【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。
身の程知らずな女たち-1
奥様宛に手紙を持ってきた人物がいると聞いてホールにやって来たウルスラは、従弟様からお預かりしましたと、愛想く手紙を差し出したカフェの店主から『ロイド・シュミット』の名を聞くと、ひったくるように手紙を手にし、この事は誰にも言わない様にと小声で言って店主に銀貨を握らせた。
アルハイト国とジラード国の国境には、両国に跨る大規模な炭鉱があり、両国ともにその周辺は炭鉱の町として賑わっている。ウルスラとヨアンナは、母娘でジラード国側の炭鉱町にある酒場で働いていたのだ。国境の町であり盛んに行き来のある場所なので、アルハイト語とジラード語を話す事が出来る二人は、『スーラとアン』と名乗っていて、街でも評判の母娘としてかなりの売れっ子だった。多額のチップや客から貢がせた金で十分楽に暮らしていた。
その炭鉱の一角には労役場となっている場所があり、罪人や貴族籍を剥奪された訳ありの元貴族たちがそこへ送られ、罰金や賠償金を支払うまで働かされるのだ。
ある日、そこへ罪人の護送を終えた騎士が二人、ウルスラとヨアンナのいる酒場に食事の為に立ち寄った。その時、ローブを纏い片眼鏡を付けた騎士が、偶然ウルスラとヨアンナに目を止めたのだ。その騎士は害のある魔法や呪いを取り締まる資格を持った騎士で、ウルスラとヨアンナが微量ながら魅了魔法を帯びている事を見抜いたのだ。本人たちも気付いている様子はない。しかし、人への影響はごくわずかだとしても、魅了魔法は侮れないのだ。気付いたからには封印しておかなければならない。
騎士たちに店の裏に呼び出された二人は、よくある誘いだと思って化粧を直して店の裏へやって来た。そこでローブを纏った片眼鏡の騎士から二人が有害な魔法を帯びているのだと伝えられた。有害ではあるが、ごく微量である事と現状ではそれを知った上で悪用しているわけではないため、魔法封じの小さな足輪を付ける事で、罪人として投獄される事は無く今まで通り普通に暮らせると言われ、驚きながらも投獄されるなんてごめんだと、素直に従う事にしたのだ。
ところが、闇に紛れて物陰から顔を隠した男四人が姿を現したかと思ったら、後ろから騎士たちに襲い掛かり、頭を殴って昏倒させてしまったのだ。男の一人は、ローブの騎士から足輪を二つとも奪うと、一つをその騎士の靴を脱がせてウルスラに渡して着けさせた。騎士の足に付けられた足輪がするりと形を変え、足首にピタリと嵌ったのを確認すると、元の通りに靴を履かせた。
あまりの事に抱き合ってへたり込んでいたウルスラとヨアンナに、覆面を取った男が手を差し伸べて言った。
「俺の名はロイドだ。お前たちが持っているのは貴重な魅了魔法だとこの二人がひそひそ話しているのを聞いたんだ。魅了魔法を封じるなんてもったいない! その力を使えば金も地位も思いのままだ。どうだ、俺たちと組まないか?」
抱き合ったまま座り込み、昏倒した騎士を見つめる二人に、不敵に笑ったロイドが告げた。
「まあ、こうなっちゃ協力するしかないんだがな。俺の言う通りにすれば、悪い様にはしないさ」
先ずは自分たちの力を自覚する事からだなと、目を覚ました騎士二人の目を見つめながら泣き縋って篭絡して見ろと言った。しっかり目を見つめる事が肝心だという。そして、同情を引くのが一番手っ取り早いのだと教えられた。
「ローブを纏った片眼鏡の騎士は、魔法取り締まりの騎士で魔力持ちだ。だが魔力を封じる足輪を付けたからもう魔力や魔法を見つけることは出来ないし、魅了魔法の耐性も無くなってる。安心してやってみろ」
ロイドと男三人は物陰に隠れ、ウルスラとヨアンナに、男たちに襲われた騎士二人を心配して介抱するふりをするように指示をした。昏倒から覚めた騎士二人に、ウルスラとヨアンナは、気づいて良かったと言い、怖かったと涙を浮かべてその胸に泣き縋った。昏倒から覚めたばかりの混乱した状態で魅了魔法をかけられた二人は、目じりを下げ、とろんとした目でウルスラとヨアンナを見つめて怪我はないかと優しく労わってくれた。そうして手を握った騎士たちの目をしっかり見つめ、仕事があるからまた後でねと言ってその場を後にした。
