【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。
エスコート
その夜のサロンで、エルネストとウルリカがミリィのエスコートや?を誰にするか話しているのを聞き及んだウィレムが名乗りを挙げた。
「ぜひ私にエスコートをさせてください」
そう言ったウィレムに、ウルリカが直球で聞いた。
「貴方、どなたかにエスコートの申し込みをした事があるの?」
思わず怯んだウィレムに、ウルリカは言い渡した。
「きちんと紳士的に申し込みが出来ないなら認めません。夜会までまだ二週間ああるわ。その間に何とかなさい。貴方、怖がられているのよ?」
そう言われた日から、ウィレムはエルネストの指導の下、毎日鏡の前でエスコートの申し込みの練習をすることが日課になった。
しかも、怖がられていると言われた言葉は衝撃で、意識すると余計にぎこちない態度になってしまう。
何とかしようと侍女やニルスを捕まえては、ミリィ嬢の好きな事や好きな食べ物は何か聞いて回ったりしているが、恋愛経験が皆無のウィレムには、こそから一体どうしていいのか分からなったのだ。
ある日ぱたぱた飛んでいたニルスを捕まえると自室に引っ張り込み、ミリアムの事を根掘り葉掘り質問攻めにした。
ミリアムの事ならなんだっておしゃべり出来るニルスは喜んで話に付き合っていて思わず聞いてしまった。
「ウィレム先生は、ミリィの事が好きなんでしょ? みんなそうだって言ってるよ! でもなんで好きですって言わないの?」
こてんと首を傾げてニルスに顔を覗き込まれたウィレムは真っ赤な顔で固まった。
「ウィレム先生はミリィの事が好きなんだよって、ぼく、言ってあげようか?」
その言葉に弾かれたようにニルスを掴んだウィレムは、銀色に光る眼でニルスを見据えて言った。
「絶対に言うな!そんな大事なことは自分で伝える。もしお前が言った事が分かったら羽を全部毟るからな」
きゃーと悲鳴を上げてウィレムの手から逃れたニルスは、絶対言わないと言いながらぱたぱたと羽ばたいて急いでウィレムの部屋から逃げ出した。
その頃、マーシュとお花畑でお花たちの世間話を聞きながらお茶をしていたミリアムは、一輪のお花に内緒話をするようにこっそり囁かれた。
「ほら、ここに居る何とかいう魔法の先生が居るでしょう? あの先生ったらね、鏡の前でパーティーのエスコートの申し込みを練習してるらしいわよ。それも毎晩、うふふ」
と笑うそのお花の、のぞき見が成功したみたいな含み笑いを呆れて見ていた。
でも、フロード先生がそんなことしてるなんて、きっと笑顔ではないわよねと頭の中で妄想を繰り広げ、鏡に映る真剣な顔と、あの銀の光を纏った碧い瞳が誰かほかの令嬢に向けられている所を想像して、ツキンと胸が痛んだ。
嫌だ。 私、フロード先生が他の女の人にあの美しい瞳を向けるのを見たくない。
◇◇◇
「夜会のエスコート役は私だ」
いつもの無表情で、いつもの様にまばたきをせず、でも、いつもより鋭い視線で銀の光を纏った碧い瞳を向けられてぶっきらぼうに言われた。
エスコートの申し込みを練習していると聞いていたミリアムは、そのウィレムの態度に心臓が嫌な音を立てた。
ああ、フロード先生には誘いたい方が他にいらしたのね。そんなに嫌なら断って欲しかったと、笑顔でお礼を言いながら、泣きたい気分になって来た。
私、フロード先生のことが好きなんだ。あの時、なんで気付いてしまったのかしら思うと、急に悲しくなってしまった。
初めて好きになった人に他に想い人が居るなんて、フロード先生への気持ちなんて気が付かなければよかった。あんな想像するんじゃなかった。
好きな人から向けられた、エスコートを告げるあの冷たい態度がこんなに苦しいなんて、知りたくなかった。
頑張って笑顔を貼り付け、お願い致しますと答えたミリアムを見て、ウルリカは扇子で顔を隠してため息を吐き、エルネストは額に手を当てどこか痛そうな顔をしている。
その場にいたたまれず、用事を思い出したといって部屋に戻って来たミリアムは、涙ぐんでいる所をニルスに見つかってしまった。ニルスは慌てて羽をぱたぱたさせて心配そうにミリアムの周りを飛んでいる。
「どうしちゃったの、ミリィ? どこか痛いの?」
ミリアムは、エスコート役がウィレムになった事、でもウィレムには想い人が居て、エスコートの申し込みを練習していたことをお花たちから聞いた事や、それなのに仕方なくミリアムをエスコートすることになって、だからあんなに怖い顔で冷たく伝えられたのねと、ぽつりぽつりとニルスに話した。
「フロード先生に申し訳ない事をしてしまったわ」
ウィレムの想い人がミリアムだという事は、邸中の誰もが知っている。何なら王家の人々だって知っている。それほど分かりやすいはずなのに、ミリアムだけが分かっていない。
(何やってるんだよ、ウィレム先生! ぼくには自分で言うから言うなって言っておいて、まだちゃんと好きだって言ってないなんて。でもぼくが言っちゃうと羽を毟られちゃうし…。でも、ミリィを泣かせるなんて許せない、おくさまに言いつけちゃおう!)
