タイムスリップできる傘

第七章 夏林果の誕生日パーティー

天気……夜空に、きれいな月がかかっていた。十五夜のときは夜空が厚い雲に覆われていて、月がよく見えなかったが、昨夜の十六夜はきれいに見えた。このあと、立ち待月、居待ち月、寝待ち月、二十日月……と続いていく。月は毎晩、姿を変えていくので、見ていて飽きることがない。ぼくは月を見るのが大好きだから毎晩、きれいな月を見ることができることを楽しみにしている。

昨夜はずっと馬小跳のうちの窓台の上にいて、傘紙に映し出された馬小跳の十年後の姿を見ていた。今朝早く、馬小跳がまだ目を覚まさないうちに、ぼくは引き続き、馬小跳の十年後の姿を見ることにした。傘の軸についているボタンのなかから未来が見えるボタンを押しながら
「馬小跳の十年後の姿をもっと見たい」
と言った。傘をくるくる回すと、傘のなかに昨夜見たものとは違った場面が映し出された。
土曜日の朝、馬小跳はベッドのなかでとても早く目を覚ましていた。洗面所に行って顔を洗ってから、念入りに髪をブラシですいて髪型をととのえていた。そのあと部屋に戻ってきて、服を何着も着替えながら姿見に映して、どれが一番似合うのか決めようとしていた。でもなかなか決められないでいた。
「お母さん、ちょっと来て」
馬小跳がお母さんを呼び出していた。
「どうしたの。何かあったの?」
お母さんが、けげんそうな顔をしながら、馬小跳の部屋に入ってきた。床に服がいっぱい散らかっていて足の踏み場もないのを見て、お母さんは目を丸くしながら
「どうしたの、こんなに服を出して」
と言って、あきれていた。
「今日は、あるパーティーに呼ばれているので、どの服を着ていったらいいかなぁと思って……」
馬小跳がそう答えていた。
「そういうことだったの」
お母さんはようやく合点がいったような顔をしていた。
「お母さんはセンスがいいから、意見を聞いて、ぴったりの服を選ぼうと思って……」
馬小跳がそう言った。
「分かったわ。でもどんなパーティーなの。パーティーの種類によって着ていくのにふさわしい服があるから」
お母さんがそう言った。
「それが、あのう……」
馬小跳は顔を赤らめながら、もじもじしていた。
「何よ、そんなに言いにくいことなの。はっきり言わないと、服を選ぶのを手伝ってあげられないわ」
お母さんは、そう言ってから、馬小跳の部屋を出ていこうとした。
「待って、お母さん。言うよ」
馬小跳はそう言ってから話し始めた。
「実を言うと、女の子のパーティーに招待されたから行くことにして……」
馬小跳がそう答えていた。
「女の子って、誰よ。杜真子?」
お母さんが聞いた。
「いや、違う。夏林果」
馬小跳がそう答えていた。
「ああ、あの子ね。バレエを習っていた子でしょ?」
お母さんが聞いた。馬小跳はうなずいた。
「子どものころ、あなたがあの子といっしょに学芸会で『白雪姫』を演じていた場面を、お母さんは今でもはっきりと覚えているわ。あの子が白雪姫で、あなたが王子様の役をしていた。あの子は今、どうしているの?」
お母さんがそう聞いた。
「高校を卒業したあと舞踊学院に行って、プロのバレリーナをめざしている」
馬小跳がそう答えていた。
「そうだったの。あの子は子どものときから、とてもかわいかったし、バレエがとても上手だったから、将来きっと有名なバレリーナになるわよ」
お母さんがそう言った。馬小跳はうなずいていた。
「あなたは、あの子がとても好きだったから、学芸会で、あなたが王子様の役に選ばれたとき、あなたが舞い上がっていたのを覚えているわ。あれ以来、あなたの心のなかで、あの子はずっと、あこがれの的であり、だれか、ほかの男の子に、あの子がなびかないか気にかけていた」
お母さんがそう言った。馬小跳はそれを聞いて、ますます顔を赤らめていた。