二人が正気に戻るのは時間の問題だ。ローブを纏った騎士が足輪を付けられている事に気付く前に、急いでここを離れるぞとロイドに言われて出来るだけ遠くへ皆で走った。辿り着いた街はずれの角から辻馬車を何度も乗り継ぎ、国境を守る騎士たちには、アルハイト国の父が危篤なのだと泣いて縋れば通してくれた。そしてその夜のうちに国境を越えたのだ。
ウルスラとヨアンナは笑いが止まらなかった。自分たちが泣いて目を見て訴えれば皆が自分たちの言いなりになるのだ。ロイドの言う通り、この力を封じるなんてもったいない。あの時素直に足輪を付けようとしていた自分の頬を張りたい気分だ。ロイドが居合わせてくれて本当に良かった。
それからのウルスラとヨアンナの生活は一変した。ロイドが目を付けた金持ちの男を篭絡しては金を貢がせ、綺麗な服を着て、おいしいものを食べ、何でも好きな物が買える生活は夢の様だった。
そんな生活が続く中、妻を失くして落ち込んでいるシュミットという大金持ちの老人に目を付けたロイドから、貢がせるだけではなく後妻になれと言われたのだ。正直、老人の相手は気が進まなかったが、老人の持つ資産の額を聞いて俄然やる気が湧いた。ロイドの取り分が殆どだったが、分け前の金額だけでも数年は贅沢を尽くして遊んで暮らせる。難なくシュミット夫人に納まったウルスラが、言葉巧みにヨアンナとロイドを養子縁組させた途端、シュミット老人は莫大な財産を残してこの世を去ってしまった。
暫く贅沢三昧で遊んで暮らせる金を得たロイドは、当分は解散だなと言いながらウルスラとヨアンナ、そして仲間の男三人に気前よく色を付けた分け前を渡した。そしてウルスラとヨアンナには、ジラード国の魔法取り締まりの騎士から奪った魔法封じの足輪を渡して言った。
「もしも以前のように魅了魔法を封じられそうになったらそいつにこの足輪を付けてやれ。そうすればまたお前たちの思いのままだ」
それが二年前の事だった。贅沢をして毎日面白おかしく暮らしていたウルスラとヨアンナは、とある地方の領都で偶然見かけた貴族夫人の姿に衝撃を受けた。侍女や護衛に傅かれ、身に纏うもの全てが自分たちの持つ物とは数段格が違う。髪や肌、指の先まで磨き抜かれたその姿は、二人の目にはまるで美術品のように映ったのだ。
自分たちの力を使えば、あの貴族夫人の様にだってなれるはずだ。
そう思ったウルスラとヨアンナは、アルハイト国の王都に繰り出し、ジラード国の貴族の遠縁だと触れ込んで、貴族御用達の店で衣装や宝石を買い揃え、貴族の集う公園や貴族街などで言葉が分からなくて困ったふりをして助けを求める作戦に出た。
しかしその計画は上手く行かず、護衛も連れずに身なりの良い外国の女性が二人だけで歩いていると不審がられて警ら隊に通報されて保護されてしまったのだ。
そこで、王都では無理だと策を練り直し、旅行中に野盗に襲われて護衛が応戦しているうちに逃げて来たという作戦が見事成功し、とうとう捕まえたのがファンベルス伯爵だった。しかも、今までよりも強力な手ごたえがあるばかりか、ウルスラは鏡を見る度に自分が若返っているような感覚があり、ヨアンナも肌や髪に今までなかった艶が出てきたのがはっきりとわかった。
二人は互いの顔を見合わせ、力が強まったのだと喜び合っていた。
滞在していた宿場町では、ファンベルス伯爵の庇護下にある事が周知されたせいか、どこに行っても下にも置かぬ扱いを受けるのだ。そして王都に戻る前日、とうとう伯爵からプロポーズを受けたウルスラは有頂天になった。これで自分は王都に住む伯爵夫人だ。いつか見た田舎の貴族夫人など遥かに超えた存在になったのだ。
王都に戻ってウエディングドレスに見立てた白いドレスと宝石と指輪を買ってもらって婚姻届けを出し、タウンハウスに戻った時は馬車から抱き上げられてお城のような邸に入るなど、まるでおとぎ話の主人公になった気分だった。
出迎えの先頭に立っていたのは、以前見た貴族夫人以上の美術品みたいな令嬢だった。しかし、伯爵は実の娘であるその令嬢を無視して、自分たちを優先したのだ。
その様子を見たウルスラとヨアンナは胸がすく想いだった。あの娘の傷ついた顔を見た時の優越感は堪らなかった。
しかし、この家の使用人たちが自分たちに向ける不審者を見るような視線は許せない。伯爵夫人と伯爵令嬢になった自分たちに逆らうものなどこの家には要らない。