「ミリィ、泣かないで。ウィレム先生は仕方なくなんて思っていないよ。だって、ヘンドリックスさんの解呪だって、あの二人の罰の事だって、ウィレム先生はミリィのために一番一生懸命頑張ってるよ。ね? だから元気を出して」
肩に止まってすりすりと頬ずりをして慰めると、ミリアムも顔を上げた。
「そうね、フロード先生は本当に力になってくれてるわよね。せっかく先生も皆さんも協力してくれているのに、私がこんな事では計画が失敗してしまうわ。
先生に好きな方がいてもこの件には関係ないのに。私ったら、恥ずかしいわね」
そう言って項垂れたミリアムを見たニルスは、元気を出してと言って羽で優しくミリアムの頭をなでた。
「ぼく、お菓子を貰ってくるね。お茶を淹れて貰って一緒に食べよう」
そう言って、部屋を出て急いでサロンに飛んでいった。
◇◇◇
一方、ミリアムが去ったサロンでは、ウルリカが相当なお冠だった。
「貴方、エスコートの申し込みを練習してるって言ってたわよね? なのに、何なの?あれがエスコートの申し込みなの? 私があんな申し込みをされたら即座に断っているわ」
ウルリカの後ろで侍女チームが大きく頷いている。やってしまった事に落ち込んでいたウィレムにはその言葉は追い打ちだった。返す言葉もない。
「おくさまー」
そう言ってぱたぱたと飛んでサロンに入って来たニルスがウルリカの肩に乗って何やら囁いている。
それを聞いて小さく『まあ!』と声を上げたウルリカは、項垂れるウィレムにキッと鋭い視線を向けると、閉じた扇子をびしりと突き付けて言った。
「ミリィは泣いていたそうよ。もういいわ。貴方にはミリィは任せられません。エスコートを降りて計画に専念なさい。ミリィの相手として私の甥を招待することにします」
その言葉に勢いよく顔を上げたウィレムに向かってウルリカはとどめの言葉を口にした。
「貴方みたいな男を『ヘタレ』と言うそうよ」
ウルリカはそう言い残してニルスを肩に乗せたまま部屋を出て行ってしまった。
ウルリカの甥と言えば隣国リンドホルム公国の公子だ。
確か三兄弟で嫡男以外はまだ婚約者がおらず、ミリィとも年が近い。
もしも相手がミリィを見初めて望まれれば、次期魔法士長と期待されてジラード王家の覚えがめでたいとはいえ、現在はまだ伯爵令息のウィレムに太刀打ちできる相手ではない。
顔色を悪くしてウルリカと侍女チームの後ろ姿を見送るだけのウィレムに、エルネストも首を横に振ってため息を吐いている。
そうして三日後、リンドホルム公国の第三公子がポラーニ侯爵邸に到着した。
ウルリカは本当に甥を招待してしまったのだ。
呆然と事の成り行きを見るだけしか出来ないウィレムの目の前で、第三公子は実に優雅にミリィにエスコートの申し込みをした。
「ミリィ・ポラーニ侯爵令嬢、明日の王宮の夜会で是非私にエスコートの栄誉を頂けませんか?」
ミリィの手を取り、輝くような笑みを向けられたミリアムは、軽く膝を折ってその申し出を受け入れた。
「お申し出、光栄でございます。お受けいたします」
ウルリカから、エスコート役の交代を告げられていたミリアムは、第三公子の申し込みを美しい所作で受け入れた。
