【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。
使い魔
緊張の謁見の後、邸に戻ったミリアムは、ウルリカに王宮主催の夜会でデビューすることになった事を伝え、身なりだけでなく所作やマナーや会話術まで磨き上げて欲しいとお願いした。それを聞いたウルリカは感激したようにミリアムを抱きしめ、鼻息荒く侍女たちと張り切っている。
到着早々怒涛の展開で、ミリアムの疲れを見て取ったウルリカの指示で、夕食までの間、部屋で休むことになった。
部屋の中で一人になったミリアムは、ソファーに身を沈めてほっと息を吐いた。
(そうだ、トランク!)
ハッと気が付き、続き部屋になっているクローゼットの隅に置かれていたトランクを見つけ、大切に中身を一つずつ取り出した。
母の魔法書とばあやの片眼鏡、それにポーリー特製の櫛。ファンベルスの邸から何とか持ち出せた、ミリアムの掛け替えのない宝物だ。
魔法書をそっと開き、そこに挟まっていたニルスはまだ両方の羽で口元を押さえている。その健気な姿を見て思わず笑みが零れて緊張が解れた。
「ニルス、閉じ込めてごめんなさいね。でももう大丈夫よ。ここでは自由におしゃべり出来るわ」
羽を広げて、ぱあっと明るい顔をしたニルスが目を見開いて言った。
「わあ、ミリアムとっても綺麗だよ! 」
その言葉にありがとうと応えると、ニルスは続けて言った。
「やっと沢山お話しが出来るんだね! ぼく、一生懸命お手伝いするからね」
胸を張ってぱたぱたと羽ばたきするニルスに、早速お願いすることにした。
「あのね、ニルス、私ちょっと疲れてしまって少し眠ろうかと思うの。誰か来たら起こしてもらえないかしら。おしゃべりが出来ずにごめんなさい」
ニルスは、少し心配そうにミリアムを覗き込んで言った。
「うん、ゆっくり休んで。本当にずっと大変だったもんね」
このままうたた寝してしまったら、誰か来てもきっと気付かずに眠り続けてしまうと思い、頑張って起きておこうと思っていたのだ。早速顔の横にニルスを置いてひと眠りすることにした。こんなに安心して眠りに落ちたのはどのくらいぶりだろう。
◆◆◆
『さあ、ミリアム、今日はどの絵本を読もうかな?…』
そう優しく声を掛けられ、見上げた父の顔は影になっていてよく見えない。
『ミリアム、十四歳の誕生日おめでとう!…』
そう言って差し出されたのは、ミリアムの瞳によく似た石を使った品の良い指輪だった。数か月前の父の誕生日に贈ったカフスボタンとお揃いが嬉しくて、ありがとうございますと見上げた父の顔も影になっていて表情が分からない。
顔に触れる何かに気付いて目を開くとニルスが泣きそうな顔で覗き込んでいるのが見えた。頬を触ると涙の跡がある。ああ、夢を見ていたんだ。
夢の中でも、もう父の優しい顔は思い出せなくなっている。解呪して元に戻った父を、またお父様と呼べるだろうか。締め付けられる様な思いを振り払う様に、ミリアムは心配するニルスに笑顔で声を掛けた。
「大丈夫よ、ニルスが傍に居てくれたから、怖い夢はどこかに行ってしまったわ」
呼ばれた夕食の後のお茶の時間に、ミリアムはニルスを皆に紹介した。ニルスは羽をぱたぱた動かして自己紹介をした。
「ぼくはニルスだよ。アグネスにミリアムを守ってあげてねって頼まれたんだ!」
皆がにこやかにニルスを見つめている中、エルネストがニルスに言った。
「ここではミリイと名前を変えたんだ。ニルスもミリイと呼ぶようにしてくれ」
「うん、わかった! アグネスもミリィって呼んでたんだよ」
そう言ってぱたぱた羽を動かしているニルスを、青い瞳に纏わせた銀の光を強くして見つめていたウィレムがエルネストに問いかけた。
「訓練してミリィ嬢の使い魔にするのはどうでしょう。信頼関係も強いし、守護魔法も付与されているので最適だと思うのですが」
そう言われたエルネストは、ミリアムが物問いたげにこちらを見ているのに気が付いた。そうだ、国を出た魔法使いは使い魔を持てないのだ。
ミリアムに笑顔を向けて頷き、エルネストの肩に金の光が集まったかと思うとそこに真っ白なミミズクが姿を現した。
同時に、ウィレムの足元には銀の光が集まり、みるみる形を変えたかと思うと黒猫が姿を現した。
をれを見ていたマーシュも、手のひらに金の光を集めて、小さな王冠を頭に乗せたミツバチを出現させて得意げにミリアムを見上げている。
目を瞠るミリアムにエルネストが告げた。
「魔法使いは皆使い魔という魔法動物を持っていて、信頼関係を築く事で守護の力を発揮して色々と手助けをしてくれるんだ」
