【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。

作戦会議

次の日の朝食後のお茶の時間、エルネストから新聞を手渡された。
そこには大きな見出しと共にファンベルス領で起きた悲劇に付いての記事が書かれており、ミリアムの肖像画と共に、霊廟の前で泣き崩れるかつての使用人たちの写真が掲載されていた。
その写真の隅に小さく写っている、目元にハンカチを当てた女性にミリアムの目は釘付けになった。その女性の側には肩を抱く男性も写っている。

良かった! 二人とも無事だった。連絡は取り合えなくても、こうして姿が垣間見えただけでホッとした。そして、皆の悲しむ姿を見てやはり心が痛んだ。

そして昼食後のエルネストの座学の時間に、エルネストの使い魔であるミミズクのルミナが手紙を咥えて現れ、その手紙にエルネストが目を通していると、あの深紅の長い尾羽を優雅に揺らした美しい小鳥、王妃の使い魔 ルビー が現れ、ぱかと口を開けて言葉を発した。

『急ぎ登城すように』

エルネストとウィレムに、今回はウルリカも一緒だ。
四人は小鳥に先導されて王宮に移動した。
面会では前回の顔ぶれと同じだったが、今回は謁見室ではなく応接室の一つで皆がソファーに座っている。

「手紙に書いた通り、あの三人が亡くなったと報告があった」

報告書を手にした王弟の言葉に驚いて顔を向けたミリアムに、彼は重ねて言った。

「あくまでそう報告されただけだ。恐らくその事実はない。護送の途中で急激な苦しみに見舞われたと医者を呼んだことは事実で、その事は確認している。しかし到着した時には亡くなったと告げられたそうだ。尋常ではない苦しみ方で突然亡くなったために、恐ろしい病気ではないかという事になり、遺体を確認せずに馬車ごと火葬にしたと報告されている」

王弟はもう一つの報告書を取り上げて読み上げた。

「あの三人を護送していた衛士たちの報告書だ。あの後、伝染病の可能性があると暫く隔離されていたのだが、隔離を解かれた後に急に羽振りが良くなって豪遊している。そこで調査した結果、二人が金のカフスボタンを売っていたことが分かった」

そう言ってテーブルの上に置かれたカフスボタンに、ミリアムは見覚えがあった。

「父のカフスボタンで間違いありません。裏にファンベルスのマークである、繭を三つ組み合わせた刻印があるはずです」

王太子が手に取ってカフスボタンの裏を確認すると、そこにはミリアムの言った通りの刻印がされていた。

「謁見の後、即座に三人を引き離しておくように連絡をしたんだが、現場に伝わった時にはもう出発していたそうだ。まんまと逃げおおせたという事か」

王太子はカフスボタンを確認した後、テーブルに地図を広げて説明を始めた。
新聞で大々的に知らされたこともあるし、顔も知られているからアルハイト国に留まっている可能性は極めて低い。
そして、馬車の位置から考えると、関所を通らずにジラード国入りすることが可能であると、とあるルートを示した。

「険しい山道なので人が通れると判断していなかった場所でした。一年ほど前に抜け道として報告されてから、警備を強化して関所の開設を急いでいた所です」

腕組みをして報告を受けていた国王が口を開いた。

「我が国に紛れ込んだ可能性が極めて高いという事だな。その後の報告はあるか」

その問いには王太子妃が応じた。

「はい、昨日のお茶会で気になる話を耳にしました。ルノン伯爵夫人が、父であるヴィエニャフスキ侯爵が突然得体の知れぬ母娘と従者を家に連れて来たと周囲に話しているとの事です。本人が参加していないお茶会でしたのでそれ以上の情報はまだ得られていませんが、可能性は高いかと」

王妃の肩に、あの深紅の小鳥が尾羽を揺らして現れた。口に手紙を咥えている。

「ウルリカ様、ミリィ嬢、急で申し訳ありませんが、明日のお茶会にルノン伯爵夫人が参加するそうですので、話を聞いてきてもらえませんか? これはその招待状です」

招待状を受け取って家名を確認したウルリカは、頬に手を当てて言った。

「ああ、ここのお家は王太子妃様が急に参加するとなると大騒ぎになりますわね。
お任せくださいませ。娘の自慢をしに行ってまいりますわ」

そう言って優雅に笑ってミリアムに笑顔を向けた。

次の日のお茶会で、ミリアムはウルリカの圧倒的な存在感を見せつけられる事になった。馬車寄せに到着するや否や、主催の伯爵家の夫妻が直々に出迎えて恭しく馬車からエスコートし、下にも置かぬ扱いを受けている。社交界を掌握するとはこういうことを言うのだ。

