めていた。唐飛は大学で国際経済学を教えていた。張達は大学で運動生理学を教えていた。毛超はコンピューター会社で課長をしていた」
ぼくがそう言うと妻猫は、びっくりして目を丸くしながら
「みんな、そんなに立派になっていましたか」
と言って、感心したような顔をしていた。
「女の子たちも、立派な仕事をしていたよ」
ぼくはそう答えてから、杜真子たちの仕事ぶりを妻猫に話して聞かせた。
「杜真子は大学で栄養学を学んだあと、大学院に進学して、研究を続ける傍ら、テレビの料理番組でアシスタントをしていた。大学院を修了した後は、大学で児童栄養学の講師をしていた。夏林果はプロのバレリーナになって、各地で公演していた。安琪儿は小学校の教師をする傍ら童話作家としても活躍していた」
ぼくがそう言うと、妻猫は、感嘆のため息をつきながら
「本当にみんなすごいですね」
と言った。ぼくはうなずいた。
「子どもたちは、みんながみんな、将来、このようにうまくいくとは限らないと思うのですが、彼らがうまくいったのは、どうしてなのでしょう?」
妻猫が聞いた。
「さあ、どうしてなのだろう……、ぼくにもよく分からない」
ぼくはそう答えるしかなかった。
妻猫が聞いた質問に対する的確な答を見いだすために、ぼくはそれからまもなく老いらくを訪ねていくことにした。老いらくさんは経験が豊富だし、哲学的な思考に基づいて、適切な見解を述べてくれることがよくあるからだ。老いらくさんは今の時季は梅園にいるはずだから、ぼくは翠湖公園の東の端にある梅園に出かけていった。梅園のなかに足を踏み入れた途端、老いらくさんがぼくに気がついて駆け寄ってくるのが見えた。
「やあ、笑い猫、どうしたのだい?」
老いらくさんが、息を弾ませながら、そう聞いた。ぼくは、あいさつも、そこそこに、
「ぼくはこれまでずっと、馬小跳や、彼のクラスメイトや、杜真子たちの将来の姿を傘を使って見てきました。みんな立派な大人になっていたので、びっくりしました。どうして彼らの前に素晴らしい人生が開けていったのか分からないので、老いらくさんに聞いたら分かるかもしれないと思って訪ねてきました」
と答えた。
「そうか、そういうわけだったのか」
老いらくさんが、うなずいていた。
「わしには彼らの前途が有望であることは分かっていたよ」
老いらくさんは、そう言ってから、馬小跳たちが将来、どのような人になっているのかを推量して述べた。何と、十中八九、当たっていたので、ぼくはびっくりしていた。
「どうして分かるのですか?」
ぼくは目を丸くして、老いらくさんに聞き返した。
「わしは運勢占いができるから」
老いらくさんが誇らしそうに胸を張って、そう答えていた。
「恐れ入りました。老いらくさんはまるで神様のようなネズミですね」
ぼくはそう言って、老いらくさんのことを、ほめそやした。老いらくさんは、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
「性格によって運命が決まると言うから、彼らの性格をつぶさに分析したら、将来、どのような道に進んでいくか、大体の見当はつく。例えば、馬小跳は、親切で思いやりがあり、責任感も強くて、リーダーシップが取れる子どもだから、人の上に立つ仕事が向いている」
老いらくさんがそう言ったので、ぼくは老いらくさんに、馬小跳は将来、この町の市長になっていることを話した。すると老いらくさんは、一瞬、びっくりしたような顔をしていたが
「そうか。それもありうるな。馬小跳には、それだけの器が十分に備わっているからな」
と答えていた。
老いらくさんは、そのあと、市長としての器は、どのようなものなのかを話し始めた。
「市長にとって一番大切なことは、この町を深く愛していることだ。古くからある貴重な自然環境や文化遺産を大切に残しながら、新しいものを生み出して、古いものと新しいものを共存させながら、魅力的な町づくりをしていく強いリーダーシップが求められる。その重責を担うのに、馬小跳は、うってつけの人物だ」
老いらくさんがそう言った。老いらくさんの話にはとても説得力があった。
老いらくさんは、そのあと、唐飛、張達、毛超、夏林果、安琪儿の性格を分析して、将来、どのような道に進んだら、それぞれが持っている個性や才能を十分に発揮して社会に貢献できるかを述べた。老いらくさんの分析は的を射ていたから、ぼくは感心していた。(馬小跳や唐飛たちの前に将来、バラ色の人生が開けていったのは、背伸びせずに自分の性格を客観的に見ることができて、性格にかなった道を堅実に歩んでいったからではないか)
老いらくさんの話を聞きながら、ぼくはそう思った。
老いらくさんの卓越した先見の明に、ぼくは敬意を払うしかなかった。
ぼくはそのあと老いらくさんに、唐飛たちが将来、どんな仕事をしているのかについて話して聞かせた。すると老いらくさんは興味深そうな顔をしながら聞いていた。なかでも安琪儿が小学校の教師をする傍ら童話作家をしていることを聞いて、老いらくさんはびっくりしていた。優れた運勢占いができる老いらくさんでも、そこまでは想像できていなかったように思えた。
「そうか、安琪儿が童話作家になっていたか」
老いらくさんは感慨深そうな顔をしていた。
「安琪儿は、いつもぼんやりしていて、学校の成績もよくないし、友だちもあまりいないようなので将来のことを、わしは心配していたが杞憂に過ぎなくてよかった。今は刺繍絵を作っているが、将来は童話作家か……」
老いらくさんがそう言った。ぼくは、にっこりうなずいた。
「安琪儿は小学校の教師もしているので、自分の周りにいる子どもたちのことも童話のなかで描いて、生き生きとした物語を書いているのでしょうね」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「そうだろうなあ。わしに字が読めたら、読んでみたいな」
老いらくさんが残念そうに、そう言った。それを聞いて、
「同感です」
と答えて、ぼくは、ふふふと笑った。
それからまもなく、ぼくは老いらくさんと別れて、うちへ帰っていった。帰る途中、馬小跳たち、腕白四人組と、安琪儿の姿を見かけた。ぼくはすぐに彼らのもとに駆け寄っていった。
「やあ、笑い猫、元気か。おれたちは今から、おまえのうちに食糧を届けにいくところだ」
馬小跳がそう言ってから、ぼくを抱き上げてくれた。抱かれながら、ぼくは
(今は腕白な馬小跳たちが将来は立派な人になるのだなあ。頭が悪いといって、周りから馬鹿にされている安琪儿は教師や作家になるのだなあ)
と思って、あまりのギャップに、くすくすと笑っていた。