【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。

始動!

次の日から、ミリアムの侯爵令嬢としての新しい日々が始まった。

使用人や侍女たちに傅かれ、午前中はウルリカ自らが家庭教師となって淑女教育を施され、午後はエルネストからの魔法の座学と、その後夕食までの間はマーシュと共に実践魔法の授業が行われる。

朝食の時間もウルリカの淑女教育の一環だ。あのほれぼれするような滑らかな所作を身に付けたいと、動きを全て真似する所から始めるが、当然真似すらも一朝一夕にはいかない。こればっかりは毎日の積み重ねが必要だ。自分ががさつになったようだと零したミリアムに、ウルリカは、ほほ、と上品に笑って『まだ初日よ』と慰めてくれた。

昼食後の座学にはウィレムも同席し、授業の初めに今までどうやって魔法を習得したのか質問された。

そこで、母の魔術書を見せながら説明した。日常会話では聞きなれないジラード語が多くあったため辞書を片手に解読した事、義母と義姉、父から身を隠すために、常に認識阻害の魔法を自らに掛けていた事、家具を売り払った事がばれないように、箱や布を集めて元の家具とそっくりに変える魔法をずっと使っていた事など、ニルスはミリアムの肩に止まって時折羽で目元を拭いながら頷いていた。

身を護る為に特に選んだ結界魔法と転移魔法、簡単な治癒魔法を習得していたと聞いた後、魔法封じの足輪を付けられて地下牢に入れられた下りを聞き、エルネストは驚愕と共に激しい怒りを露わにした。
ウィレムの眉間の皺も今まで見た中で一番深い。

「そんな連中に慈悲は必要ないな。必ず相応の報いは受けさせる」

そう言うと、エルネストはミリアムの肩に手を置き、優しく言った。

「それだけの魔法を一度に使っていたなど、どれほど過酷な状況だったかがよくわかる。本当によく頑張ったな。軽く聞いただけで通常の魔法使いの十年分の鍛錬に相当する。使い魔を一度で出せたのも当然だ」

座学では、魔法使いに付いてから学ぶことになった。

「魔法使い」は、代々ポラーニ家とフロード家の血筋から誕生する。必ず出現するという訳ではなく、六歳頃に顕現し、光に透かした時に瞳の色が変化する事で判断する。ポラーニ家は金の瞳に変化する事から「金の魔法使い」、フロード家は銀の瞳に変化する事から「銀の魔法使い」と表現される。魔法使いは直系だけに出現する訳ではなく、傍系の家に生まれる事もあり、どの様に現れるかは分かっていないという。
ちなみに、王妃はポラーニ家の傍系である伯爵家の三女だったという。特に強い魔力を持って生まれ、幼い頃から魔法に魅せられて研究に没頭していた才女だった。その才能と功績を認められて王妃となったのだそうだ。あの赤い美しい尾羽の鳥は王妃の使い魔で『ルビー』と言うそうだ。

そして、魔法を使う事は出来ないが、魔力を持って生まれる「魔力持ち」は、ポラーニ家とフロード家ゆかりの者だけではないという。
ミリアムの専属護衛になったダンリーの家はフロード家の傍系の一つだと聞いたのを思い出した。

魔力を持っているだけでは本人は気付かない事が殆どだそうだ。
しかしポラーニ家とフロード家の者傍系も含めて、全員が八歳の時に魔力持ちかどうかの判定を受ける。そして希望する者には特殊な訓練と課題を経て、認定されると魔法取り締まり官になる事が出来るのだと説明された。
その事はウルリカから少し聞いていたので、ばあやのポンヌフ夫人がそうだったと聞いた事と、ヒビが入ってしまった形見の片眼鏡をハンカチに乗せて二人に見せた。

「サマンサは本当によく仕えてくれた。もう少し落ち着いたら墓参りに行こう、ミリィが行けばサマンサも喜ぶだろう。その前に、この片眼鏡は修理しないと危ないな」

そう言ってエルネストが片眼鏡に手を翳すと、片眼鏡のヒビを埋めるように光の粒が集まったかと思うと、あっという間にヒビが消えて元通りになってしまった。

「凄いわ。なんて素敵なの…」

そう言ったミリアムに、エルネストはクスリと笑ってぽんぽんと頭を撫でた。

「これは修復魔法だ。治癒魔法の応用だからミリィもすぐに使えるようになる」

そしてエルネストの話は続く。使える魔法は魔力の多さに比例し、「魔法使い」と呼ばれる者の中から、王家の課題をクリアできた者を「魔法士」と呼ぶ。そして、その魔法士と魔法取り締まり官を束ねる長を「魔法士長」と呼び、現在その任をエルネストが負っている。