お陰でミリアムも一躍時の人になった気分だった。

一通り挨拶を済ませた後、お目当てのルノン伯爵夫人を紹介してもらって話を聞いた。
突然連れて来た女二人と従者を重用し、苦言を呈する古参の使用人たちを遠ざけているという。
知らせを受けたルノン夫人が後継として可愛がっていた長男を連れて邸を訪れても、邪険に追い払われて、以降は面会も敵わないというのだ。
しかも先日婚姻届けまで提出して、養女に婿を取るとまで言い出す始末だと涙を浮かべながら話してくれた。一緒に連れて来た従者の頭の特徴を話すと、そうだと答えが返って来た。

間違いない、あの二人と父だ。

身に覚えのある内容ばかりで、辛かった当時を思い出したミリアムは、思わずルノン夫人の手を取って励ました。

「必ず目を覚ましてくれる時が来ます。どうかお手伝いさせて下さいませ」

『必ず目を覚ましてくれる時が来る』

あの頃、何度そう思って自分を励していただろう。父はもう無理かもしれないが、ルノン夫人のお父上ならきっと、そう強く願ったミリアムだった。


◇◇◇
お茶会の報告の為、王宮に集まった面々は、今後の事を話し合っている。

「ねえ、ミリィ、ヘンドリックスの薄毛って、ハートの形なの?」

扇子で口元を隠したウルリカの発言に、皆が一斉にミリアムを見た。

ルノン夫人に確認した時に聞いた言葉をバラされてしまった。
目を泳がせて『はい』と答えたミリアムに、皆が笑いを誤魔化すための行動を取る中、国王は声を立てて笑って聞いて来た。

「なんでハート形なんだ?何か理由があるのか?」

「母の見解ですが、恐らく、母と私の父への愛情の証ではないかと…実際、その形を見て母も私も和んでおりましたので…」

そう言ったミリアムに、皆が温かい目を向けた。王妃と王弟妃はほっこりした顔で囁き合っている。

「アグネスならそうよねえ」

「それで本気で解呪しなかったんじゃないかしら?」

それはさておきと、咳払いした王弟が話を続けた。

「居場所が分かったし、ルノン伯爵夫人の協力も仰げるから、解呪自体は簡単だと思うが、精神的に操られているヴィエニャフスキ侯爵とヘンドリックス殿が気がかりだ。それに、籍を入れてしまっている事が厄介だな。
侯爵夫人と令嬢にはおいそれと手出しは出来ないし、仮にヴィエニャフスキ侯爵が正気に戻って二人を追い出したいと思っても、自ら提出した書類を取り下げるために裁判になる可能性が高い。
魔法は公にされていないし、魅了魔法で騙されていたと言っても、その証明は難しいだろう。
無理に離婚して多額の慰謝料を払う事になるのも業腹だろう」

それを聞いたウルリカが言った。

「今度の夜会は、ミリィのお披露目をメインとするのはいかがかしら。
デビューと共にミリィの魔法使いとしての力量を披露する場とすると周知するの。
元々魔法を公にしている高位貴族家だけの招待だったのなら可能だと思うのだけれどどうかしら。
その場で魅了を解除して本性を暴き、そのまま地下牢へ転移魔法で送ってしまうのを演出としてしまえば、魅了に限らず魔法を違法に利用すればこうなるという牽制にもなるのではないかしら?」

顎に手を当てて考えていた国王も身を乗り出して聞いている。

「それなら、ヴィエニャフスキ侯爵の離婚に関しても危険な魅了魔法で騙されていたと周知できるから異を唱える者も居ないでしょう」

王太子もそう言って考え込んでいる。
その様子に、ウルリカが重ねて発言した。

「その女たちの容姿って、ヘンドリックスの影響で底上げされてるのでしょう?」

王弟が資料をめくって頷いた。

「そうですね。ヘンドリックス殿と引き離してすぐに女二人の容姿は衰えて言ったようです。しかし、護送していた数日の間に別人のように整ったと報告されていますね」

ウルリカと王妃と王弟妃が顔を見合わせて頷き合っている。

「わたし、その女たちがとても許せないのよ。自分のしたことの報いは受けなければいけないわ。夜会でもっと容姿を底上げして、特別扱いで有頂天にさせておいて、そこから衆目を集める中で一気に解呪するというのはどうかしら?」