女主人として躾が必要だ。逆らう者やあの娘を庇うものを追い出して、自分たちの言う事を聞く使用人に入れ替えた。彼らに言う事を聞かせるのは簡単だ、この家の令嬢が後妻と養女である自分たちをいじめるのだと泣けば良い。これで全て自分たちの思い通りだ。
アルハイト国とジラード国の国境には、両国に跨る大規模な炭鉱があり、両国ともにその周辺は炭鉱の町として賑わっている。ウルスラとヨアンナは、母娘でジラード国側の炭鉱町にある酒場で働いていたのだ。国境の町であり盛んに行き来のある場所なので、アルハイト語とジラード語を話す事が出来る二人は、『スーラとアン』と名乗っていて、街でも評判の母娘としてかなりの売れっ子だった。多額のチップや客から貢がせた金で十分楽に暮らしていた。
その炭鉱の一角には労役場となっている場所があり、罪人や貴族籍を剥奪された訳ありの元貴族たちがそこへ送られ、罰金や賠償金を支払うまで働かされるのだ。
ある日、そこへ罪人の護送を終えた騎士が二人、ウルスラとヨアンナのいる酒場に食事の為に立ち寄った。その時、ローブを纏い片眼鏡を付けた騎士が、偶然ウルスラとヨアンナに目を止めたのだ。その騎士は害のある魔法や呪いを取り締まる資格を持った騎士で、ウルスラとヨアンナが微量ながら魅了魔法を帯びている事を見抜いたのだ。本人たちも気付いている様子はない。しかし、人への影響はごくわずかだとしても、魅了魔法は侮れないのだ。気付いたからには封印しておかなければならない。
騎士たちに店の裏に呼び出された二人は、よくある誘いだと思って化粧を直して店の裏へやって来た。そこでローブを纏った片眼鏡の騎士から二人が有害な魔法を帯びているのだと伝えられた。有害ではあるが、ごく微量である事と現状ではそれを知った上で悪用しているわけではないため、魔法封じの小さな足輪を付ける事で、罪人として投獄される事は無く今まで通り普通に暮らせると言われ、驚きながらも投獄されるなんてごめんだと、素直に従う事にしたのだ。
ところが、闇に紛れて物陰から顔を隠した男四人が姿を現したかと思ったら、後ろから騎士たちに襲い掛かり、頭を殴って昏倒させてしまったのだ。男の一人は、ローブの騎士から足輪を二つとも奪うと、一つをその騎士の靴を脱がせてウルスラに渡して着けさせた。騎士の足に付けられた足輪がするりと形を変え、足首にピタリと嵌ったのを確認すると、元の通りに靴を履かせた。
あまりの事に抱き合ってへたり込んでいたウルスラとヨアンナに、覆面を取った男が手を差し伸べて言った。
「俺の名はロイドだ。お前たちが持っているのは貴重な魅了魔法だとこの二人がひそひそ話しているのを聞いたんだ。魅了魔法を封じるなんてもったいない! その力を使えば金も地位も思いのままだ。どうだ、俺たちと組まないか?」
抱き合ったまま座り込み、昏倒した騎士を見つめる二人に、不敵に笑ったロイドが告げた。
「まあ、こうなっちゃ協力するしかないんだがな。俺の言う通りにすれば、悪い様にはしないさ」
先ずは自分たちの力を自覚する事からだなと、目を覚ました騎士二人の目を見つめながら泣き縋って篭絡して見ろと言った。しっかり目を見つめる事が肝心だという。そして、同情を引くのが一番手っ取り早いのだと教えられた。
「ローブを纏った片眼鏡の騎士は、魔法取り締まりの騎士で魔力持ちだ。だが魔力を封じる足輪を付けたからもう魔力や魔法を見つけることは出来ないし、魅了魔法の耐性も無くなってる。安心してやってみろ」
ロイドと男三人は物陰に隠れ、ウルスラとヨアンナに、男たちに襲われた騎士二人を心配して介抱するふりをするように指示をした。昏倒から覚めた騎士二人に、ウルスラとヨアンナは、気づいて良かったと言い、怖かったと涙を浮かべてその胸に泣き縋った。昏倒から覚めたばかりの混乱した状態で魅了魔法をかけられた二人は、目じりを下げ、とろんとした目でウルスラとヨアンナを見つめて怪我はないかと優しく労わってくれた。そうして手を握った騎士たちの目をしっかり見つめ、仕事があるからまた後でねと言ってその場を後にした。
二人が正気に戻るのは時間の問題だ。ローブを纏った騎士が足輪を付けられている事に気付く前に、急いでここを離れるぞとロイドに言われて出来るだけ遠くへ皆で走った。辿り着いた街はずれの角から辻馬車を何度も乗り継ぎ、国境を守る騎士たちには、アルハイト国の父が危篤なのだと泣いて縋れば通してくれた。そしてその夜のうちに国境を越えたのだ。
