【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。

辿り着いた新天地 ジラード王国の国境にて

ミリアムとスヴェンとダンリーの三人がジラード国の国境にたどり着いたのは、事件から三日後の朝だった。
国境の関所でお母様の形見のペンダントを見せると、周辺の騎士や兵士たちが一斉に礼を執り、一気に皆の動きが慌ただしくなった。

奥から慌てて出て来た関所の責任者だという騎士に案内され、応接室に通されると、そこにはローブを纏って片眼鏡を付けた騎士が控えており、その騎士にペンダントをもう一度お見せ頂けますかと声を掛けられた。
ミリアムがペンダントを手のひらに乗せて見せると、その騎士が『失礼します』と言ってペンダントに手を翳した瞬間の出来事だった。

「無事で本当に良かった! ああ、アグネスに瓜二つだ!」

濃い紫のローブが翻ったのが見えたと思った瞬間、その中から突然現れた男性は、そう言ってミリアムを抱き上げて子どもにする様に高い高いをしている。ローブの騎士をはじめ、部屋に居た者たちが一斉に膝を折る中、母の名を口にしたその男性は、ミリアムの瞳を覗き込み、懐かしそうに目を細めて言った。

「その金を纏ったラベンダーの瞳もアグネス譲りだね。ポラーニ家の象徴、金の魔法使いの証だ」

そう言ってミリアムをローブで包み込むように大切に抱き上げた。
そして、部屋の中で片膝を付き、俯いて控えている皆ににこやかに声を掛けた。

「世話になった。感謝する」

そう言うと、同じように控えているスヴェンとダンリーに顔を向けて声を掛けた。

「二人は付いてくるように」

そう言われたスヴェンとダンリーがその男性の紫のローブの端に手に触れると、目の前が紫色に包まれ、次に目の前に現れた場所は大きな邸宅のホールの中だった。

目を瞠って周りを見回していると、そっと床に降ろされ、腰を屈めて覗き込んできたラベンダーの瞳も、光に透かしたミリアムよりも少し薄い金色の輝きも、懐かしい母のアグネスと同じだった。幼い頃、母から兄がいると聞いた記憶がある。

「伯父様、でしょうか?」

その問いに破顔した男性は答えた。

「初めましてだね。私は君の母、アグネスの兄のエルネスト・ポラーニ侯爵だ。ジラード国王直属の魔法士長を務めている」

そう言って差し出された右手を捧げ持ち、ミリアムはカーテシーを執って挨拶をした。

「お初にお目にかかります、伯父様。私はミリアム・ファンベルスと申します。と言っても、先日亡くなった事になっておりますので、名前は、どうしましょう…」

「そうだな、何か希望はあるかい?」

あごに手を当ててポラーニ侯爵がミリアムに問いかけた。同じく思案していたミリアムは、ぱっと顔を上げて思いついた名を告げた。

「幼い頃、お母様だけが私をミリィと呼んでいました」

そう言葉にすると、吹き抜けのホールに涼やかな声が響いた。

「ミリイ! 素敵な名だわ。エルネスト! その子がアグネスの忘れ形見なのね!」

声に振り返ると、螺旋階段を音もなく驚くべき速さで滑り降りるように降りて来た女性がミリアムを抱きしめた。

「ああ、本当に無事でよかったわ! さあ、先ずはあの国の垢を落とさなくちゃ」

そう言ったその女性は、ハッと気づいたように自己紹介をした。

「そうだわ、わたくしが誰だか知らないわよね。 わたくしはエルネストの妻のウルリカよ」

人差し指を顎に当て、ぱちりとウィンクをした姿がポーリーと重なり、ミリアムの胸がふるりと震えた。その様子を見ていたポラーニ侯爵は、向かい合う二人に笑顔で言った。

「ではミリィ、君は表向き領地で静養していた私の娘という事にする。名前はミリィ・ポラーニ、ポラーニ侯爵家の令嬢だ」

初めましての挨拶もそこそこに、精鋭侍女チームを率いたウルリカに案内されて階段に足を掛けた瞬間、ミリアムはトランクの事を思い出して顔が蒼白になった。
それを見たウルリカが心配そうに顔を覗き込んだ時、後ろからダンリーの控えめな声が掛かった。

