【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。
金の魔法使いと銀の魔法使い
一方、ウルリカご自慢の侍女チームに磨き上げられたミリアムは、全身が写る大きな鏡の前で目を丸くして思わず呟いていた。
「誰?」
肌はつるつるぴかぴか、今までしたことのない薄化粧を施された頬はほんのりバラ色で、控えめな色のリップが施されている唇はぷっくりと艶やかだ。ラベンダー色の髪はつやつやすべすべ、サイドを緩く編みこんだハーフアップは、金色の宝石がちりばめられた髪飾りでまとめられている。露出の少ない上品なドレスの胸元には、今までは服の下に隠していた母の形見のネックレスが輝いている。
やり切った感満載で、どうだとばかりに胸を張る侍女チームを従えたウルリカが、手を組んでうっとりミリアムを見つめている。
「まあ、ミリィ、なんて素晴らしいの! まるで妖精の様よ! わたくしが欲しかった理想の娘そのものだわ!」
滑るような優雅な所作で手を取られたミリアムは、促されるまま大きなソファーに身を沈め、いつの間にか整えられていたお茶を飲んでいた。今までも貴族令嬢として大切にされてきたはずなのだが、一気に階段を駆け上がったような、まるで王女様にでもなったような扱いだった。
まるで夢のようで、抓ってみようと頬を触ったけれど、あまりにつるつるした手触りに、抓るなんてもったいなくてやめた。
髪に手が触れるとびっくりするほどすべすべで、気が付けばずっと触っている。
ふわふわした状態で勧められて摘まみ上げたお菓子は、ホワイトチョコレートのコーティングの上に、赤い小さなリボン型のチョコレートをちょこんと付けた仔猫の顔のお菓子だった。あまりの可愛らしさに手を頬に当て、うっとりと眺めて、ほうとため息を吐いた時だった。
サロンの扉が開いて小さな男の子の声が響いた。
「ははうえー!」
その言葉と一緒に小さな男の子がウルリカに走り寄って膝の上にちょこんと飛び乗った。微笑ましいその光景に思わず笑顔を向けていると、扉の前に立ちはだかっている、銀の留め具の付いた紺色のローブを纏った男性に気が付いた。
なんとなく見られている気がしたミリアムがさり気なく目を向けると、その男性と視線がぶつかった。銀色の光を纏った深く碧い瞳は印象的で、一瞬美しいと思ったが、その眼差しは目が合ったという穏やかなものではなく、強い視線をぶつけられたという表現がぴったりだった。
(えっ、もしかして睨まれてる?)
笑顔のまま顔が引きつっているのは分かっているけれど、ミリアムはその男性から目を離す事が出来ず、仔猫の顔のお菓子を摘まんだまま固まっていた。
ミリアムの心情を他所に、見つめ合ってお互い固まっている状態のミリアムとその男性を見比べ、ウルリカと周囲の侍女たちが驚いた様子で目配せし合って含み笑いをしている。
(あらまあ、なんて素敵! 金の魔法使いと銀の魔法使いが見つめ合っているわ)
見つめ合う二人の様子に、ウルリカを始め侍女たちがきらきらした瞳で眺めていると、膝の上から可愛い声が掛けられた。
「ははうえ、ぼく、おねえさまにごあいさつしたいです!」
はっと我に返ったウルリカが、おほほと笑ながらミリアムに声を掛けた。
「ぼんやりしててごめんなさいね。ミリィ、紹介するわ、息子のマーシュよ。今日から貴方の弟よ」
そう言ってマーシュの背を撫でると、マーシュはぴょんとウルリカの膝から飛び降りてミリアムの前に立つと胸に手を当てて自己紹介した。
「はじめまして、ぼくは、マーシュ・ポラーニ、六さいです。おねえさまとお呼びして良いですか?」
こてんと首を傾げて上目遣いで見られたミリアムは一瞬で心を射抜かれた。
その瞳はエルネストと同じ、金色の光を纏ったラベンダー色で、既に魔法使いの証が顕現している。
(なんて可愛いの! もしかして天使ではないかしら)
