タイムスリップできる傘
第八章 子どものころの忘れられない思い出
天気……今日はとても天気がよくて、空は雲一つなく晴れわたっている。どことなく哀愁を帯びた風のなかには、菊のかおりや、甘栗を焼く香ばしいにおいが混じっていて、深まってきた秋らしい風情が、町のあちこちで感じられる。
ぼくは引き続き、馬小跳の部屋の窓台の上に座って、傘紙に映った夏林果の誕生日パーティーの続きを見ていた。
お昼近くになって、ようやく安琪儿が夏林果のうちへやってきた。
「ごめんなさい、遅れちゃって。今朝、学校から直接来たものだから」
安琪儿が開口一番、遅れたわけを話していた。
「そうか、おまえが通っている大学は、貴州省にあるから、家へ帰るのは大変だろうなあ」
張達がそう言った。
「少なくとも三時間はかかるのではないのか?」
馬小跳が安琪儿に聞いていた。
安琪儿は答えなかった。来てからずっと、安琪儿は馬小跳と視線をほとんど合わせなかった。完全に無視しているように見えた。子どものころは、そうではなかった。いつも馬小跳につきまとっていて、宿題の分からないところはすぐに聞きに来ていた。学校での授業中はいつもぼんやりしていて理解力が悪く、知能指数が低い子どもだった。しかし今は、あのころとは見違えるほどになっていて、独特の風格があった。清純なハスの花のような品格が漂っているように見えた。若い女性は成長するにつれて、姿かたちや性格が様々に変化するというが、安琪儿を見ていると、まさにそんな感じに見えた。あまりの変わりように、馬小跳たちは、びっくりしていた。
「おまえ、本当に安琪儿か?」
毛超がおかしなことを聞いた。それを聞いて路曼曼が
「ふん、何を言っているのよ。馬鹿なことを聞くものではないわ」
と言って、毛超を戒めていた。
安琪儿はそれからまもなく、持ってきた大きな紙袋のなかから、平べったい箱を取り出した。
「このなかにわたしからの誕生日のプレゼントが入っているわ」
と、明るい声で安琪儿が言った。
「ありがとう。何かしら?」
夏林果は嬉しそうな顔をしながら、安琪儿のプレゼントを受け取っていた。
「早く開けてみろよ」
馬小跳がそう言った。ほかの男の子たちも箱のなかに何が入っているのか気になって仕方がないようだった。
夏林果は箱の上に十字にかけられている赤いリボンと、青い水玉模様の包装紙を丁寧に解いてから、期待感に胸をわくわくさせながら、箱をそっと開けていた。箱のなかには、バレエを踊っているバレリーナの姿が刺繍された絵が入っていた。それを見て夏林果が
「わあ、素敵」
と、思わず歓喜の声をあげていた。
「気に入ってくれて嬉しいわ」
と、安琪儿が弾んだ声でそう答えていた。
「もしかしたら、これはおまえが作った刺繡絵で、踊っているバレリーナは夏林果か?」
唐飛が聞いていた。安琪儿がにっこりうなずいた。
「おまえは勉強は苦手だったが、手芸は得意だったからな」
唐飛が子どものころの安琪儿を思い出しながら、そう言った。それを聞いて安琪儿がくすりと笑った。
夏林果は刺繍絵をしばらくじっと見てから、安琪儿のほおにキスをした。
「この絵にはあなたらしさがあふれているから、とても感動するわ。人はみな、ひとりひとり違った才能や個性を持っているから、自分の与え方も、ひとりひとり異なっている。自分に一番合ったやり方で、自分を与えると、人を感動させる。これが愛の表現だし、本当の贈り物ではないでしょうか」