「お嬢様、トランクはここにあります」

スヴェンが笑顔でトランクを掲げている。侍女の一人がスヴェンからトランクを受け取り、ミリアムは二人にありがとうと声を掛けてウルリカと共に部屋へ移動して行った。
一行を見送ったエルネストは、跪いて控えているスヴェンとダンリーを立ち上がらせて言った。

「聞いての通り、彼女は私の娘のミリィだ。わかっていると思うが他言は無用だ。報告したい事があるとの伝言を関所の騎士から受け取っている。部屋で話を聞こう」


執務室に場を移すと、ポラーニ侯爵は先ず二人に礼を言った。

「二人にはミリアムの窮地を救ってくれたことを心から感謝する」

そう声を掛けられて改めて礼を執ったスヴェンとダンリーは、畏まって返答した。

「お嬢様の魔法と機転、何より冷静な強いお心があっての事です」

ポラーニ侯爵は二人を直らせ、到着した領騎士団長と副団長を招き入れると、今回の事件の報告を促した。
先ずダンリーが話を始めた。

「私はダンリー・ホフと申します。微弱ながら魔力持ちのため、有害な魔法の取り締まり官としてジラード王国の王都で騎士団に所属しておりました」

ダンリーは足首の魔力封じの足輪を見せて話を続けた。

「二年前、私とスヴェンは国境の炭鉱町で魅了魔法を帯びた女二人を見つけ、魔力封じを施そうとした所、不覚にも背後から襲われ、逆に魔法封じの足輪を付けられた挙句、魅了魔法を掛けられて取り逃がすという失態を犯しました。それ以来、騎士団を辞して取り逃がしたその女二人の行方を追っておりました。ジラード王国内では情報も得られず、アルハイト国へ捜査の範囲を広げた矢先、今回の姪御様の事件に居合わせました」

ポラーニ侯爵はダンリーの顔を見ながら口を開いた。

「二人が魅了持ちを取り逃がした事件に専念するために騎士団を辞したと話は聞いていた。それが今回の事件と何か繋がりがあるという事か?」

「はい、お嬢様から聞いたファンベルス伯爵が後妻と養女を突然連れ帰って以来伯爵の様子が一変した事と、その後妻が魔法封じの足輪をお嬢様に着けたという事から、二人は私たちが取り逃がした女二人の可能性があると考えています。ただ、取り逃がした二人の魅了の力は当時微々たるものでした。それに一度着ければ外れるはずの無い足輪が壊れた事が矛盾点ではあります。もしも、追っていた二人では無いとしても、危険な魅了持ちである事は間違いないと思います。
加えて、捕縛された賊の四人がお嬢様だけを領地に呼び寄せて攫う事を周到に画策していた事は偶然ではなく、二人と繋がりがあるのではないかと考えています」

ダンリーの意見を補足するように、スヴェンが続けた。

「私はスヴェン・ラーグと申します。王都の騎士団でダンリーとはパートナーで、魅了持ちを取り逃がした時も一緒でした。あの日、後ろから殴られた時に私たちはそれぞれ羽交い絞めにされており同時に殴られました。襲った人間は最低四人いたと思われます。それに、私たちは昏倒から覚めかけて朦朧とした状態で魅了魔法を掛けられています。二人の女には帯びているのが魅了魔法だと告げていませんでしたから、私たちが気を失っている間にその者たちが伝えたと考えています。ダンリーも言った通り、お嬢様の事件は偶然にしてはタイミングが良すぎます。私も男たちと女二人が共謀していた可能性はかなり高いと考えています」

肘をついて顔の前で手を組み、二人の話を聞いていたポラーニ侯爵が頷いた。

「二人の勘を信じよう。元ファンベルス伯爵家族は国境の労役場送りとなる。その時期を見計らってアルハイト国に三人の聴取を申請する。二人ともそのつもりでいてくれ」

そう言うと、席を立ったポラーニ侯爵は、スヴェンとダンリーに告げた。

「君たちをミリアムの専属護衛として雇いたいのだが、どうだ」

その言葉に膝を付いて騎士の礼を執り、二人は答えた。

「謹んで拝命いたします」

その様子を満足そうに見ていたポラーニ侯爵は、傍らの領騎士団長に言った。

「後でミリィと顔合わせを行う。彼らの支度が出来たら共に執務室に来てくれ」

ポラーニ侯爵はそう言って彼らを送り出した。

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