心の叫びを令嬢の顔に隠し、ソファーから降りてマーシュの手を取ると、視線が合うように屈んで挨拶した。
「初めまして、私はミリィです。素敵なご挨拶をありがとう。もちろんそう呼んでもらえると嬉しいわ。今日からよろしくね」
にこりと微笑みかけると、マーシュは満面の笑みでミリアムの手をきゅっと握って言った。
「うん、ミリィねえさま、ぼくのことは、マーシュってよんでね! ミリィねえさまも、まほうつかいなんだね。ぼくとおなじひとみだ!」
ああ、天使が目の前に居る。そう思ってウルリカと侍女たちを見上げると、皆が蕩けそうな顔で私たちを見つめていた。
ふと、部屋の入り口から送られていた強い視線を思い出し、まだ仁王立っている男性にそろりと視線を送ると、やっぱりバチリと視線がぶつかる。
(なんでまだ睨んでるのー。怖いんですけどー)
そう思ってまた引きつった笑顔を向けたまま、あの印象的な瞳から目を離せないでいると、仁王立っている男性の後ろにポラーニ侯爵がやって来た。
「ウィレム、邪魔だ」
そう言って脇にどかされても、ウィレムと呼ばれた男性はずっとミリアムを凝視している。
「何をやっているんだ、ウィレム。まばたきくらいしたらどうだ」
ポラーニ侯爵は、呆れたようにそういうと、ずっと仁王立ったままの男性を紹介してくれた。
「ミリィ、こちらはウィレム・フロード、フロード伯爵家の嫡男で銀の魔法使いだ。
今は私の弟子としてポラーニ家に住み込んでいて、マーシュの魔法の指導を任せている。ウィレム、こちらはミリィだ。妹のアグネスの忘れ形見だが、事情があって私の娘として社交界にデビューさせるつもりだ」
やっとまばたきをはじめたウィレムは、ポラーニ侯爵に向き直って言った。
「アグネス様は確か、アルハイト国のファンベルス伯爵家に嫁がれていましたよね。先日そちらの領で起った悲劇は新聞で知りましたが、よくぞ生き延びられました。歓迎いたします」
そう言って再びミリアムに向けられた視線は相変わらず強い。言葉を受けたミリアムも、ウィレムに挨拶をした。
「ミリィです。こちらでお世話になる事になりました。どうぞよろしくお願い致します」
ミリアムを凝視し続けるウィレムを、眉を顰めて眺めていたポラーニ侯爵だったが、ウルリカや侍女たちのわくわくと期待を込めた視線に気づき、ほう、成る程なと、もう一度ウィレムとミリアムに向き直って聞いてみた。
「ミリィはこれから魔法の習得に力を入れてもらうつもりだ。座学は私が指導するが、実技はマーシュと一緒にウィレムに指導を頼めるだろうか」
ウィレムはポラーニ侯爵の言葉に弾かれたように振り返って即答した。
「喜んでお引き受けいたします」
そう言うと、ミリアムに向き直ったウィレムは、まばたきをしない碧い瞳と、彫刻のように整った綺麗な顔をミリアムにずいと近づけた。思わずのけぞってしまったミリアムは笑顔を張り付けておくのが精いっぱいで、目を逸らせないままぎこちなく首をこてんと傾げて呟いた。
「よろしくお願い致します。フロード先生」
二人の様子を、少し離れた所からきらきらした目で固唾を呑んで見守っていたウルリカと侍女たちは、ウィレムの耳が朱に染まったのを目にすると、声にならない悲鳴を上げていた。そして、ウルリカ部隊のハンドサインで忙しく会話を始めた。
(あのフロード様が女性に興味を持つなんて!)
(見て見て、耳が真っ赤よ!)
(仕方ないわ、ミリィ様のあの仕草、破壊力が半端ないもの)
(みんなよくやったわ! これからもミリィを磨き上げるわよ!)
その様子を苦笑いして見ていたポラーニ侯爵は、ウィレムを促して部屋を後にした。
ミリアムは突然向けられた強い視線から解放されてほっとして、自分が白い仔猫のお菓子を持ったままだという事に気が付いた。改めてその小さなお菓子の可愛らしさを堪能してぱくりと頬張り、口に広がる甘さをうっとりと楽しんだ。
(こんなにおいしいお菓子を頂くのは初めてだわ!)