「もしかしたら、今でも、あなたは、あの子のことが好きで、チャンスを見つけて、言い寄ろうと思っているのでは……」
お母さんが、馬小跳の気持ちを詮索してそう言った。
「お母さん、それは考え過ぎです。今は幼なじみの友だちとしか思っていません。今度のパーティーには、ぼくのほかにも、唐飛と張達と毛超も招待されていますから、久しぶりに会って、お互いの近況報告をしようと思っているだけです」
馬小跳がそう答えていた。
「分かったわ。だったら、あまり目立つような服ではなくて、落ち着いた色の服がいいと思うわ」
お母さんは、そう言って、服選びを手伝っていた。
十時頃、馬小跳はうちを出て、途中でデパートに寄って、誕生日のプレゼントを買ってから、夏林果のうちへ行った。玄関のインターホンを押すと、すぐに夏林果が出てきた。久しぶりに会う夏林果はいちだんときれいになっていた。
「馬小跳、いらっしゃい」
夏林果が笑顔で馬小跳を迎え入れてくれた。家のなかには夏林果のご両親もいらっしゃったので、馬小跳はご両親にあいさつをしてから、夏林果に案内された客室に入っていった。
先客はまだ誰もいなかった。
「子どものころもそうだったけど、今でも、あなたは来るのが一番早いわね」
夏林果が、くすりと笑いながら、そう言った。
「おまえと二人きりで過ごす時間が、おれにとって、昔も今も至福のひとときだから」
馬小跳が照れながらそう答えていた。それを聞いて夏林果が、笑みを浮かべながら
「ありがとう」
と言った。馬小跳と夏林果は、お互いの今の生活状況について、二人きりでしばらく話をしていた。夏林果が、あまりにもまぶしすぎるほどに、美しくなっていたから、馬小跳は、夏林果を正視できずに、緊張のあまり、体をこわばらせながら、しどろもどろに受け答えをしていた。三十分ほどたった時、玄関のインターホンが鳴って、張達と唐飛と毛超がいっしょにやってきた。彼らがやってきたのを見て、馬小跳はやっと緊張の糸をほぐすことができた。
唐飛は子どものころと比べたら、とてもスマートになっていた。子どものころの唐飛は、しょっちゅう何かを口にしていたから、おなかが膨らんでいたが、今はあのころの面影はまったくなくて別人のように見えた。食欲を抑えて節制することに努めたからではないかと、ぼくは思った。唐飛は今、大学で国際経済学を学んでいて、卒業後はアメリカの有名大学に留学することが決まっていた。
張達は背が高くて体が大きい若者になっていた。子どものころの張達は運動神経に優れていて、スポーツが万能で、とりわけ走るのがとても速かった。彼は今、大学の体育学部で運動生理学を学んでいた。
毛超は小柄で、やや痩せていた。子どものころの毛超は口数が多くて、ぺらぺらと、よくしゃべっていた。情報を集めることが好きで、いろいろなことを知っていたが、そのほとんどは、どうでもいいような話ばかりだった。彼は今、大学で流通経済学について学んでいた。
唐飛も張達も毛超も、馬小跳の竹馬の友であり、大学生になった今も、密に連絡を取り合って、親交を続けている。それぞれ別の大学で学んでいるので、四人がそろって会う機会は減ってきたが、夏林果という美しい『花』を囲んで、久しぶりに、みんなが和気あいあいと楽しいひとときを過ごせることになったので、男の子たちはみんな、とても嬉しそうな顔をしていた。
「ほかに誰を招待しているのか」
唐飛が夏林果に聞いていた。
「路曼曼と丁文涛と安琪儿が来ることになっているわ」
夏林果がそう答えていた。
路曼曼も来ることが分かって、唐飛が馬小跳の顔を見ながら、にやりと笑った。馬小跳が路曼曼のことを好きでないことを知っていたからだ。
「おまえはまったくついていないなあ」
唐飛がそう言った。
「……」
馬小跳は何も答えず、苦笑いを浮かべているだけだった。
「あいつは今も影のように、おまえから離れないでいるのだろう?」
唐飛が聞いた。
