【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。

身の程知らずな女たち-2

二人はファンベルス伯爵邸にやってきて以来、まるでお城のような邸宅に住んで旦那様と毎日買い物に出かけ、ねだった物はドレスや宝石、素敵な家具まで何でも思いのままに手に入る、正に夢のような毎日を過ごしていた。

そんなある日の朝食の席で、銀のトレイに乗せられた手紙が旦那様の前に差し出された。旦那様は開いて中を見た後、そのままトレイに戻して手を振って使用人を下がらせようとしたのだが、側から覗き込んでいたヨアンナが声を上げた。

「しょう、た、いじょう。招待状!? ねぇお義父様、なんの招待状なの?」

そう聞かれたヘンドリックスはもう一度手紙を手にして内容を確認した。

「ああ、これは来月オープンする植物園のレセプションパーティーの招待状だ。招待されているのはあれだ。あれ宛ての招待状は全て欠席で返信しておけ」

そう言ったヘンドリックスに、ヨアンナが興奮気味に告げた。

「私、そのパーティーに行ってみたいわ! ねえ、お義父様、良いでしょう?」
「しかし、招待されているのはあれなのだ」

そう言ってヨアンナを宥めるように告げたヘンドリックスに、ウルスラがこともなげに言った。

「そんなもの、この家に届いた招待状なんだから、行くのはあの娘じゃなくて良いじゃない」
「そうは言っても、招待状には招かれた者の名前を書いているからな。名前を書かれていない者は参加出来ないんだよ」

ヘンドリックスの返事に、ウルスラはその目をじっと見つめて言い聞かせるように言った。

「なら、名前を書き換えれば良いだけよ、旦那様」

ヘンドリックスは、その目に吸い込まれるように見入った後に答えた。

「そうだな。では、招待状は全て出席の返事を出しておけ。招待状の名はウルスラとヨアンナの名に書き換えておくように」

そう言って、手紙を持ってきた執事が絶句する様子を気にもせずに下がらせ、初めてのパーティーに大はしゃぎの二人と食事を続けている。
壁際に控える侍女はもちろん、給仕のメイドたちも、皆が驚愕を穏やかな表情の下に押し込めている。

この家で働いている使用人たち、特に侍女や執事は男爵家や子爵家の者が殆どだ。貴族のマナーをまるで無視したウルスラとヨアンナと、それを許すヘンドリックスに、この日を境に皆が一様に厳しい目を向けるようになって行った

パーティー当日、昼のパーティーだと言うのに胸元の大きく開いたドレスに大ぶりのアクセサリーというおよそ場違いな装いで出席しようとしたのを止めた侍女たちを、ウルスラは鞭を振り回して追い出してしまった。
突然慣れない仕事を言いつけられたメイドたちは、二人の剣幕と鞭に恐れをなして、言われるままに支度をして送り出したのだ。

意気揚々と乗り込んだガーデンパーティーだったが、当然結果は散々だった。

入り口で招待状の確認の時に、ミリアム嬢の欠席のご伝言ですかと遠回しに問われた時、あんな娘より私たちが来た方が華やかで良いじゃない、と言った言葉に、会場から一斉に視線を向けられて気を良くしたものの、誰からも遠巻きに見られ、扇子に隠した口元で何やら囁く人々から漏れ聞こえる、嘲りを含んだくすくすと笑う声が聞こえた。そこへ目を向けると扇子を広げたままわざとらしく目を逸らされて、誰からも話しかけられることはなかった。

二人は馬鹿にされたと憤り、散財を止められたにも関わらず、その後も躍起になって身の丈に合わない豪華な衣装や宝石で着飾っては、ミリアム宛の招待状でパーティーや茶会に参加している。
マナーやドレスコードの違反を繰り返している二人には、近づく人はおろか話しかける人もいない。
更に、新聞でファンベルス領の工場閉鎖を知った人々が、まるで潮が引くようにファンベルス伯爵家から離れている事を二人は知る由もなかった。

