【書籍化】死んだことにして逃げませんか? 私、ちょっとした魔法が使えるんです。
ヘンドリックスの贖罪
あの夜会から半年が過ぎ、(ミリアム)の最初の命日のミサが行われたが、そこにヘンドリックスの姿がなかった。
不審に思ったエルネストが離れに執事を使いに出したが見つからず、皆で周辺を探したがどこにも姿が見えなかった。教会での祈りを終え、献花の為に霊廟を訪れた一行は建物の中に入って驚いた。
ミリアムとアグネスの墓の前は沢山の花々で埋め尽くされ、十字を象った墓標は装花で美しく飾られている。
皆が墓標の前に進んで行くと、墓標の奥に靴の先のような物が見えた。急いで駆け寄り墓標の奥を覗くと、そこに花束を抱えたヘンドリックスが倒れていたのだ。
すぐさまウィレムが抱え起こすと、高熱で意識を失っている事が分かり、咄嗟に駆け寄ったミリアムが治癒魔法を施した。
(衣服が濡れている、昨日から今日の明け方まで弱い雨が降っていたわ。雨の中で何度も花壇と霊廟を往復して花を運んで、着替えもせずに冷え切った体でずっと花を飾っていたんだわ。私とお母様の為に…)
状態を観察しながらどう治癒していくかを考え、必要な治癒魔法を様子を見ながらかけていく。
エルネストが馬車の用意を言いつけ、ウルリカが侍女たちに病室の用意を指示すると使用人たちが指示に従って一斉に動き出す。
ウィレムがミリアムの治癒魔法をサポートしながら見守る中、ミリアムは、きらきらと輝く金色の魔力に包んだヘンドリックスを懸命に治癒していく。
(先ず服を乾かして体を少しずつ温めて。熱は下がったのにどうして意識が戻らないの?)
到着した馬車に乗せ、邸に戻る間もミリアムは治癒を続けた。
(駄目だわ。弱った体が治癒を受け付けない。お願い、回復の意思を持って!)
部屋に運ばれ、寝台に横たえられたヘンドリックスに、重ねて治癒を施そうとしたミリアムをウィレムがそっと止めた。
「これ以上はミリィの体がもたない」
寝台の側に座り、ヘンドリックスの手を取って座るミリアムにウィレムはずっと寄り添っている。エルネストやウィレムから見てもミリアムの治癒魔法は完璧だった。
後はヘンドリックスの生きようとする意志にかかっている。
エルネストもウルリカも、そんな三人をただ見守る事しか出来なかった。
何時間そうして座っていただろう。ふと、このまま父を失ってしまうのではないかという考えが脳裏に浮かび、ミリアムは戦慄した。
「だめよ逝かないで、まだお父様と呼べていないの」
そう小さく呟いたと同時に、ペンダントから淡い金色の光が放たれ、寝台のヘンドリックスの周囲を温かく包んだ。すると、弱々しかった呼吸が整い、頬にはしっかりと赤みが戻って来たのだ。まだ意識は戻らないけれど、ミリアムはもう大丈夫という不思議な安心感に包まれた。
同じ感覚を感じ取ったウィレムはミリアムを促した。
「さあ、少し食事取って体を休めよう。目覚めた時に治癒を施したミリィが体調を崩したと聞いたら、ヘンドリックス殿はまた寝込んでしまう」
銀色の光を帯びた碧い瞳に優しく見つめられ、ミリアムはこくりと頷いて部屋を後にした。
サロンに入ると、皆が心配そうにミリアムに目を向けた。その視線に笑顔を返し、ペンダントの光の事を話してもう大丈夫だと告げると、安堵の声が広がった。
「心配をかけてごめんなさい」
そう言ったミリアムをウルリカが抱きしめた。
「ミリィが謝る事なんて何もないわ。目が覚めたらヘンドリックスにはお説教しなくちゃね」
そう言った後、手を打って皆に言った。