部屋を出る時、名残惜しそうに振り返ったウィレムは、ミリアムがお菓子を頬張る姿にまたしても目を奪われた。
ポラーニ侯爵は、マーシュと一緒に幸せそうにお菓子を頬張るミリアムと部屋の中で意気込むウルリカと侍女たち、そして真っ赤な顔でミリアムを見つめるウィレムを見比べ、クスリと笑って苦笑いを浮かべた。
(この堅物にもやっと春が来たか。しかし、先は長そうだな)
「誰?」
肌はつるつるぴかぴか、今までしたことのない薄化粧を施された頬はほんのりバラ色で、控えめな色のリップが施されている唇はぷっくりと艶やかだ。ラベンダー色の髪はつやつやすべすべ、サイドを緩く編みこんだハーフアップは、金色の宝石がちりばめられた髪飾りでまとめられている。露出の少ない上品なドレスの胸元には、今までは服の下に隠していた母の形見のネックレスが輝いている。
やり切った感満載で、どうだとばかりに胸を張る侍女チームを従えたウルリカが、手を組んでうっとりミリアムを見つめている。
「まあ、ミリィ、なんて素晴らしいの! まるで妖精の様よ! わたくしが欲しかった理想の娘そのものだわ!」
滑るような優雅な所作で手を取られたミリアムは、促されるまま大きなソファーに身を沈め、いつの間にか整えられていたお茶を飲んでいた。今までも貴族令嬢として大切にされてきたはずなのだが、一気に階段を駆け上がったような、まるで王女様にでもなったような扱いだった。
まるで夢のようで、抓ってみようと頬を触ったけれど、あまりにつるつるした手触りに、抓るなんてもったいなくてやめた。
髪に手が触れるとびっくりするほどすべすべで、気が付けばずっと触っている。
ふわふわした状態で勧められて摘まみ上げたお菓子は、ホワイトチョコレートのコーティングの上に、赤い小さなリボン型のチョコレートをちょこんと付けた仔猫の顔のお菓子だった。あまりの可愛らしさに手を頬に当て、うっとりと眺めて、ほうとため息を吐いた時だった。
サロンの扉が開いて小さな男の子の声が響いた。
「ははうえー!」
その言葉と一緒に小さな男の子がウルリカに走り寄って膝の上にちょこんと飛び乗った。微笑ましいその光景に思わず笑顔を向けていると、扉の前に立ちはだかっている、銀の留め具の付いた紺色のローブを纏った男性に気が付いた。
なんとなく見られている気がしたミリアムがさり気なく目を向けると、その男性と視線がぶつかった。銀色の光を纏った深く碧い瞳は印象的で、一瞬美しいと思ったが、その眼差しは目が合ったという穏やかなものではなく、強い視線をぶつけられたという表現がぴったりだった。
(えっ、もしかして睨まれてる?)
笑顔のまま顔が引きつっているのは分かっているけれど、ミリアムはその男性から目を離す事が出来ず、仔猫の顔のお菓子を摘まんだまま固まっていた。
ミリアムの心情を他所に、見つめ合ってお互い固まっている状態のミリアムとその男性を見比べ、ウルリカと周囲の侍女たちが驚いた様子で目配せし合って含み笑いをしている。
(あらまあ、なんて素敵! 金の魔法使いと銀の魔法使いが見つめ合っているわ)
見つめ合う二人の様子に、ウルリカを始め侍女たちがきらきらした瞳で眺めていると、膝の上から可愛い声が掛けられた。
「ははうえ、ぼく、おねえさまにごあいさつしたいです!」
はっと我に返ったウルリカが、おほほと笑ながらミリアムに声を掛けた。
「ぼんやりしててごめんなさいね。ミリィ、紹介するわ、息子のマーシュよ。今日から貴方の弟よ」
そう言ってマーシュの背を撫でると、マーシュはぴょんとウルリカの膝から飛び降りてミリアムの前に立つと胸に手を当てて自己紹介した。
「はじめまして、ぼくは、マーシュ・ポラーニ、六さいです。おねえさまとお呼びして良いですか?」
こてんと首を傾げて上目遣いで見られたミリアムは一瞬で心を射抜かれた。
その瞳はエルネストと同じ、金色の光を纏ったラベンダー色で、既に魔法使いの証が顕現している。
(なんて可愛いの! もしかして天使ではないかしら)
心の叫びを令嬢の顔に隠し、ソファーから降りてマーシュの手を取ると、視線が合うように屈んで挨拶した。