夏林果がそう言った。
「ありがとう、夏林果にそう言ってもらえると、嬉しいわ」
安琪儿がそう答えていた。
精緻に作られている刺繍絵は男の子たちの心も、とりこにしていた。
「すごいな、よくできている。『白鳥の湖』を踊っている夏林果の姿にそっくりだ」
毛超がそう言っていた。
「これを作るのに、どれくらいの時間がかかったのだ?」
唐飛が聞いていた。
「二か月あまりかかったわ」
安琪儿がそう答えていた。
「そうか。大変だったな。おまえは偉いよ」
張達がそう言った。それを聞いて安琪儿が首を横に振った。
「偉くなんかないわよ。わたしにできることをしただけだから」
安琪儿がそう答えていた。
「安琪儿の刺繍絵と言ったら、おれには忘れられない思い出があるよ。みんな覚えているか?」
毛超がそう言った。
「何だ。どんな思い出だ?」
唐飛が聞き返していた。
「おれたちのクラスにアメリカから来たニューピーという男の子がいたではないか。覚えているか?」
毛超が聞いていた。
「うん、いた。覚えている」
唐飛がそう答えていた。毛超がそのあと、あのころの思い出を話し始めた。
「ニューピーが馬小跳の誕生日のパーティーに招待されたとき、安琪儿が馬小跳に刺繡絵をプレゼントするのを見て、とてもうらやましそうな顔をしていた。それを見て馬小跳が安琪儿に、ニューピーにも刺繡絵をプレゼントするように言っていた。それを聞いて安琪儿は、にっこりうなずいて、そのあとすぐに制作に取りかかり、ニューピーの名前を絵の下に縫い込んだきれいな刺繍絵を作り上げた。ところがニューピーにプレゼントをあげる前に、刺繡絵がお母さんに見つかり、お母さんが怒って、学校に連絡して、そのために安琪儿は校長先生から呼び出されて注意された。勉強はしないで、男の子の気を引こうとするのは学生の本分に反しているというのが、注意された理由だった。安琪儿が気を引こうとしたのではなくて、ニューピーが安琪儿に心を寄せているのを馬小跳から聞いて、その気持ちに応えただけだったのに、校長先生からは認めてもらえなかった。安琪儿、そうだろう?」
毛超が聞いた。
「ええ、そうだわ。あのあと、お母さんから刺繍箱を取り上げられて、刺繍をすることができなくなった」
安琪儿がそう答えていた。
「中学や高校のときは、おまえは地元を離れて、貴州省の貴陽で勉強していたが、そのときは刺繍はしていたのか?」
唐飛が聞いていた。
「しなかったわ。わたしは勉強が遅れているのは自分でも分かっていたし、将来は、師範大学に行って教師になりたいと先生に言ったら、『だったら今は刺繍は棚上げにして学力をつけることに専念すべきだ』と忠言された。そのアドバイスに素直に従って勉強していた」
安琪儿がそう答えていた。
「そうか。それで、おまえは今のように変わったのか」
毛超がようやく安琪儿が、子どものころとは大きく変わったことに納得がいったような顔をしていた。
「安琪儿のプレゼントは心のこもった自作の刺繍絵。おれのプレゼントは、きれいなバラの花束。おまえらは何をプレゼントしたのか」
丁文涛が聞いた。
「まだ渡していない。これから渡す」
唐飛がそう答えていた。
唐飛はそれからまもなく持ってきた布バッグのなかから、きれいな紙で包装されて、その上に赤いリボンがかけられたおしゃれな箱を取り出した。
(何だろう?)
