【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。

夜会

王宮の夜会当日、いよいよ決着の日だ。

夜会のための準備は、朝食後から始められる。

浴室で髪と肌を磨き上げられた後、入念にオイルマッサージを施され、手や足の爪の先までピカピカに手入れをされる。その間に丁寧に髪を乾かして、ポーリー特製のカメリアオイルを染み込ませた櫛で丁寧に髪を梳いてつやつやに仕上げていく。昼食を挟み、化粧とヘアセットを行い、いよいよドレスの着付けが始まる。

デビュタントのドレスは白と決まっているので素材の善し悪しが際立つ。
侯爵家に相応しく、最高級の艶やかな生地に小さな宝石が編みこまれた高価なレースをふんだんに使って仕立てられたドレスは、ミリアムの魅力を華やかに引き立てる素晴らしいデザインだった。
肘の上まである真っ白なシルクの手袋を付け、アクセサリーを付けようとした時、ミリアムが昨夜ウィレムから渡された耳飾りを取り出した。

それを見たウルリカの片眉がピクリと上がった。

「この耳飾りは?」

ウルリカの問いに、ミリアムが答えた。

「昨夜、フロード先生から渡されました。結界魔法が強化できるそうです」

ウルリカは重ねて尋ねた。

「その他には何か言っていて?」

「いいえ、その他には何も」

そう首を横に振ったミリアムに、そう、と返事をすると、扇子で口元を隠して小声で呟いた。

「あの、ヘタレ」

出発の時間になり、ホールで待っていたエルネストと第三公子、そしてウィレムはミリアムが螺旋階段から降りて来る姿を、感嘆の声を漏らして見つめていた。
ホールに降り立ったミリアムに、第三公子は手を差し伸べ、目を細めて言った。

「まるで妖精のようにお美しい。このように美しいミリィ嬢の門出のエスコートが出来るなど、なんという光栄でしょう」

胸に手を当てた第三公子に見つめられ、ミリアムはほんのり頬を染めている。

「私の方こそ、身に余る光栄です。お褒めの言葉、ありがとうございます」

二人がそう言葉を交わす間、ウィレムは第三公子と微笑み合うミリアムの顔を見る事が出来ず、耳元に輝く昨日渡した耳飾りに気が付くと、寄り添うようにデザインされた二つの石をじっと見つめていた。

まだ夜会には早い時間ではあるが、計画の打合せの為、一行は馬車に乗り込み王宮に向かった。
本日の夜会は、魔法使いの存在を知る、一部の伯爵家と侯爵家以上の高位貴族家のみが招待されており、夜会の最後に魅了魔法の断罪が行われる事も既に周知されている。皆は再度断罪までの流れを確認し、それぞれの配置についた。

次々と招待客の入場がアナウンスされ、ついにヴィエニャフスキ侯爵の挨拶の順番になった。三人と後ろに控える従者がジラード国王の前で礼を執る。

顔を上げた所で、ウルスラとヨアンナとヘンドリックスの姿を確認したミリアムは、ウィレムと共に認識阻害魔法を纏って側に近づき、ヘンドリックスの解呪を少しずつ行うと同時に、ウルスラとヨアンナの容姿を底上げする付与魔法を重ね掛けしていく。
それにより容姿をとてつもなく底上げされたウルスラとヨアンナは、王宮の夜会で周囲の注目を集めている事にまるで夢心地だった。

しかし、注目されているのは二人の容姿ではなく、ポラーニ家の新しい魔法使いの魔法の力量である事を知る由もない二人は正に有頂天で、相変わらず露出の多いあまり品が良いとは言えない派手なドレスに身を包み、マナーなどお構いなしに会場を我が物顔で闊歩し、見目麗しい男性に次々に声を掛けては秋波を送っている。

そうしているうちにダンスの時間となり、国王と王妃がファーストダンスの披露が終ると、その後に続くように皆がダンスに興じ始めた。

ウルスラとヨアンナは、誰も自分たちにダンスの申し込みをしない事に憤慨し、ダンスが始まって自分たちへの注目がそがれてしまった事にも不満を隠さず、文句を言いながらホールの中を行ったり来たりしている。

二人のイライラも限界を迎えようかという頃、国王が王弟と王太子に目配せをした。潮時だ。

ダンスの音楽がいったん止まり、王弟と王太子がウルスラとヨアンナの間に進み出て二人に手を差し伸べた。喜色満面の二人は、周囲の女性たち、とりわけ壇上の王太子妃と王弟妃に勝ち誇った視線を向けて、意気揚々とダンスホールの中央に進み出た。
ゆったりした音楽が始まり、ウルスラとヨアンナは自分たちから胸を押し付けるように密着しており、周囲の令嬢から冷たい視線を送らてれいるが、その視線にすら、嘲笑うような笑みを浮かべてダンスに興じている。

ダンス音楽が終わりに近づくと、王弟と王太子が周囲の騎士達に目配せして配置に付かせた。

高齢の為、壁際の椅子に座っているヴィエニャフスキ侯爵の近くには、侯爵から見えない位置で使用人を従えたルノン伯爵夫人と令息が控えており、ウィレムとミリアムに向かって頷いた。ヘンドリックスの側にもローブの騎士が付き添って頷いている。
周囲の貴族たちはこれから起こる事を予想し合いながらその様子を見つめていた。