「初めまして、私はミリィです。素敵なご挨拶をありがとう。もちろんそう呼んでもらえると嬉しいわ。今日からよろしくね」
にこりと微笑みかけると、マーシュは満面の笑みでミリアムの手をきゅっと握って言った。
「うん、ミリィねえさま、ぼくのことは、マーシュってよんでね! ミリィねえさまも、まほうつかいなんだね。ぼくとおなじひとみだ!」
ああ、天使が目の前に居る。そう思ってウルリカと侍女たちを見上げると、皆が蕩けそうな顔で私たちを見つめていた。
ふと、部屋の入り口から送られていた強い視線を思い出し、まだ仁王立っている男性にそろりと視線を送ると、やっぱりバチリと視線がぶつかる。
(なんでまだ睨んでるのー。怖いんですけどー)
そう思ってまた引きつった笑顔を向けたまま、あの印象的な瞳から目を離せないでいると、仁王立っている男性の後ろにポラーニ侯爵がやって来た。
「ウィレム、邪魔だ」
そう言って脇にどかされても、ウィレムと呼ばれた男性はずっとミリアムを凝視している。
「何をやっているんだ、ウィレム。まばたきくらいしたらどうだ」
ポラーニ侯爵は、呆れたようにそういうと、ずっと仁王立ったままの男性を紹介してくれた。
「ミリィ、こちらはウィレム・フロード、フロード伯爵家の嫡男で銀の魔法使いだ。
今は私の弟子としてポラーニ家に住み込んでいて、マーシュの魔法の指導を任せている。ウィレム、こちらはミリィだ。妹のアグネスの忘れ形見だが、事情があって私の娘として社交界にデビューさせるつもりだ」
やっとまばたきをはじめたウィレムは、ポラーニ侯爵に向き直って言った。
「アグネス様は確か、アルハイト国のファンベルス伯爵家に嫁がれていましたよね。先日そちらの領で起った悲劇は新聞で知りましたが、よくぞ生き延びられました。歓迎いたします」
そう言って再びミリアムに向けられた視線は相変わらず強い。言葉を受けたミリアムも、ウィレムに挨拶をした。
「ミリィです。こちらでお世話になる事になりました。どうぞよろしくお願い致します」
ミリアムを凝視し続けるウィレムを、眉を顰めて眺めていたポラーニ侯爵だったが、ウルリカや侍女たちのわくわくと期待を込めた視線に気づき、ほう、成る程なと、もう一度ウィレムとミリアムに向き直って聞いてみた。
「ミリィはこれから魔法の習得に力を入れてもらうつもりだ。座学は私が指導するが、実技はマーシュと一緒にウィレムに指導を頼めるだろうか」
ウィレムはポラーニ侯爵の言葉に弾かれたように振り返って即答した。
「喜んでお引き受けいたします」
そう言うと、ミリアムに向き直ったウィレムは、まばたきをしない碧い瞳と、彫刻のように整った綺麗な顔をミリアムにずいと近づけた。思わずのけぞってしまったミリアムは笑顔を張り付けておくのが精いっぱいで、目を逸らせないままぎこちなく首をこてんと傾げて呟いた。
「よろしくお願い致します。フロード先生」
二人の様子を、少し離れた所からきらきらした目で固唾を呑んで見守っていたウルリカと侍女たちは、ウィレムの耳が朱に染まったのを目にすると、声にならない悲鳴を上げていた。そして、ウルリカ部隊のハンドサインで忙しく会話を始めた。
(あのフロード様が女性に興味を持つなんて!)
(見て見て、耳が真っ赤よ!)
(仕方ないわ、ミリィ様のあの仕草、破壊力が半端ないもの)
(みんなよくやったわ! これからもミリィを磨き上げるわよ!)
その様子を苦笑いして見ていたポラーニ侯爵は、ウィレムを促して部屋を後にした。
ミリアムは突然向けられた強い視線から解放されてほっとして、自分が白い仔猫のお菓子を持ったままだという事に気が付いた。改めてその小さなお菓子の可愛らしさを堪能してぱくりと頬張り、口に広がる甘さをうっとりと楽しんだ。
(こんなにおいしいお菓子を頂くのは初めてだわ!)
部屋を出る時、名残惜しそうに振り返ったウィレムは、ミリアムがお菓子を頬張る姿にまたしても目を奪われた。
ポラーニ侯爵は、マーシュと一緒に幸せそうにお菓子を頬張るミリアムと部屋の中で意気込むウルリカと侍女たち、そして真っ赤な顔でミリアムを見つめるウィレムを見比べ、クスリと笑って苦笑いを浮かべた。
(この堅物にもやっと春が来たか。しかし、先は長そうだな)