ウルスラとヨアンナは笑いが止まらなかった。自分たちが泣いて目を見て訴えれば皆が自分たちの言いなりになるのだ。ロイドの言う通り、この力を封じるなんてもったいない。あの時素直に足輪を付けようとしていた自分の頬を張りたい気分だ。ロイドが居合わせてくれて本当に良かった。
それからのウルスラとヨアンナの生活は一変した。ロイドが目を付けた金持ちの男を篭絡しては金を貢がせ、綺麗な服を着て、おいしいものを食べ、何でも好きな物が買える生活は夢の様だった。
そんな生活が続く中、妻を失くして落ち込んでいるシュミットという大金持ちの老人に目を付けたロイドから、貢がせるだけではなく後妻になれと言われたのだ。正直、老人の相手は気が進まなかったが、老人の持つ資産の額を聞いて俄然やる気が湧いた。ロイドの取り分が殆どだったが、分け前の金額だけでも数年は贅沢を尽くして遊んで暮らせる。難なくシュミット夫人に納まったウルスラが、言葉巧みにヨアンナとロイドを養子縁組させた途端、シュミット老人は莫大な財産を残してこの世を去ってしまった。
暫く贅沢三昧で遊んで暮らせる金を得たロイドは、当分は解散だなと言いながらウルスラとヨアンナ、そして仲間の男三人に気前よく色を付けた分け前を渡した。そしてウルスラとヨアンナには、ジラード国の魔法取り締まりの騎士から奪った魔法封じの足輪を渡して言った。
「もしも以前のように魅了魔法を封じられそうになったらそいつにこの足輪を付けてやれ。そうすればまたお前たちの思いのままだ」
それが二年前の事だった。贅沢をして毎日面白おかしく暮らしていたウルスラとヨアンナは、とある地方の領都で偶然見かけた貴族夫人の姿に衝撃を受けた。侍女や護衛に傅かれ、身に纏うもの全てが自分たちの持つ物とは数段格が違う。髪や肌、指の先まで磨き抜かれたその姿は、二人の目にはまるで美術品のように映ったのだ。
自分たちの力を使えば、あの貴族夫人の様にだってなれるはずだ。
そう思ったウルスラとヨアンナは、アルハイト国の王都に繰り出し、ジラード国の貴族の遠縁だと触れ込んで、貴族御用達の店で衣装や宝石を買い揃え、貴族の集う公園や貴族街などで言葉が分からなくて困ったふりをして助けを求める作戦に出た。
しかしその計画は上手く行かず、護衛も連れずに身なりの良い外国の女性が二人だけで歩いていると不審がられて警ら隊に通報されて保護されてしまったのだ。
そこで、王都では無理だと策を練り直し、旅行中に野盗に襲われて護衛が応戦しているうちに逃げて来たという作戦が見事成功し、とうとう捕まえたのがファンベルス伯爵だった。しかも、今までよりも強力な手ごたえがあるばかりか、ウルスラは鏡を見る度に自分が若返っているような感覚があり、ヨアンナも肌や髪に今までなかった艶が出てきたのがはっきりとわかった。
二人は互いの顔を見合わせ、力が強まったのだと喜び合っていた。
滞在していた宿場町では、ファンベルス伯爵の庇護下にある事が周知されたせいか、どこに行っても下にも置かぬ扱いを受けるのだ。そして王都に戻る前日、とうとう伯爵からプロポーズを受けたウルスラは有頂天になった。これで自分は王都に住む伯爵夫人だ。いつか見た田舎の貴族夫人など遥かに超えた存在になったのだ。
王都に戻ってウエディングドレスに見立てた白いドレスと宝石と指輪を買ってもらって婚姻届けを出し、タウンハウスに戻った時は馬車から抱き上げられてお城のような邸に入るなど、まるでおとぎ話の主人公になった気分だった。
出迎えの先頭に立っていたのは、以前見た貴族夫人以上の美術品みたいな令嬢だった。しかし、伯爵は実の娘であるその令嬢を無視して、自分たちを優先したのだ。
その様子を見たウルスラとヨアンナは胸がすく想いだった。あの娘の傷ついた顔を見た時の優越感は堪らなかった。
しかし、この家の使用人たちが自分たちに向ける不審者を見るような視線は許せない。伯爵夫人と伯爵令嬢になった自分たちに逆らうものなどこの家には要らない。
女主人として躾が必要だ。逆らう者やあの娘を庇うものを追い出して、自分たちの言う事を聞く使用人に入れ替えた。彼らに言う事を聞かせるのは簡単だ、この家の令嬢が後妻と養女である自分たちをいじめるのだと泣けば良い。これで全て自分たちの思い通りだ。