そう言って彼らを紹介してくれた。エルネストのミミズクは『ルミナ』ウィレムの黒猫は『ノクス』、マーシュのミツバチは『レジナ』だそうだ。
そして、魔法使いではないはずのウルリカの肩には、小さなリスが乗っている。
「ウルリカのリスは『グラン』と言う。アグネスの使い魔だったが、嫁ぐときに守護魔法を掛けてウルリカに譲ったんだ。ウルリカが使役することは出来ないし普段は姿を現す事は無いが、きちんと守役を務めてくれている。ウルリカに何かあれば即座に私とマーシュに伝わるようになっているんだ」
ミリアムが目を輝かせて使い魔たちに挨拶をし、なんて素敵なのと声を掛けると、ノクスとグランがウィレムとウルリカから離れてミリアムの膝に乗って甘え始めた。抱き上げられて頬ずりされる様子を、ウィレムは銀の光を強くした碧い瞳を細めてまばたきせずに見つめている。ニルスがきらきらした目で見つめているのに気づいたミリアムは、エルネストにお願いした。
「お義父様、ニルスを使い魔にする方法を教えてください」
手のひらにニルスの絵を乗せ、ゆっくりと魔力で包んでいく。絵の中から浮かび上がるイメージをどんどん膨らませて行くと、立体の映像のようなニルスの姿が空中に浮かび上がった。
その映像に魔力を注ぎ込むように言われて金の光の粒を送り込んでいくと、透けていたニルスの体が徐々に実体を帯び始め、本物の小さなガチョウになってミリアムの手のひらの上に降り立った。
ミリアムと同じラベンダー色のつぶらな瞳に、同じ色の蝶ネクタイを付けたニルスは、自分の体を見回すと恐る恐る羽ばたいてみた。ふわりと浮き上がった体に、勢いを付けて力強く羽を動かした。
「みて!ミリイ! ぼく、飛べるよ!」
ミリアムの周りを嬉しそうに飛び回るニルスを愛おしそうに眺めるミリアムを、エルネストとウィレムが驚きを持って見つめていた。
「まさか、一度で出来ると思わなかった…」
エルネストは方法を教えるだけのつもりだった。これから実践を積んでから何度目かに成功出来れば良いと考えていたのだ。今まで使い魔を一度で出せた魔法使いは居なかったので驚きを隠せなかった。
「ミリィねえさま、すごいです! 」
尊敬の眼差しを向けるマーシュの顔を、ミリアムはニルスと一緒に覗き込んだ。
「まあ、凄いのはマーシュの方よ。六歳で使い魔を出せるなんて、本当に凄いわ」
そう言われてはにかんでいるマーシュとレジナの周りをニルスがぱたぱたと飛び回っている。
その日は疲れているだろうからと早めに解散する事になり、ミリアムは数か月ぶりに温かくふわふわの寝台でぐっすりと眠りに付いた。
到着早々怒涛の展開で、ミリアムの疲れを見て取ったウルリカの指示で、夕食までの間、部屋で休むことになった。
部屋の中で一人になったミリアムは、ソファーに身を沈めてほっと息を吐いた。
(そうだ、トランク!)
ハッと気が付き、続き部屋になっているクローゼットの隅に置かれていたトランクを見つけ、大切に中身を一つずつ取り出した。
母の魔法書とばあやの片眼鏡、それにポーリー特製の櫛。ファンベルスの邸から何とか持ち出せた、ミリアムの掛け替えのない宝物だ。
魔法書をそっと開き、そこに挟まっていたニルスはまだ両方の羽で口元を押さえている。その健気な姿を見て思わず笑みが零れて緊張が解れた。
「ニルス、閉じ込めてごめんなさいね。でももう大丈夫よ。ここでは自由におしゃべり出来るわ」
羽を広げて、ぱあっと明るい顔をしたニルスが目を見開いて言った。
「わあ、ミリアムとっても綺麗だよ! 」
その言葉にありがとうと応えると、ニルスは続けて言った。
「やっと沢山お話しが出来るんだね! ぼく、一生懸命お手伝いするからね」
胸を張ってぱたぱたと羽ばたきするニルスに、早速お願いすることにした。
「あのね、ニルス、私ちょっと疲れてしまって少し眠ろうかと思うの。誰か来たら起こしてもらえないかしら。おしゃべりが出来ずにごめんなさい」
ニルスは、少し心配そうにミリアムを覗き込んで言った。
「うん、ゆっくり休んで。本当にずっと大変だったもんね」
このままうたた寝してしまったら、誰か来てもきっと気付かずに眠り続けてしまうと思い、頑張って起きておこうと思っていたのだ。早速顔の横にニルスを置いてひと眠りすることにした。こんなに安心して眠りに落ちたのはどのくらいぶりだろう。
◆◆◆
『さあ、ミリアム、今日はどの絵本を読もうかな?…』
そう優しく声を掛けられ、見上げた父の顔は影になっていてよく見えない。
『ミリアム、十四歳の誕生日おめでとう!…』
そう言って差し出されたのは、ミリアムの瞳によく似た石を使った品の良い指輪だった。数か月前の父の誕生日に贈ったカフスボタンとお揃いが嬉しくて、ありがとうございますと見上げた父の顔も影になっていて表情が分からない。