エスコートの申し込みから承諾までの一連の流れの間、ずっとミリアムに向けられていたウィレムの銀色の光を纏った碧い眼差しを肌で感じながら、これでウィレムは想い人にエスコートの申し込みが出来るのだ、これで良かったのだとミリアムは自分に言い聞かせていた。
その夜、ウィルムがミリアムの部屋を訪れた。
ノックと共に声を掛けられ、驚いて扉を開けたミリアムに、ウィレムは部屋に入ることなく扉の外に立ったまま、ラベンダーと碧の小さな宝石があしらわれた耳飾りを渡した。
「明日の夜会でこの耳飾りを付けて欲しい。結界魔法を強化できるように魔力を込めているから、何かあればこの耳飾りに触れてくれ。必ずミリィ嬢を守ってくれる」
そう言ったウィレムにお礼を言ったミリアムは、さり気なく
『フロード先生のお相手はどんな方ですか?』
そう聞いてみたい衝動に駆られたが、いざ口を開こうとすると鉛のような重苦しさが喉にこみ上げ、うまく声にすることが出来なかった。
ミリアムは、何も言わずに見つめるウィレムの銀の光を纏った碧い瞳から目を逸らす事が出来ず、暫く見つめ合っていた二人だったが、足元にふわりとした温かさが触れたことに気付いたミリアムが目を向けると、ノクトが甘えるように体を摺り寄せてこちらを見上げていた。ミリアムは笑顔を向けてノクトに声を掛けた。
「ノクトも、明日はよろしくね」
にゃあん、と可愛い声で返事をしたノクトはウィレムの足元へ移動すると、じっとウィレムを見上げている。
ウィレムはノクトに目を向けると、ミリアムに『お休み』とだけ声を掛けて部屋を後にした。
手のひらに乗せられた耳飾りの宝石は、ミリアムとウィレムの瞳の色を寄り添わせたようにデザインされている。その耳飾りを寝台のサイドテーブルに乗せ、ミリアムは眠りに付いた。
「ぜひ私にエスコートをさせてください」
そう言ったウィレムに、ウルリカが直球で聞いた。
「貴方、どなたかにエスコートの申し込みをした事があるの?」
思わず怯んだウィレムに、ウルリカは言い渡した。
「きちんと紳士的に申し込みが出来ないなら認めません。夜会までまだ二週間ああるわ。その間に何とかなさい。貴方、怖がられているのよ?」
そう言われた日から、ウィレムはエルネストの指導の下、毎日鏡の前でエスコートの申し込みの練習をすることが日課になった。
しかも、怖がられていると言われた言葉は衝撃で、意識すると余計にぎこちない態度になってしまう。
何とかしようと侍女やニルスを捕まえては、ミリィ嬢の好きな事や好きな食べ物は何か聞いて回ったりしているが、恋愛経験が皆無のウィレムには、こそから一体どうしていいのか分からなったのだ。
ある日ぱたぱた飛んでいたニルスを捕まえると自室に引っ張り込み、ミリアムの事を根掘り葉掘り質問攻めにした。
ミリアムの事ならなんだっておしゃべり出来るニルスは喜んで話に付き合っていて思わず聞いてしまった。
「ウィレム先生は、ミリィの事が好きなんでしょ? みんなそうだって言ってるよ! でもなんで好きですって言わないの?」
こてんと首を傾げてニルスに顔を覗き込まれたウィレムは真っ赤な顔で固まった。
「ウィレム先生はミリィの事が好きなんだよって、ぼく、言ってあげようか?」
その言葉に弾かれたようにニルスを掴んだウィレムは、銀色に光る眼でニルスを見据えて言った。