「そうなのだ。突き放したいと思っているけど、突き放せなくて、うっとうしい」
馬小跳が不機嫌そうに、そう言った。うわさをすれば影がさすというが、それからまもなく路曼曼がやってきた。馬小跳を見て
「あなたとわたしは、本当に縁があるわね」
と、路曼曼が言った。
「縁は縁でも腐れ縁。本当は今日、おまえの顔なんか見たくなかった」
馬小跳が不快そうに言った。
馬小跳と路曼曼の間に火花が飛び散りそうな不穏な空気が流れていた。それを見て毛超が口をはさんで
「今日は楽しく過ごそうよ」
と言って、いきり立っている馬小跳の気持ちをなだめていた。
それからまもなく丁文涛がやってきた。手には大きなバラの花束を持っていた。
「やあ、丁文涛、久しぶりだな。あのころと同じように、おまえはいつもバラの花束を持ってくるのだな」
張達がそう言った。丁文涛は、はにかみながら
「夏林果の華やかな雰囲気をいっそう引き立てるためには、これがいいかなと思って」
と答えていた。
子どものころの丁文涛は頭がよくて、品行方正な優等生だった。教師からの評判もよくてクラス委員にもよく選ばれていた。路曼曼と似たようなところがあり、二人の仲はよかった。馬小跳たちとは、そりが合わなくて、深く付き合うことはなかった。丁文涛は高校を卒業したあと一流大学に進学して、国際経済学を学んでいた。将来を嘱望されていたが、大学に進学してからは、燃え尽きてしまい、成績があまり伸びなくなっていた。記憶力にはたけていたが、想像力や創造力に欠けていたし、人付き合いも苦手なところが丁文涛にはあった。丁文涛は唐飛と同じ国際経済学を学んでいて、将来は唐飛と同じようにアメリカの大学に留学することにしていた。しかし唐飛が留学試験に合格できたのに対して丁文涛は合格できなかった。そのことを知って、丁文涛は唐飛に対して嫉妬心を抱いていた。
丁文涛は唐飛をじろりと見ながら
「おまえは子どものころ、夏林果の誕生日のときには、いつもポップコーンを持ってきていたな。きれいな箱に入れて、赤いリボンの飾りをつけて」
と言った。
「よく覚えているな。ポップコーンは夏林果が一番好きな食べ物だから」
唐飛がそう答えていた。
「今日は何を持ってきたのか、まさかまたポップコーンではあるまいな」
丁文涛がそう言った。
「おれが夏林果に何をあげるか、おまえには関係ないだろう」
唐飛が、つっけんどんに答えた。それを見て険悪な雰囲気を感じて、毛超が二人の会話に割って入った。
「今日は楽しく過ごそうよ」
毛超になだめられて、唐飛と丁文涛は、火花を散らすのをやめた。毛超はそのあと
「安琪儿はどうしてまだこないのか」
と言って、緊迫した場の雰囲気を変えようとしていた。それを聞いて唐飛が馬小跳に
「安琪儿はおまえと同じアパートに住んでいるのだろう。どうしていっしょに来なかったのだ?」
と聞いていた。
「うちを出る前に、彼女のうちに寄ったけど、まだ帰っていなかった」
馬小跳がそう答えていた。
「安琪儿は今、師範大学で小学校の教師になるための勉強をしているそうだな」
毛超がそう言った。丁文涛がそれを聞いて
「あんな馬鹿が教師になれるのか。子どもたちがかわいそうだ」
と言った。それを聞いて唐飛が、かちんときて
「人は変わるものだよ。昔の安琪儿と今の安琪儿ではがらりと変わっているはずだ」
と答えていた。
「そうか、でも知能指数は、大きくなっても、それほど変わらないと思うがな」
丁文涛がそう言った。
「ふん、自分が少々、頭がいいと思って、安琪儿のことを馬鹿にするのはやめてくれないか。安琪儿に失礼だぞ。おれたちも不愉快だ」
馬小跳がそう言って、丁文涛にきつい視線を投げかけていた。
「……」
丁文涛は何も答えないで、二度うなずいていた。
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