「さあ、少し遅くなったけど、昼食にしましょう! 霊廟の近くでピクニックの予定だったから、今日はランチボックスなのよ」
ウルリカの明るさは、いつもミリアムの心を力強く支えてくれる。今日ほどそれをありがたく実感した日は無かった。
一夜明け、眠り続けたヘンドリックスが目覚めたと知らされたミリアムは、勢いよく部屋へ入り、寝台に座ったまま驚いた様子でこちらを見つめるヘンドリックスに近づいて言った。
「何という無茶をするの! あんなことをして傍に行っても、お母様は許してくれないわ!」
その言葉に、みるみる目に涙を溜めたヘンドリックスは、ミリアムを見つめながら言った。
「夢の中でアグネスに叱られたんだ。『あなたにはまだ大切な仕事が残っているでしょう!それを終えるまではここへ来てはだめよ!』そう言って追い返された」
涙をぬぐいながらそう言うヘンドリックスの側に座り、言い聞かせるようにミリアムは呟いた。
「私の結婚式の話と、孫たちとの思い出話をたくさん持って行かないと、お母様は歓迎してくれないわ」
この日以降も、ヘンドリックスはミリアムを『お嬢様』『ミリィ様』と呼び、相変わらず離れの一室で暮らしている。エルネストによれば、彼なりの贖罪なのだろうと言われた。そして最後の課題である治癒魔法も見事クリアしたと告げられ、ミリアムはこれで漸く王家直属の魔法士として認められることになったのだ。
王宮の謁見室にて、魔法士の認定と共に、王妃から金の留め具のついたラベンダーのローブを授与された。
今後はこのローブがミリアムの正装になるのだ。ウルリカと侍女チームは、ローブに合わせた衣装づくりの打合せに余念がない。
ニルスはアグネスの侍女チームに、ミリアムとお揃いの小さなケープを作ってもらってご満悦だ。
それを見て、ノクトもウィレムとお揃いのケープをおねだりしているらしい。
マーシュとレジナには憧れの眼差しを向けられている。
ミリアムは、毎日お花畑でお花たちと楽しそうに過ごすマーシュとヘンドリックスを穏やかな気持ちで眺めるのが日課になった。
不審に思ったエルネストが離れに執事を使いに出したが見つからず、皆で周辺を探したがどこにも姿が見えなかった。教会での祈りを終え、献花の為に霊廟を訪れた一行は建物の中に入って驚いた。
ミリアムとアグネスの墓の前は沢山の花々で埋め尽くされ、十字を象った墓標は装花で美しく飾られている。
皆が墓標の前に進んで行くと、墓標の奥に靴の先のような物が見えた。急いで駆け寄り墓標の奥を覗くと、そこに花束を抱えたヘンドリックスが倒れていたのだ。
すぐさまウィレムが抱え起こすと、高熱で意識を失っている事が分かり、咄嗟に駆け寄ったミリアムが治癒魔法を施した。
(衣服が濡れている、昨日から今日の明け方まで弱い雨が降っていたわ。雨の中で何度も花壇と霊廟を往復して花を運んで、着替えもせずに冷え切った体でずっと花を飾っていたんだわ。私とお母様の為に…)
状態を観察しながらどう治癒していくかを考え、必要な治癒魔法を様子を見ながらかけていく。
エルネストが馬車の用意を言いつけ、ウルリカが侍女たちに病室の用意を指示すると使用人たちが指示に従って一斉に動き出す。
ウィレムがミリアムの治癒魔法をサポートしながら見守る中、ミリアムは、きらきらと輝く金色の魔力に包んだヘンドリックスを懸命に治癒していく。
(先ず服を乾かして体を少しずつ温めて。熱は下がったのにどうして意識が戻らないの?)
到着した馬車に乗せ、邸に戻る間もミリアムは治癒を続けた。
(駄目だわ。弱った体が治癒を受け付けない。お願い、回復の意思を持って!)