「絶対に言うな!そんな大事なことは自分で伝える。もしお前が言った事が分かったら羽を全部毟るからな」
きゃーと悲鳴を上げてウィレムの手から逃れたニルスは、絶対言わないと言いながらぱたぱたと羽ばたいて急いでウィレムの部屋から逃げ出した。
その頃、マーシュとお花畑でお花たちの世間話を聞きながらお茶をしていたミリアムは、一輪のお花に内緒話をするようにこっそり囁かれた。
「ほら、ここに居る何とかいう魔法の先生が居るでしょう? あの先生ったらね、鏡の前でパーティーのエスコートの申し込みを練習してるらしいわよ。それも毎晩、うふふ」
と笑うそのお花の、のぞき見が成功したみたいな含み笑いを呆れて見ていた。
でも、フロード先生がそんなことしてるなんて、きっと笑顔ではないわよねと頭の中で妄想を繰り広げ、鏡に映る真剣な顔と、あの銀の光を纏った碧い瞳が誰かほかの令嬢に向けられている所を想像して、ツキンと胸が痛んだ。
嫌だ。 私、フロード先生が他の女の人にあの美しい瞳を向けるのを見たくない。
◇◇◇
「夜会のエスコート役は私だ」
いつもの無表情で、いつもの様にまばたきをせず、でも、いつもより鋭い視線で銀の光を纏った碧い瞳を向けられてぶっきらぼうに言われた。
エスコートの申し込みを練習していると聞いていたミリアムは、そのウィレムの態度に心臓が嫌な音を立てた。
ああ、フロード先生には誘いたい方が他にいらしたのね。そんなに嫌なら断って欲しかったと、笑顔でお礼を言いながら、泣きたい気分になって来た。
私、フロード先生のことが好きなんだ。あの時、なんで気付いてしまったのかしら思うと、急に悲しくなってしまった。
初めて好きになった人に他に想い人が居るなんて、フロード先生への気持ちなんて気が付かなければよかった。あんな想像するんじゃなかった。
好きな人から向けられた、エスコートを告げるあの冷たい態度がこんなに苦しいなんて、知りたくなかった。
頑張って笑顔を貼り付け、お願い致しますと答えたミリアムを見て、ウルリカは扇子で顔を隠してため息を吐き、エルネストは額に手を当てどこか痛そうな顔をしている。
その場にいたたまれず、用事を思い出したといって部屋に戻って来たミリアムは、涙ぐんでいる所をニルスに見つかってしまった。ニルスは慌てて羽をぱたぱたさせて心配そうにミリアムの周りを飛んでいる。
「どうしちゃったの、ミリィ? どこか痛いの?」
ミリアムは、エスコート役がウィレムになった事、でもウィレムには想い人が居て、エスコートの申し込みを練習していたことをお花たちから聞いた事や、それなのに仕方なくミリアムをエスコートすることになって、だからあんなに怖い顔で冷たく伝えられたのねと、ぽつりぽつりとニルスに話した。
「フロード先生に申し訳ない事をしてしまったわ」
ウィレムの想い人がミリアムだという事は、邸中の誰もが知っている。何なら王家の人々だって知っている。それほど分かりやすいはずなのに、ミリアムだけが分かっていない。
(何やってるんだよ、ウィレム先生! ぼくには自分で言うから言うなって言っておいて、まだちゃんと好きだって言ってないなんて。でもぼくが言っちゃうと羽を毟られちゃうし…。でも、ミリィを泣かせるなんて許せない、おくさまに言いつけちゃおう!)