それを聞いたエルネストは腕を組んで考え込んだ。

「先ずは三人の魔法の状態を確認する事が肝心だ。むやみに魔法を掛けて思わぬ弊害があってはいけない」

その言葉を引き取って、ウィレムが言った。

「どうにか接触して確認したいですね。ルノン夫人に、あの二人が立ち寄りそうな場所を教えて貰えないでしょうか」

それなら、とウルリカが言った。

「最近できた『デパート』に毎日通ってドレスや宝石や家具まで買い漁っているそうよ」

ウルリカに押し切られたきらいはあるが、その方針にほぼ決まり、ウィレムが率先して情報収集に乗り出した。

「ミリィ嬢はあの二人にも、ましてやヘンドリックス殿に見とがめられないとは限りません。ポラーニ侯爵もヘンドリックス殿と面識がおありでしょう。そうなると動けるのは私だけです」

そう言って毎日デパートに偵察に出かけていた。
そしてついに、ヴィエニャフスキ侯爵と後妻と養女、従者のヘンドリックスに遭遇する事が出来たと報告があった。

「私の所見ですが、ヘンドリックス殿の自己暗示はかなり精神的な負担になっているかもしれません。仮にも伯爵位に在った男性が、衆目のある場所で夫人に打擲されて地面に頭を擦り付けて謝罪させられていてもうっとりした顔で神妙に言う事を聞いているのです。正直衝撃でした」

それに、と、側に居たダンリーに目を向けると、ダンリーはあの片眼鏡を掲げて説明を始めた。

「この片メガネは、本来魔法の痕跡を見るための物なのですが、それだけでなく魔法で姿を変えた物の本来の姿も見える様です。これを通してみたあの二人はまるで別人でした」

しかし、と付け加えたダンリーの言葉に、皆は一様に驚いた。

「私が見つけた頃のあの二人は、今日見た二人ほど見すぼらしくはありませんでした。たった数年でかなり老け込んだ印象です」

それを聞いたウィレムが付け加えた。

「もしかすると底上げした分反動が大きいのかもしれません」

ウルリカが扇子で口元を隠して言った。

「罰としてはちょうど良いではありませんか。自身の美しさの絶頂から老いさらばえて老婆の様になった姿を衆目に晒すのだもの」

因果応報だわと呟いている。
ウィレムははやりヘンドリックスとヴィエニャフスキ侯爵の精神状態が気がかりの様で、それは今から少しずつ解呪いしておいた方が良いと提案した。

エルネストもそれには賛成だが、ミリィを彼らに近づける事には難色を示した。

「では、私が出来るだけ彼らの出先に出向いて精神魔法の緩和を行いましょう。それなら、解呪後に精神錯乱を起こすリスクが減ります」

それを聞いたミリアムはウィレムに言った。

「それではフロード先生のご負担が大きすぎます。何かほかに方法は無いでしょうか」

そう言ったミリアムにウィレムは銀を纏ったあの碧い瞳を向けた。

「ミリィ嬢はご心配なさらず。これは私の務めです」

そう言って相変わらずまばたきをせずにミリアムをまっすぐに見つめている。
はやり目を逸らすタイミングを失ったミリアムはウィレムと見つめ合っている。
それを見たウルリカが助け舟を出した。

「大丈夫よミリィ、ここはウィレムに任せましょう? 次期魔法士長の采配の見せ所だわ」

ウィレムの所見とここでの話し合いをルノン夫人にも話して協力を求めなくてはいけない。ヴィエニャフスキ侯爵家の令嬢であり、次期ヴィエニャフスキ侯爵の母となるルノン夫人は、魔法使いの存在を知っているので相談は容易い。

後は、魔法の解呪をどう演出するか。
それにはウルリカと王妃と王弟妃が張り切って意見を出し合ってくれた。
夜会まではもう間もなく。
忙しさで父のことを思い悩む時間が減る事がありがたかった。



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