【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。

新しい人生へ!

死んだことにすると言う提案に、唖然とする二人にミリアムは説明した。

「私、物をそっくりに変える事がとても得意なの。だから私たちそっくりの人形を作って、ここに馬車と一緒に置いておけば、確実に亡くなった事に出来るでしょう?」

それを聞いたスヴェンとダンリーは頷き合って聞いて来た。

「その人形に傷をつける事は出来ますか?」

ミリアムが頷くと、スヴェンが言った。

「事故として片づけられてしまうと、死人に口なしを良い事に、奴らは言葉巧みに私たちを悪者に仕立て上げて逃げおおせてしまうでしょう。そうさせないためには奴らが私たちを殺めたという状況証拠を作る事が必要です。そうすれば私たちは死を偽装して逃げる事が出来るし、奴らを確実に罪に問う事が出来る。一石二鳥です」

それを聞いたダンリーがミリアムに向かって言った。

「では、私はこれから馬車で織物工場に引き返して彼らをおびき寄せますので、その間にお嬢様はスヴェンと人形作りをお願いします。それから、奴らがここに到着したら、お嬢様には周囲に結界魔法を施してもらいたいのです」

ミリアムは胸を張って答えた。

「任せて頂戴。絶対に逃がさないんだから。でも、上手く行くかしら」

そう不安を口にしたミリアムに「捕縛は我々の専門分野ですよ」そう言ったスヴェンとダンリーの得意げな笑顔が頼もしい。

「さあ、作戦に取り掛かりましょう! ダンリー、くれぐれも気を付けてね。ではスヴェンもよろしくね。先ずは枯葉や土で人型を作るの。それを魔法で人形に変えてしまえばあとは自由に動かせるわ」

ダンリーの出発を見届けて、ミリアムとスヴェンは枯葉や枝を集めて土を捏ね、三体の人型を作った。それぞれにイメージを強く持って私たちの姿を投影させると、見る見るうちに三人にそっくりの人形が現れた。出来上がりを確認してミリアムはスヴェンに笑顔を向けた。渾身の出来だ。触ってみても絶対にわからないと思う。

「お嬢様、なんというか、凄いです…」

あんぐり口を開けたまま人形に見入っていたスヴェンはは、我に返って色々アドバイスをくれた。
先ず、ミリアムは二人に庇われて何かを背にしているのが普通との事。この場合、馬車が最適だという。護衛の二人はミリアムを庇いながら複数の敵を前に応戦中、隙をつかれてミリアムが胸を一突きされてしまう。護衛たちは何とか敵を倒してミリアムを救おうとするも、多勢に抵抗しきれずにして倒れてしまう、というのが一番信憑性があるという結果だという。

「こう襲われてこう倒れると、この向きでは不自然です。刺し傷は右利きで刺されるとこの辺り、太刀筋と深さはここからこのくらいで袈裟懸けに付けてください。そうするとこの対峙の仕方と倒れる向きに矛盾があるので位置をずらしましょう」

スヴェンに言われる通りにリアル土人形に傷をつけて位置を調整し、木の棒を剣に変えてスヴェンとダンリーのリアル土人形に持たせ、短い枝を短剣四本に変えて血糊をしっかり纏わせて周囲に置いた。もしも騎士や兵士に現場を見られて検証されても矛盾の無い現場証拠だ。
もう一度念入りに確認を終え、ミリアムとスヴェンはダンリーの到着を待った。

待っている間に、スヴェンは今までのいきさつを詳しく話してくれた。
魅了持ちの二人を取り逃がした詳細、騎士団を辞して二人を追っている間の事、今回護衛選びを任された領地の御者が、お嬢様の為にと、大勢の護衛の中から真剣に吟味に吟味を重ねて自分たちを雇ってくれた事、道すがら聞いたミリアムの境遇、そして、憶測ではありますがと前置きし、ミリアムの魔法封じの足輪から、ウルスラとヨアンナが自分たちが取り逃がした魅了持ちである可能性がある事、そしてミリアムを誘拐した男たちが自分たちを襲った魅了持ちの仲間だとすれば、一連の事件は偶然ではなく、周到に画策されていたと考えられると話してくれた。