「ミリィ、泣かないで。ウィレム先生は仕方なくなんて思っていないよ。だって、ヘンドリックスさんの解呪だって、あの二人の罰の事だって、ウィレム先生はミリィのために一番一生懸命頑張ってるよ。ね? だから元気を出して」
肩に止まってすりすりと頬ずりをして慰めると、ミリアムも顔を上げた。
「そうね、フロード先生は本当に力になってくれてるわよね。せっかく先生も皆さんも協力してくれているのに、私がこんな事では計画が失敗してしまうわ。
先生に好きな方がいてもこの件には関係ないのに。私ったら、恥ずかしいわね」
そう言って項垂れたミリアムを見たニルスは、元気を出してと言って羽で優しくミリアムの頭をなでた。
「ぼく、お菓子を貰ってくるね。お茶を淹れて貰って一緒に食べよう」
そう言って、部屋を出て急いでサロンに飛んでいった。
◇◇◇
一方、ミリアムが去ったサロンでは、ウルリカが相当なお冠だった。
「貴方、エスコートの申し込みを練習してるって言ってたわよね? なのに、何なの?あれがエスコートの申し込みなの? 私があんな申し込みをされたら即座に断っているわ」
ウルリカの後ろで侍女チームが大きく頷いている。やってしまった事に落ち込んでいたウィレムにはその言葉は追い打ちだった。返す言葉もない。
「おくさまー」
そう言ってぱたぱたと飛んでサロンに入って来たニルスがウルリカの肩に乗って何やら囁いている。
それを聞いて小さく『まあ!』と声を上げたウルリカは、項垂れるウィレムにキッと鋭い視線を向けると、閉じた扇子をびしりと突き付けて言った。
「ミリィは泣いていたそうよ。もういいわ。貴方にはミリィは任せられません。エスコートを降りて計画に専念なさい。ミリィの相手として私の甥を招待することにします」
その言葉に勢いよく顔を上げたウィレムに向かってウルリカはとどめの言葉を口にした。
「貴方みたいな男を『ヘタレ』と言うそうよ」
ウルリカはそう言い残してニルスを肩に乗せたまま部屋を出て行ってしまった。
ウルリカの甥と言えば隣国リンドホルム公国の公子だ。
確か三兄弟で嫡男以外はまだ婚約者がおらず、ミリィとも年が近い。
もしも相手がミリィを見初めて望まれれば、次期魔法士長と期待されてジラード王家の覚えがめでたいとはいえ、現在はまだ伯爵令息のウィレムに太刀打ちできる相手ではない。
顔色を悪くしてウルリカと侍女チームの後ろ姿を見送るだけのウィレムに、エルネストも首を横に振ってため息を吐いている。
そうして三日後、リンドホルム公国の第三公子がポラーニ侯爵邸に到着した。
ウルリカは本当に甥を招待してしまったのだ。
呆然と事の成り行きを見るだけしか出来ないウィレムの目の前で、第三公子は実に優雅にミリィにエスコートの申し込みをした。
「ミリィ・ポラーニ侯爵令嬢、明日の王宮の夜会で是非私にエスコートの栄誉を頂けませんか?」
ミリィの手を取り、輝くような笑みを向けられたミリアムは、軽く膝を折ってその申し出を受け入れた。
「お申し出、光栄でございます。お受けいたします」
ウルリカから、エスコート役の交代を告げられていたミリアムは、第三公子の申し込みを美しい所作で受け入れた。
エスコートの申し込みから承諾までの一連の流れの間、ずっとミリアムに向けられていたウィレムの銀色の光を纏った碧い眼差しを肌で感じながら、これでウィレムは想い人にエスコートの申し込みが出来るのだ、これで良かったのだとミリアムは自分に言い聞かせていた。
その夜、ウィルムがミリアムの部屋を訪れた。
ノックと共に声を掛けられ、驚いて扉を開けたミリアムに、ウィレムは部屋に入ることなく扉の外に立ったまま、ラベンダーと碧の小さな宝石があしらわれた耳飾りを渡した。
「明日の夜会でこの耳飾りを付けて欲しい。結界魔法を強化できるように魔力を込めているから、何かあればこの耳飾りに触れてくれ。必ずミリィ嬢を守ってくれる」
そう言ったウィレムにお礼を言ったミリアムは、さり気なく
『フロード先生のお相手はどんな方ですか?』
そう聞いてみたい衝動に駆られたが、いざ口を開こうとすると鉛のような重苦しさが喉にこみ上げ、うまく声にすることが出来なかった。
ミリアムは、何も言わずに見つめるウィレムの銀の光を纏った碧い瞳から目を逸らす事が出来ず、暫く見つめ合っていた二人だったが、足元にふわりとした温かさが触れたことに気付いたミリアムが目を向けると、ノクトが甘えるように体を摺り寄せてこちらを見上げていた。ミリアムは笑顔を向けてノクトに声を掛けた。
「ノクトも、明日はよろしくね」
にゃあん、と可愛い声で返事をしたノクトはウィレムの足元へ移動すると、じっとウィレムを見上げている。
ウィレムはノクトに目を向けると、ミリアムに『お休み』とだけ声を掛けて部屋を後にした。
手のひらに乗せられた耳飾りの宝石は、ミリアムとウィレムの瞳の色を寄り添わせたようにデザインされている。その耳飾りを寝台のサイドテーブルに乗せ、ミリアムは眠りに付いた。