みんなそう思いながら、興味津々とした顔をしながら見ていた。
「なかに何が入っているか、想像できるか?」
唐飛が聞いていた。
「そうだなあ、靴ではないかなあ、バレエをするときに履くトゥシューズ?」
馬小跳がそう言った。
「いや、おれはバレエをするときに着る服ではないかと思う」
毛超はそう言った。
「いや、おれは人形ではないかと思う。バレエを踊っているかわいい人形」
張達はそう言った。
「わたしはタイツではないかと思う。バレエをするときに履くタイツ」
路曼曼はそう答えていた。
「おれはリボンではないかと思う。バレエをするときに髪につける髪飾り」
丁文涛は、しばらく考えてから、そう答えていた。
みんな、それぞれ答は違っていたが、どれもみんなバレエに関係のあるものばかりだった。夏林果は舞踊学院でバレエを学んでいるので、そういうものをプレゼントしたら喜んでもらえるのではないかと思っていたようだった。
みんなが想像するものを聞きながら、唐飛は、にやにやしていた。
「何が、そんなにおかしいのだ?」
馬小跳が不愉快そうにそう言った。
「そうだよ、もったいぶらないで、何が入っているのか、はやく言えよ」
張達がせかしていた。唐飛は、それでも何も答えないで、にやにや笑っているだけだった。
それからまもなく唐飛は、プレゼントが入った箱を夏林果に渡していた。
「ありがとう。開けてもいい?」
夏林果はプレゼントを受け取ると、唐飛に聞いていた。
「いいよ」
唐飛がそう答えていた。
夏林果が赤いリボンをほどいて包装紙を開け始めると、なかから香ばしい匂いがしてきた。ポップコーンだった。それを見て、みんなびっくりしていた。想像していたものとは、かけ離れたものだったからだ。それを見て、丁文涛が軽蔑したようなまなざしで
「ふん、やっぱりそうだったか。おれは最初、そうではないかと思っていたのだ。おまえはいつになっても子どもだなあ」
と言っていた。それを聞いて唐飛がむっとしたような顔をしながら
「ポップコーンで、どこが悪いのか。ポップコーンは、あのころ夏林果が大好きなお菓子だったから、誕生日のパーティーに呼ばれるたびに、おれはポップコーンを持ってきていた。ポップコーンは、おれにとって、あのころの懐かしい思い出がいっぱい詰まった大切なお菓子なのだ」
と言葉を返していた。
「夏林果、おまえはどうなのか。こんなものをもらって、嬉しいか」
丁文涛は夏林果に聞いていた。
「嬉しいわ。わたしは今でもポップコーンが大好きだから」
夏林果がそう答えていた。それを聞いて丁文涛は返す言葉が見つからないでいた。
「馬小跳、おまえは何を持ってきたのだ?」
毛超が馬小跳に聞いていた。
「おれも唐飛と同じように、子どものころの思い出がよみがえるようなものを持ってきた」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて丁文涛が
「分かった。ハミウリだろう」
と言った。馬小跳がうなずいた。それを見て路曼曼が
「ああ、思い出したわ。馬小跳はいつもハミウリを持ってきていた」
と言っていた。ハミウリというのは、メロンの一種で、新疆ウイグル自治区の特産品となっている果物だ。
「ハミウリも、わたしの大好物だから、とても嬉しいわ。久しく、食べていなかったから、よけい、嬉しい。馬小跳、ありがとう」
夏林果が、にこやかな顔で、そう答えていた。
馬小跳からハミウリが入った箱を受け取った夏林果は、箱にかけてある赤いリボンを解いて包装紙を開けようとしていた。それを見て馬小跳が
「ちょっと待って。今は開けないで」
と言って制止した。それを聞いて路曼曼が、けげんそうな顔をしながら
「どうして今、開けてはいけないのよ。子どものころは、すぐに開けて、みんなで食べていたじゃない?」
と言った。馬小跳はそれを聞いて、気が進まないような顔をしながら
「分かったよ。じゃ、開けていいよ」
と言っていた。
夏林果が箱を開けると、なかには大きなハミウリが入っていた。ハミウリの皮の上には、『誕生日おめでとう💛』と、書かれていた。それを見て毛超が
「おまえは子どものころも、『誕生日おめでとう』と書いたハミウリをプレゼントしていたことをよく覚えているよ。見慣れた文字だから、おれたちに見られたくない理由はないはずなのに、どうしてさっき夏林果に、今は開けないでと言ったのだ?」
と、馬小跳に聞いていた。
「……」
馬小跳は答えないで黙っていた。
「あっ、分かった。問題はここにあるのよ」