顔に触れる何かに気付いて目を開くとニルスが泣きそうな顔で覗き込んでいるのが見えた。頬を触ると涙の跡がある。ああ、夢を見ていたんだ。
夢の中でも、もう父の優しい顔は思い出せなくなっている。解呪して元に戻った父を、またお父様と呼べるだろうか。締め付けられる様な思いを振り払う様に、ミリアムは心配するニルスに笑顔で声を掛けた。
「大丈夫よ、ニルスが傍に居てくれたから、怖い夢はどこかに行ってしまったわ」
呼ばれた夕食の後のお茶の時間に、ミリアムはニルスを皆に紹介した。ニルスは羽をぱたぱた動かして自己紹介をした。
「ぼくはニルスだよ。アグネスにミリアムを守ってあげてねって頼まれたんだ!」
皆がにこやかにニルスを見つめている中、エルネストがニルスに言った。
「ここではミリイと名前を変えたんだ。ニルスもミリイと呼ぶようにしてくれ」
「うん、わかった! アグネスもミリィって呼んでたんだよ」
そう言ってぱたぱた羽を動かしているニルスを、青い瞳に纏わせた銀の光を強くして見つめていたウィレムがエルネストに問いかけた。
「訓練してミリィ嬢の使い魔にするのはどうでしょう。信頼関係も強いし、守護魔法も付与されているので最適だと思うのですが」
そう言われたエルネストは、ミリアムが物問いたげにこちらを見ているのに気が付いた。そうだ、国を出た魔法使いは使い魔を持てないのだ。
ミリアムに笑顔を向けて頷き、エルネストの肩に金の光が集まったかと思うとそこに真っ白なミミズクが姿を現した。
同時に、ウィレムの足元には銀の光が集まり、みるみる形を変えたかと思うと黒猫が姿を現した。
をれを見ていたマーシュも、手のひらに金の光を集めて、小さな王冠を頭に乗せたミツバチを出現させて得意げにミリアムを見上げている。
目を瞠るミリアムにエルネストが告げた。
「魔法使いは皆使い魔という魔法動物を持っていて、信頼関係を築く事で守護の力を発揮して色々と手助けをしてくれるんだ」
そう言って彼らを紹介してくれた。エルネストのミミズクは『ルミナ』ウィレムの黒猫は『ノクス』、マーシュのミツバチは『レジナ』だそうだ。
そして、魔法使いではないはずのウルリカの肩には、小さなリスが乗っている。
「ウルリカのリスは『グラン』と言う。アグネスの使い魔だったが、嫁ぐときに守護魔法を掛けてウルリカに譲ったんだ。ウルリカが使役することは出来ないし普段は姿を現す事は無いが、きちんと守役を務めてくれている。ウルリカに何かあれば即座に私とマーシュに伝わるようになっているんだ」
ミリアムが目を輝かせて使い魔たちに挨拶をし、なんて素敵なのと声を掛けると、ノクスとグランがウィレムとウルリカから離れてミリアムの膝に乗って甘え始めた。抱き上げられて頬ずりされる様子を、ウィレムは銀の光を強くした碧い瞳を細めてまばたきせずに見つめている。ニルスがきらきらした目で見つめているのに気づいたミリアムは、エルネストにお願いした。
「お義父様、ニルスを使い魔にする方法を教えてください」
手のひらにニルスの絵を乗せ、ゆっくりと魔力で包んでいく。絵の中から浮かび上がるイメージをどんどん膨らませて行くと、立体の映像のようなニルスの姿が空中に浮かび上がった。
その映像に魔力を注ぎ込むように言われて金の光の粒を送り込んでいくと、透けていたニルスの体が徐々に実体を帯び始め、本物の小さなガチョウになってミリアムの手のひらの上に降り立った。
ミリアムと同じラベンダー色のつぶらな瞳に、同じ色の蝶ネクタイを付けたニルスは、自分の体を見回すと恐る恐る羽ばたいてみた。ふわりと浮き上がった体に、勢いを付けて力強く羽を動かした。
「みて!ミリイ! ぼく、飛べるよ!」
ミリアムの周りを嬉しそうに飛び回るニルスを愛おしそうに眺めるミリアムを、エルネストとウィレムが驚きを持って見つめていた。
「まさか、一度で出来ると思わなかった…」
エルネストは方法を教えるだけのつもりだった。これから実践を積んでから何度目かに成功出来れば良いと考えていたのだ。今まで使い魔を一度で出せた魔法使いは居なかったので驚きを隠せなかった。
「ミリィねえさま、すごいです! 」
尊敬の眼差しを向けるマーシュの顔を、ミリアムはニルスと一緒に覗き込んだ。
「まあ、凄いのはマーシュの方よ。六歳で使い魔を出せるなんて、本当に凄いわ」
そう言われてはにかんでいるマーシュとレジナの周りをニルスがぱたぱたと飛び回っている。
その日は疲れているだろうからと早めに解散する事になり、ミリアムは数か月ぶりに温かくふわふわの寝台でぐっすりと眠りに付いた。