部屋に運ばれ、寝台に横たえられたヘンドリックスに、重ねて治癒を施そうとしたミリアムをウィレムがそっと止めた。
「これ以上はミリィの体がもたない」
寝台の側に座り、ヘンドリックスの手を取って座るミリアムにウィレムはずっと寄り添っている。エルネストやウィレムから見てもミリアムの治癒魔法は完璧だった。
後はヘンドリックスの生きようとする意志にかかっている。
エルネストもウルリカも、そんな三人をただ見守る事しか出来なかった。
何時間そうして座っていただろう。ふと、このまま父を失ってしまうのではないかという考えが脳裏に浮かび、ミリアムは戦慄した。
「だめよ逝かないで、まだお父様と呼べていないの」
そう小さく呟いたと同時に、ペンダントから淡い金色の光が放たれ、寝台のヘンドリックスの周囲を温かく包んだ。すると、弱々しかった呼吸が整い、頬にはしっかりと赤みが戻って来たのだ。まだ意識は戻らないけれど、ミリアムはもう大丈夫という不思議な安心感に包まれた。
同じ感覚を感じ取ったウィレムはミリアムを促した。
「さあ、少し食事取って体を休めよう。目覚めた時に治癒を施したミリィが体調を崩したと聞いたら、ヘンドリックス殿はまた寝込んでしまう」
銀色の光を帯びた碧い瞳に優しく見つめられ、ミリアムはこくりと頷いて部屋を後にした。
サロンに入ると、皆が心配そうにミリアムに目を向けた。その視線に笑顔を返し、ペンダントの光の事を話してもう大丈夫だと告げると、安堵の声が広がった。
「心配をかけてごめんなさい」
そう言ったミリアムをウルリカが抱きしめた。
「ミリィが謝る事なんて何もないわ。目が覚めたらヘンドリックスにはお説教しなくちゃね」
そう言った後、手を打って皆に言った。
「さあ、少し遅くなったけど、昼食にしましょう! 霊廟の近くでピクニックの予定だったから、今日はランチボックスなのよ」
ウルリカの明るさは、いつもミリアムの心を力強く支えてくれる。今日ほどそれをありがたく実感した日は無かった。
一夜明け、眠り続けたヘンドリックスが目覚めたと知らされたミリアムは、勢いよく部屋へ入り、寝台に座ったまま驚いた様子でこちらを見つめるヘンドリックスに近づいて言った。
「何という無茶をするの! あんなことをして傍に行っても、お母様は許してくれないわ!」
その言葉に、みるみる目に涙を溜めたヘンドリックスは、ミリアムを見つめながら言った。
「夢の中でアグネスに叱られたんだ。『あなたにはまだ大切な仕事が残っているでしょう!それを終えるまではここへ来てはだめよ!』そう言って追い返された」
涙をぬぐいながらそう言うヘンドリックスの側に座り、言い聞かせるようにミリアムは呟いた。
「私の結婚式の話と、孫たちとの思い出話をたくさん持って行かないと、お母様は歓迎してくれないわ」
この日以降も、ヘンドリックスはミリアムを『お嬢様』『ミリィ様』と呼び、相変わらず離れの一室で暮らしている。エルネストによれば、彼なりの贖罪なのだろうと言われた。そして最後の課題である治癒魔法も見事クリアしたと告げられ、ミリアムはこれで漸く王家直属の魔法士として認められることになったのだ。
王宮の謁見室にて、魔法士の認定と共に、王妃から金の留め具のついたラベンダーのローブを授与された。
今後はこのローブがミリアムの正装になるのだ。ウルリカと侍女チームは、ローブに合わせた衣装づくりの打合せに余念がない。
ニルスはアグネスの侍女チームに、ミリアムとお揃いの小さなケープを作ってもらってご満悦だ。
それを見て、ノクトもウィレムとお揃いのケープをおねだりしているらしい。
マーシュとレジナには憧れの眼差しを向けられている。
ミリアムは、毎日お花畑でお花たちと楽しそうに過ごすマーシュとヘンドリックスを穏やかな気持ちで眺めるのが日課になった。