路曼曼が、そう言ってから、にやにや笑いながら、💛の部分を指さしていた。
「本来、ここにつけるマークは、『!』であるべきなのに、『💛』の形をつけたのは、この記号に託して、夏林果に対する思いを伝えているのよ」
路曼曼がそう言った。図星を指された馬小跳は照れくさそうに、顔を赤らめていた。
「そうか、それで、馬小跳は、おれたちに見られたくなかったのか」
毛超がそう答えていた。唐飛は、それを聞いて、うなずいてから、路曼曼に
「おまえはさすがに頭が切れて、細かいところによく気がつくな。証拠に基づいて推論するおまえは、将来優秀な弁護士になれる素質が十分にあるよ」
と言って、親指を立てながら、「very good」と言って、路曼曼をほめていた。
久しぶりに集まることができた小学校のときの同級生たちは、話に花が咲いて、和気あいあいとした楽しいひとときを過ごしていた。話のなかで、担任の秦先生のことも話題に出た。
「秦先生はもうすでにご退職なさっているそうだから、明日、久しぶりに、ご自宅へ会いに行ってみないか。みんな、どう?」
馬小跳が、みんなに提案していた。
「いいねえ、行ってみよう」
唐飛が真っ先にそう答えていた。唐飛につられるように、ほかのみんなも、うなずいていた。ただ、丁文涛だけは
「おれは行かない」
と言った。それを聞いて、馬小跳がけげんそうな顔をしながら
「どうして行かないのか?」
と聞いていた。
「行く時間がない」
と、丁文涛は、すげない返事をした。
「何か予定でもあるのか?」
馬小跳が聞いたら、丁文涛は
「特に予定はないけど、来年の春、大学院の試験を受けることにしているから、その準備があるから」
と答えていた。
それを聞いて、馬小跳が
「おまえは子どものころ、おれたちとは違って、とても優秀で、秦先生のお気に入りの学生だったではないか。おまえの顔を見たら、秦先生がとても喜ぶぞ。試験までまだ時間があるから一日ぐらい、いいじゃないか。明日、おれたちといっしょに秦先生のうちへ行こうよ」
と誘った。しかし丁文涛は首を縦に振らなかった。
ここまで見てから、ぼくはミー先生の傘を閉じた。丁文涛のかたくなな態度を見て、心が重くなって、これ以上、夏林果の誕生日のパーティーの場面を見たくなかったからだ。丁文涛はなんて面白みのない人だろうと、ぼくは思った。ほかのみんなが、楽しくわいわい騒ぎながら、盛り上がっているのに、一人だけ、話の輪にほとんど加わらないで、ぶすっとした態度で部屋の後ろから静観していた。とても大人びて見えて、馬小跳たちと同級生だとは思えないほどだった。
ぼくは引き続き、馬小跳の部屋の窓台の上に座って、傘紙に映った夏林果の誕生日パーティーの続きを見ていた。
お昼近くになって、ようやく安琪儿が夏林果のうちへやってきた。
「ごめんなさい、遅れちゃって。今朝、学校から直接来たものだから」
安琪儿が開口一番、遅れたわけを話していた。
「そうか、おまえが通っている大学は、貴州省にあるから、家へ帰るのは大変だろうなあ」
張達がそう言った。
「少なくとも三時間はかかるのではないのか?」
馬小跳が安琪儿に聞いていた。
安琪儿は答えなかった。来てからずっと、安琪儿は馬小跳と視線をほとんど合わせなかった。完全に無視しているように見えた。子どものころは、そうではなかった。いつも馬小跳につきまとっていて、宿題の分からないところはすぐに聞きに来ていた。学校での授業中はいつもぼんやりしていて理解力が悪く、知能指数が低い子どもだった。しかし今は、あのころとは見違えるほどになっていて、独特の風格があった。清純なハスの花のような品格が漂っているように見えた。若い女性は成長するにつれて、姿かたちや性格が様々に変化するというが、安琪儿を見ていると、まさにそんな感じに見えた。あまりの変わりように、馬小跳たちは、びっくりしていた。
「おまえ、本当に安琪儿か?」
毛超がおかしなことを聞いた。それを聞いて路曼曼が
「ふん、何を言っているのよ。馬鹿なことを聞くものではないわ」
と言って、毛超を戒めていた。
安琪儿はそれからまもなく、持ってきた大きな紙袋のなかから、平べったい箱を取り出した。
「このなかにわたしからの誕生日のプレゼントが入っているわ」
と、明るい声で安琪儿が言った。
「ありがとう。何かしら?」
夏林果は嬉しそうな顔をしながら、安琪儿のプレゼントを受け取っていた。
「早く開けてみろよ」
馬小跳がそう言った。ほかの男の子たちも箱のなかに何が入っているのか気になって仕方がないようだった。