「ただし、魔法使いは良い事ばかりじゃない。中にはその魔法を使って違法な事をする者も居るんだ。だから、魔法使いは国の管理下に置かれて、存在は王家が管理している。その者たちの違法な行為を取り締まるのが、魔法取り締まり官の役目だ。特に国外へ移住する者に着いては必ず一定期間魔法取り締まり官が同行する事になっている。その片眼鏡と黒のローブが魔法取り締まり官の証だ。片眼鏡は本人の魔力に反応して、魔法使いの魔法から身を護る守護の魔法道具なんだ」

そう言って開け放ったサロンの入り口に控える護衛のダンリーに視線を向けた。

そして、現在魔法使いとして登録されているのは、ポラーニ家とフロード家を合わせて九名で、新たに加わったミリアムを合わせて十名だという。
その中で魔法士に認定されているのは、王妃とエルネスト、ウィレムともう一人の「銀の魔法使い」は国王の近衛騎士の中に居るのだと聞かされた。
魔法士はそれぞれ出自の家門の色のローブを纏っている。ポラーニ家の色は紫系と金、フロード家は碧系と銀だ。

今回の魅了に関しては、魔力持ちの中の特殊な例だそうだ。スヴェンとダンリーが偶然見つけたように、本人たちは気付いていない事が殆どで、見つけ次第魔法封じを施す事になっている。
遠い過去には強い魅了の魔法で王族が篭絡され、国の根幹が揺るいだことがあると記録が残されており、その轍を踏まぬように魔法取り締まり官の制度が設立されたそうだ。

そして最後に、魔法士の認定課題について説明された。
課題は三つ、一つ目は使い魔を出現させて信頼関係を築く事。これは既にクリアできている。ミリアムは肩に乗って一緒に説明を真剣に聞いているニルスをそっと撫でた。

二つ目は、転移魔法。有事の際に王族や要人、自らも緊急の対応に当たる為に移動をするほか、彼らを護る為に移動させる事もある。認定基準は、三人以上を一度に国境から王都まで移動させる事だ。

そして三つ目は治癒魔法。これが一番の難関だ。ミリアムも魔法書で学んだ時に難しいと感じたのだ。

転移魔法に付いても、そんなにたくさんの人を移動させることが出来るのかと不安になった。その事を口にすると、魔力の集め方にコツがあるのだと言われた。

まあ、今日は初日だからこの位にしようと言われ、気づけばもう午後のお茶のの時間だった。時間は沢山あるのだからあまり根を詰めすぎないようにとエルネストに笑いながら言われて、初めての座学の時間は終了した。

午後のお茶の後はウィレムの魔法の実践授業だ。今日は初日という事で、マーシュの可愛い魔法をたくさん見せてもらっった。
母に楽しく魔法を教えて貰っていた頃を思い出して懐かしかった。
最後にお花畑に案内してもらって、マーシュの仲良しのお花さんたちに紹介してもらった。

三人の使い魔のガチョウのニルスと黒猫のノクトと女王蜂のレジナはすっかり仲良しで、お花畑の周りで楽しそうに遊んでいる。

そう言えば、私が初めて魔法に触れたのはおしゃべりするお花さんだったのよとマーシュに話すと、マーシュはとても嬉しそうに言った。

「わあ、ぼくもミリィねえさまとおなじなんだ!お花さんとおはなししたのが、はじめてのまほうだったんだよ!」

きらきらした目でお花さんたちから聞いた話をたくさん教えてくれた。
ああ、なんて可愛いの!

その間、ウィレムは相変わらずまばたきせずにじっとミリアムを見つめていた。

(目が乾かないのかしら。それよりも、やっぱりちょっと怖いんですけど…)

一度目が合ってしまうと、逸らすきっかけがつかめないミリアムは、出来るだけウィレムの目を見ないように心がける事にした。

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