私の愛すべき人~その別れに、愛を添えて~
第九章
「そっか、王子と一ノ瀬がね……」
ローテーブルを挟んで、菜穂が神妙な面持ちのまま、どこか遠い目をして呟いた。
目の前のテーブルには、役目を終えた小さな鏡餅や、友人たちからの年賀状、そして昨夜のものであろうお酒の空き缶が、少しだらしなく置かれている。
涼介が私の部屋に現れ、一ノ瀬と鉢合わせになったあの嵐のような夜。その一部始終を、菜穂に打ち明けたのだ。
年末年始の休みはその嵐が残した爪痕の中で、ただひたすらに考え続けていた。目を閉じれば涼介の苦しそうな顔と、一ノ瀬のあの最後の無表情が交互に浮かんだ。
「王子も王子で、大変だったってわけか。で、凛はどうすんの? プロポーズ、受けんの?」
心を見透かすように、菜穂が真っ直ぐな瞳を向ける。私はマグカップの中で揺れるコーヒーの渦に視線を落としたまま、静かに頷いた。
「……その、つもり」
私はプロポーズを受けた三日後に、涼介に連絡を入れた。
もう、迷っている暇はなかった。何より彼を安心させてあげたかったのだ。
電話口で「ついて行く」と告げたとき一瞬の沈黙の後、彼の心の底から安堵したような、深い息遣いが聞こえてきた。
その音を聞いて、ああ、これでよかったんだと、私もまた安堵したのを覚えている。
「そっか。じゃあ仕事、辞めちゃうんだね。寂しくなるな」
ぽつりと、零れ落ちた菜穂の本音。そのあまりにも寂し気な響きに思わず顔を上げると、菜穂の瞳が潤んでいることに気づく。