夏林果は箱の上に十字にかけられている赤いリボンと、青い水玉模様の包装紙を丁寧に解いてから、期待感に胸をわくわくさせながら、箱をそっと開けていた。箱のなかには、バレエを踊っているバレリーナの姿が刺繍された絵が入っていた。それを見て夏林果が
「わあ、素敵」
と、思わず歓喜の声をあげていた。
「気に入ってくれて嬉しいわ」
と、安琪儿が弾んだ声でそう答えていた。
「もしかしたら、これはおまえが作った刺繡絵で、踊っているバレリーナは夏林果か?」
唐飛が聞いていた。安琪儿がにっこりうなずいた。
「おまえは勉強は苦手だったが、手芸は得意だったからな」
唐飛が子どものころの安琪儿を思い出しながら、そう言った。それを聞いて安琪儿がくすりと笑った。
夏林果は刺繍絵をしばらくじっと見てから、安琪儿のほおにキスをした。
「この絵にはあなたらしさがあふれているから、とても感動するわ。人はみな、ひとりひとり違った才能や個性を持っているから、自分の与え方も、ひとりひとり異なっている。自分に一番合ったやり方で、自分を与えると、人を感動させる。これが愛の表現だし、本当の贈り物ではないでしょうか」
夏林果がそう言った。
「ありがとう、夏林果にそう言ってもらえると、嬉しいわ」
安琪儿がそう答えていた。
精緻に作られている刺繍絵は男の子たちの心も、とりこにしていた。
「すごいな、よくできている。『白鳥の湖』を踊っている夏林果の姿にそっくりだ」
毛超がそう言っていた。
「これを作るのに、どれくらいの時間がかかったのだ?」
唐飛が聞いていた。
「二か月あまりかかったわ」
安琪儿がそう答えていた。
「そうか。大変だったな。おまえは偉いよ」
張達がそう言った。それを聞いて安琪儿が首を横に振った。
「偉くなんかないわよ。わたしにできることをしただけだから」
安琪儿がそう答えていた。
「安琪儿の刺繍絵と言ったら、おれには忘れられない思い出があるよ。みんな覚えているか?」
毛超がそう言った。
「何だ。どんな思い出だ?」
唐飛が聞き返していた。
「おれたちのクラスにアメリカから来たニューピーという男の子がいたではないか。覚えているか?」
毛超が聞いていた。
「うん、いた。覚えている」
唐飛がそう答えていた。毛超がそのあと、あのころの思い出を話し始めた。
「ニューピーが馬小跳の誕生日のパーティーに招待されたとき、安琪儿が馬小跳に刺繡絵をプレゼントするのを見て、とてもうらやましそうな顔をしていた。それを見て馬小跳が安琪儿に、ニューピーにも刺繡絵をプレゼントするように言っていた。それを聞いて安琪儿は、にっこりうなずいて、そのあとすぐに制作に取りかかり、ニューピーの名前を絵の下に縫い込んだきれいな刺繍絵を作り上げた。ところがニューピーにプレゼントをあげる前に、刺繡絵がお母さんに見つかり、お母さんが怒って、学校に連絡して、そのために安琪儿は校長先生から呼び出されて注意された。勉強はしないで、男の子の気を引こうとするのは学生の本分に反しているというのが、注意された理由だった。安琪儿が気を引こうとしたのではなくて、ニューピーが安琪儿に心を寄せているのを馬小跳から聞いて、その気持ちに応えただけだったのに、校長先生からは認めてもらえなかった。安琪儿、そうだろう?」
毛超が聞いた。
「ええ、そうだわ。あのあと、お母さんから刺繍箱を取り上げられて、刺繍をすることができなくなった」
安琪儿がそう答えていた。
「中学や高校のときは、おまえは地元を離れて、貴州省の貴陽で勉強していたが、そのときは刺繍はしていたのか?」
唐飛が聞いていた。
「しなかったわ。わたしは勉強が遅れているのは自分でも分かっていたし、将来は、師範大学に行って教師になりたいと先生に言ったら、『だったら今は刺繍は棚上げにして学力をつけることに専念すべきだ』と忠言された。そのアドバイスに素直に従って勉強していた」
安琪儿がそう答えていた。
「そうか。それで、おまえは今のように変わったのか」
毛超がようやく安琪儿が、子どものころとは大きく変わったことに納得がいったような顔をしていた。
「安琪儿のプレゼントは心のこもった自作の刺繍絵。おれのプレゼントは、きれいなバラの花束。おまえらは何をプレゼントしたのか」
丁文涛が聞いた。
「まだ渡していない。これから渡す」
唐飛がそう答えていた。
唐飛はそれからまもなく持ってきた布バッグのなかから、きれいな紙で包装されて、その上に赤いリボンがかけられたおしゃれな箱を取り出した。
(何だろう?)
