悪女は穏やかに眠りたい ~『天使の寝顔』は追放先で溺愛される~
悪女は眠りたい
 その日、玉座の間は熱気と無数の視線に満ちていた。その中心で、私は静かに立っている。

「アメリア・フォン・グロースター。貴様との婚約を、ここに破棄する!」

 耳をつんざくような甲高い声が、正面から私に叩きつけられた。声の主は、私のかつての婚約者__クリストフ・アダルバート・アウグスト。このアウグスト王国の第1王子だ。

 クリストフ様の顔は怒りで真っ赤に染まり、青い瞳は憎悪に燃えている。
 その隣には純白のドレスを纏ったこの国の聖女__セシリア嬢が、怯えた子羊のように寄り添っていた。彼女の白い肌と潤んだ瞳はあまりに可憐で、それこそ『天使』と呼ぶにふさわしい。

「理由を教えていただけますか、クリストフ殿下」

 感情を乗せない平坦な声が私から出た。徹夜明けでほとんど機能していない頭を無理やり動かし、目の前の事象に対応する。

「とぼけるな!貴様の数々の悪行は、もはや見過ごすことはできない!セシリアへの陰湿な嫌がらせ、国家機密の流出、そして…賄賂の強要!これ以上、お前のような卑劣極まりない悪女を王国の未来の王妃として傍におくことなどできん!」

 クリストフ様の声が玉座の間に響き渡るたび、周囲の貴族たちがざわめき、私を見る視線には軽蔑と嘲りが含まれていた。誰もが「やはり悪女だったか」と頷き合っている。

(ああ、馬鹿げている。本当に馬鹿げている)

 私は口元だけで、ごくわずかに微笑んだ。きっと浮かんでいるのは嘲笑とも諦めともつかない、冷え切った笑みだろう。

(…陰湿な嫌がらせ?私が裏で処理していた例の売国奴の貴族への牽制のことかしら?国家機密の流出?まさか。あれは敵国に誤情報を流し、和平交渉を有利に進めるための国を挙げた作戦でしょう?賄賂?商人を装った密偵への情報料のことを言っているのかしら)

 どれも、まともに公務に当たっていれば勘違いのしようがないもの。しかし、この男にはそれすらも理解していないようだった。
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