ある日の朝食の席で、新聞のゴシップ欄を見たヘンドリックスが顔色を変えたことがあった。
字があまり読めないウルスラとヨアンナには、そこに何が掛かれているか分からなかったが、動揺した様子でもうパーティーや茶会に行くのはやめよう言ったヘンドリックスの目を見つめて落ち着かせ、それからは新聞のゴシップ欄に我が家の事が書かれていたら抜き取るようにと新聞を運ぶ執事に指示を出しておいた。

更に、領地から毎日のように届く陳情とやらも鬱陶しい。領地経営が苦しい、予算を増やしてほしいなどと図々しいったらありゃしない。朝食の席に陳情の手紙を持ってくる家令を、旦那様は毎回不機嫌な声で追い払っている。領民は黙って領主のいう事を聞いていれば良いのだ。せっかくの朝食が台無しにされる事に腹を立てたウルスラは、手紙は執務室には届けずに全て自室に運ぶように言いつけ、招待状だけを抜き取らせると、それ以外は全て暖炉に放り込んでいる。

ぱたりと招待状が届かなくなり、買い物も思うように出来なくなったウルスラとヨアンナは、思い通りにならずイライラする度に使用人に鞭を奮う様になっている。
鞭を振り上げた時の怯えた顔や、打たれて震えながら謝罪する姿を見るとイライラが少し納まるのだ。金を出し渋るあの家令は皆の前でさんざん打擲して追い出してやった。
代わりに執事だった男を家令にし、金が無いという度に鞭をちらつかせると、また領地から金は入って来る。

ある日の事、邸に居る事が増えたヨアンナは偶々覗き込んだミリアムの部屋からの眺めが良い事を知り、追い出して自分の部屋にしようと思いついた。あんな娘にはもったいないのだ。
しかし、せっかくこっそり隠した指輪を侍女が盗んだせいで計画は失敗した。あの泥棒侍女は、自分がポケットに入れたのは洗濯物の間に挟まっていた違う指輪だと言い訳をしていたが、そんなことはどうでも良い。どちらにせよ使えている邸の中で宝飾品を盗んだ事には変わりないのだ。
散々鞭で打った後に警らに引き渡してやった。

それでも気が済まずにむしゃくしゃしていた矢先、あの娘が魔女だと分かって地下牢に閉じ込めた時は胸がすく想いだった。このまま一生地下牢から出してやらない。むしゃくしゃしたら気晴らしに鞭打ちでもして、泣き叫ぶ顔を見ればどんなに胸がすっとするだろう。ウルスラとヨアンナはそう言って嗤い合っていた。

そんなある日、ウルスラ宛に『従弟のロイド・シュミット』から届いた手紙には、『れんらくを、まて』と一言だけ書かれていた。何故ここが分かったのだろう。もう自分たちは貴族になったのだ。あんな男たちと関わり合いになるつもりは無かったのに。すぐさま手紙を燃やしたウルスラは、それ以来落ち着かない日々を過ごしていた。

それから五日後、あのカフェの店主が再び手紙を届けに来た。
『きょうのごご、こうえんに、こい』
すぐに手紙を暖炉で燃やし、ウルスラとヨアンナは、気晴らしの散歩だと言って連れ立って公園へ出かけて行った。

貴族のタウンハウスが立ち並ぶ一角には、街を流れる川沿いの遊歩道を抜けると大きな公園があり、貴族や裕福な市民の衣装自慢の場となっている。
周囲に負けない様にとありったけの宝石を身に付けて着飾ったウルスラとヨアンナは、通りかかったベンチにロイドが座っているのを見つけた。何食わぬ顔で隣のベンチに腰掛けたウルスラとヨアンナは、新聞を広げて読んでいる風に顔を隠したロイドからの指示を聞いて歪んだ笑顔を浮かべた。

「ファンベルスの令嬢を、明日の朝に到着する迎えの馬車に乗せて領地へ向かわせろ。織物工場の織工たちがお別れを言いたいと言ってるとでも言えば良い。厄介払いにはちょうどいいだろう? わかっているだろうが、素性をバラされたくなければ黙って言う事を聞くのが身のためだ。まあ、悪い様にはしないさ」

こうして何も知らぬミリアムは、領地へ送られることになったのだった。

< 12 / 32 >

この作品をシェア

pagetop