みんなそう思いながら、興味津々とした顔をしながら見ていた。
「なかに何が入っているか、想像できるか?」
唐飛が聞いていた。
「そうだなあ、靴ではないかなあ、バレエをするときに履くトゥシューズ?」
馬小跳がそう言った。
「いや、おれはバレエをするときに着る服ではないかと思う」
毛超はそう言った。
「いや、おれは人形ではないかと思う。バレエを踊っているかわいい人形」
張達はそう言った。
「わたしはタイツではないかと思う。バレエをするときに履くタイツ」
路曼曼はそう答えていた。
「おれはリボンではないかと思う。バレエをするときに髪につける髪飾り」
丁文涛は、しばらく考えてから、そう答えていた。
みんな、それぞれ答は違っていたが、どれもみんなバレエに関係のあるものばかりだった。夏林果は舞踊学院でバレエを学んでいるので、そういうものをプレゼントしたら喜んでもらえるのではないかと思っていたようだった。
みんなが想像するものを聞きながら、唐飛は、にやにやしていた。
「何が、そんなにおかしいのだ?」
馬小跳が不愉快そうにそう言った。
「そうだよ、もったいぶらないで、何が入っているのか、はやく言えよ」
張達がせかしていた。唐飛は、それでも何も答えないで、にやにや笑っているだけだった。
それからまもなく唐飛は、プレゼントが入った箱を夏林果に渡していた。
「ありがとう。開けてもいい?」
夏林果はプレゼントを受け取ると、唐飛に聞いていた。
「いいよ」
唐飛がそう答えていた。
夏林果が赤いリボンをほどいて包装紙を開け始めると、なかから香ばしい匂いがしてきた。ポップコーンだった。それを見て、みんなびっくりしていた。想像していたものとは、かけ離れたものだったからだ。それを見て、丁文涛が軽蔑したようなまなざしで
「ふん、やっぱりそうだったか。おれは最初、そうではないかと思っていたのだ。おまえはいつになっても子どもだなあ」
と言っていた。それを聞いて唐飛がむっとしたような顔をしながら
「ポップコーンで、どこが悪いのか。ポップコーンは、あのころ夏林果が大好きなお菓子だったから、誕生日のパーティーに呼ばれるたびに、おれはポップコーンを持ってきていた。ポップコーンは、おれにとって、あのころの懐かしい思い出がいっぱい詰まった大切なお菓子なのだ」
と言葉を返していた。
「夏林果、おまえはどうなのか。こんなものをもらって、嬉しいか」
丁文涛は夏林果に聞いていた。
「嬉しいわ。わたしは今でもポップコーンが大好きだから」
夏林果がそう答えていた。それを聞いて丁文涛は返す言葉が見つからないでいた。
「馬小跳、おまえは何を持ってきたのだ?」
毛超が馬小跳に聞いていた。
「おれも唐飛と同じように、子どものころの思い出がよみがえるようなものを持ってきた」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて丁文涛が
「分かった。ハミウリだろう」
と言った。馬小跳がうなずいた。それを見て路曼曼が
「ああ、思い出したわ。馬小跳はいつもハミウリを持ってきていた」
と言っていた。ハミウリというのは、メロンの一種で、新疆ウイグル自治区の特産品となっている果物だ。
「ハミウリも、わたしの大好物だから、とても嬉しいわ。久しく、食べていなかったから、よけい、嬉しい。馬小跳、ありがとう」
夏林果が、にこやかな顔で、そう答えていた。
馬小跳からハミウリが入った箱を受け取った夏林果は、箱にかけてある赤いリボンを解いて包装紙を開けようとしていた。それを見て馬小跳が