「男たちはここで制裁を受けさせるとして、魅了持ちに関しては、ポラーニ侯爵閣下に相談して対応してもらった方が良いでしょう。お嬢様のお話では、思考を奪ってしまう程の魅了魔法の様ですから下手に近づくと危険です。私たちが追っている魅了持ちは微量の魅了だったので、何かのきっかけで強化した結果なのか、それとも全くの別人なのかはまだ分かりません。でも、ご心配はいりません。二人の居場所は分かっていますからね」

あの場では自分たちが拘束する事が最善だと思ったのだと謝られ、騎士の矜持と誇りを失わないよう、とりあえず出来るだけ苦しくないように丁寧に拘束することにして、どうにか逃げる方法をと思案していたと言った。

程なくダンリーの操る馬車が到着し、馬を放した後、三人で協力して馬車を横転さて改めて場を整えて奴らの到着を待った。
馬車を追ってやって来た男たち四人は、三人の惨状を目にするや否や一目散に逃げようとしたが、そんなことはさせない。ミリアムは即座に周囲に結界を張り、この場から逃げられない様にした。ミリアムとスヴェンとダンリーは、草むらに身を隠して認識阻害の魔法を身に纏っているので男たちから見えない。
男たち四人は、何故か出られない結界を叩いたり蹴ったりしていたのだが、徐々に出られない焦りと恐怖から、それぞれが落ちていた短剣を手に取って、大声で罵り合いながら結界を叩き壊そうと躍起になっている。だが、そんなものでは結界は壊せない。

(永遠にこの惨状から逃れられずに心身ともに疲弊すればいいわ)

座った目で、パニックになり仲間割れを始めて罵り合っている男たちを眺めているミリアムに、スヴェンとダンリーが若干引いているのが分かったので、努めて冷静な令嬢に戻る。
そうしているうちに、工場長が隣領の領兵を案内してやって来た。驚く事に領主様が先頭で指揮を執っている。ミリアムは一行がやってくる方向の結界を解いた。

隣領ファン=ルーベン伯爵家の領主様は、子どもの頃よく遊んでくれた優しいお兄さまで、幼いミリアムはずいぶん懐いていたのだ。お兄さまは変わり果てたミリアムの人形を目にして憤怒の表情となり、男たちを生け捕りにするように領兵たちに命じている。
工場長はその光景を目にして間に合わなかったことを悔いて慟哭し、馬を下りて滑り込むように駆け寄ったファン=ルーベン伯爵は、年の離れた幼馴染の人形の手を取り、必ず報いは受けさせると言ってくれている。

工場長とお兄さまの姿を見て、ミリアムは皆を騙してしまっている事に心が痛んだ。
ごめんなさいと繰り返し呟くミリアムを、スヴェンとダンリーが慰めてくれた。

「生きてさえいれば、いつか必ず彼らの恩情に報いる事は出来ますよ」

ミリアムとスヴェンとダンリーの悲しい最期は、領地を守るために奔走し、志半ばで非業の最期を遂げた若きご令嬢と、私兵ながら最後までご令嬢を守り散っていった騎士たちの悲劇として早馬で王宮に知らされ、その話はてあっという間に王都中に広まった。一夜にして悲劇のヒロインと英雄たちとなった三人は、美しい棺に納められ、兄と慕った幼馴染の伯爵様に先導されて美談と共に王都へ凱旋する事となった。

森に誰もいなくなった頃、スヴェンとダンリーが口笛を吹くと、森の奥から二頭の馬が姿を現した。この馬たちは二人の相棒なんだとか。協力してくれてありがとう言ってとミリアムが馬たちに挨拶すると、二頭は快くミリアムを受け入れてくれたようだ。
馬車から回収したトランクを大切に胸に抱え、交代で乗せてもらって夜になる前に宿場町に到着した。

その町の宿屋から、スヴェンは早馬を雇ってジラード王国との国境にある関所に大至急手紙を届けてもらうよう手配した。ここからミリアムを伴ったスヴェンとダンリーが関所に到着するまでには三日はかかる。ダンリーの片眼鏡を同封してミリアムに魔力を纏わせてもらったその手紙は、三人が到着する前日にはポラーニ侯爵の元に届くだろう。

こうして三人は一路ジラード国の国境を目指したのだ。


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