ダンスの音楽が終ってもしがみ付いて離れようとしないウルスラとヨアンナに、王弟と王太子が指輪のような物を取り出して二人の女の目の前で見せている。
ウルスラとヨアンナははしたない歓声を上げて手を差し出した。

「今だ!」

ウィレムの掛け声と共に、ミリアムは一気に解除魔法を展開した。普段は魔法使いにしか見えない魔法を、今夜は皆に見えるように煌めかせている。
ミリアムの放った金色の魔法は、光の粒となってきらきらと煌めきながらウルスラとヨアンナに降り注いだ。

皆が固唾を呑んで見守る中、金色の粒に囲まれたウルスラとヨアンナは見る見るうちに容姿が崩れていく。
片方は枯れ枝の様に痩せて皺だらけになり、もう片方はどんどん体が膨れてドレスのあちこちが裂け、体を隠すように蹲った。

悲鳴は叫び声に変わり、変わり果てた姿になった二人に、王弟と王太子が持っていた指輪を近づけると光を纏って大きさを変え、二人の首にぴたりと嵌ってしまった。
それは、重罪人の証の首輪だった。
首輪が嵌った事を確認したミリアムは、二人を光の粒で包んで予め決められていた地下牢へ転移魔法で移動させた。

全てが終わり、立っていたミリアムの手を取ったのは国王だった。
国王はミリアムをエスコートしてホールの中央に立たせると、大音声で宣言をした。

「この度ジラード王国に新しく加わった魔法使い、ポラーニ侯爵家の令嬢、ミリィである。
本日が初めての披露目だ!皆、見知り置いてくれ」

国王の言葉と共に、ミリアムは並み居る貴族に向かって最敬礼のカーテシーを執った。
拍手に包まれる中、ウィレムがミリィの手を取って立ち上がらせた。

「まだお開きには時間がある。残りの時間、皆でゆっくり楽しんで欲しい」

そう言った王太子に皆から歓声が起こり、ダンスの音楽も再開した。
ミリアムの手を取ったまま固まっていたウィレムはミリアムに向き直り、銀の光を強くした碧い瞳を少し細めて言葉を発した。

「ミリィ嬢、私に貴方とのダンスの機会を頂けませんか」

ミリアムはウィレムを見つめたまま柔らかく微笑んで答えた。

「はい、どうぞよろしくお願いします。フロード先生」

手を取り合って初めてのダンスに、ミリアムの心臓はずっとドキドキと大きな音を立てている。ウィレムに聞かれてしまったらどうしようと思うと、余計鼓動が早くなってしまう。

「その耳飾り、本当はエスコートの時に私が手ずから着けたかった」

そう耳元で言われ、ミリアムは思わず顔が真っ赤になってしまった。

それを見たウィレムは、意を決してミリアムに囁いた。もうミリアムが他の誰かの手を取るのを見たくない。第三公子と微笑み合っていた光景に、このまま何も告げられないまま永遠にミリアムを失うかもしれないと思って恐ろしかった。あんな思いはもうしたくない。

「私は、貴方を初めて見た時に雷に打たれたような衝撃を受けた。それ以来、貴方の姿を片時も視界から外す事が出来なかった。もう私は、貴方無しで生きていくなど考えられないのです。ミリィ嬢、私が貴方を生涯愛し続ける事を、どうか許してもらえないだろうか」

息を呑んでウィレムを見つめるミリアムに、ウィレムは続けて言った。

「ただ安心してほしい、もちろん貴方が私を少しでも愛してくれるならこれ以上の幸せはないが、貴方が私を愛せないとしても、それを強要することも不埒な事も決してしないと約束する」

ミリアムがうっすらと目に涙を浮かべたのを見て、ウィレムの表情が焦りに変わった。その表情を押しとどめるように、ミリアムは握った手に力を込めて言った。

「嬉しいです。私も、フロード先生をお慕いしています」

そう言ったミリアムの腰に回す手に力を込めたウィレムが耳元で囁いた。

「どうか私の事は、ウィレムと」

その言葉に、ミリアムは小さな声で答えた。

「ウィレム様」

ふっと表情を優しく緩めたウィレムの顔を見たミリアムは、思わず頬を染めた。
だって、初めて見るウィレムの笑顔は飛び切り素敵だったのだ。


◇◇◇
二つの人影が、バルコニーからウィレムとミリアムの様子を眺めている。

「当て馬の役目はご満足いただけましたか」

そう言う甥にウルリカは扇子を優雅に広げて言った。

「ええ、ご苦労様」

ウィレムとミリアムに目を向けて第三公子は言った、

「叔母上は罪作りな人だ。二人は想い合っているんでしょう?」

「ずいぶん拗らせたヘタレ男と、超が付くほど鈍感な可愛い娘よ」

それを聞いてふっと噴き出すように笑って、第三公子が言った。

「成る程、一筋縄ではいかなかった訳ですね」

そう言った甥にウルリカは優しい目を向けると、胸元から小さな封筒を取り出して優雅な手つきで差し出した。

「貴方が苦戦していた、令嬢の父親からの招待状よ。頑張っていらっしゃい」

第三公子は目を見開いて受け取った招待状を眺め、感激したようにウルリカを見つめた。

「私って、とっても優秀なキューピッドだと思わない?」

そう自慢げに胸を張って言うウルリカに、第三公子は礼を執り、恭しく手を取って会場に戻っていった。

ダンスの後急に親密さを増したウィレムとミリアムを見て、皆が同じ安堵の声を上げた。

(ああ、よかった。やっとだ)
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