「ちょっと待って。今は開けないで」
と言って制止した。それを聞いて路曼曼が、けげんそうな顔をしながら
「どうして今、開けてはいけないのよ。子どものころは、すぐに開けて、みんなで食べていたじゃない?」
と言った。馬小跳はそれを聞いて、気が進まないような顔をしながら
「分かったよ。じゃ、開けていいよ」
と言っていた。
夏林果が箱を開けると、なかには大きなハミウリが入っていた。ハミウリの皮の上には、『誕生日おめでとう💛』と、書かれていた。それを見て毛超が
「おまえは子どものころも、『誕生日おめでとう』と書いたハミウリをプレゼントしていたことをよく覚えているよ。見慣れた文字だから、おれたちに見られたくない理由はないはずなのに、どうしてさっき夏林果に、今は開けないでと言ったのだ?」
と、馬小跳に聞いていた。
「……」
馬小跳は答えないで黙っていた。
「あっ、分かった。問題はここにあるのよ」
路曼曼が、そう言ってから、にやにや笑いながら、💛の部分を指さしていた。
「本来、ここにつけるマークは、『!』であるべきなのに、『💛』の形をつけたのは、この記号に託して、夏林果に対する思いを伝えているのよ」
路曼曼がそう言った。図星を指された馬小跳は照れくさそうに、顔を赤らめていた。
「そうか、それで、馬小跳は、おれたちに見られたくなかったのか」
毛超がそう答えていた。唐飛は、それを聞いて、うなずいてから、路曼曼に
「おまえはさすがに頭が切れて、細かいところによく気がつくな。証拠に基づいて推論するおまえは、将来優秀な弁護士になれる素質が十分にあるよ」
と言って、親指を立てながら、「very good」と言って、路曼曼をほめていた。
久しぶりに集まることができた小学校のときの同級生たちは、話に花が咲いて、和気あいあいとした楽しいひとときを過ごしていた。話のなかで、担任の秦先生のことも話題に出た。
「秦先生はもうすでにご退職なさっているそうだから、明日、久しぶりに、ご自宅へ会いに行ってみないか。みんな、どう?」
馬小跳が、みんなに提案していた。
「いいねえ、行ってみよう」
唐飛が真っ先にそう答えていた。唐飛につられるように、ほかのみんなも、うなずいていた。ただ、丁文涛だけは
「おれは行かない」
と言った。それを聞いて、馬小跳がけげんそうな顔をしながら
「どうして行かないのか?」
と聞いていた。
「行く時間がない」
と、丁文涛は、すげない返事をした。
「何か予定でもあるのか?」
馬小跳が聞いたら、丁文涛は
「特に予定はないけど、来年の春、大学院の試験を受けることにしているから、その準備があるから」
と答えていた。
それを聞いて、馬小跳が
「おまえは子どものころ、おれたちとは違って、とても優秀で、秦先生のお気に入りの学生だったではないか。おまえの顔を見たら、秦先生がとても喜ぶぞ。試験までまだ時間があるから一日ぐらい、いいじゃないか。明日、おれたちといっしょに秦先生のうちへ行こうよ」
と誘った。しかし丁文涛は首を縦に振らなかった。
ここまで見てから、ぼくはミー先生の傘を閉じた。丁文涛のかたくなな態度を見て、心が重くなって、これ以上、夏林果の誕生日のパーティーの場面を見たくなかったからだ。丁文涛はなんて面白みのない人だろうと、ぼくは思った。ほかのみんなが、楽しくわいわい騒ぎながら、盛り上がっているのに、一人だけ、話の輪にほとんど加わらないで、ぶすっとした態度で部屋の後ろから静観していた。とても大人びて見えて、馬小跳たちと同級生だとは思えないほどだった。