『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第1章 「幼なじみの庭で」
春の光がやわらかく降り注ぐ、一条家の広い庭。
芝の向こうで白い花びらが揺れ、木漏れ日が小さな影をいくつも地面に落としている。
その真ん中で――幼い志穂は、つま先をきゅっと揃えて立っていた。
「ゆうまくん、みて! お花の指輪つくったの」
小さな手のひらには、摘んだクローバーを編んだ指輪。
志穂は誇らしげに胸を張る。ふわふわのワンピースが風に揺れた。
青年のように背が高くなりつつある少年・悠真は、顔をそむけながら言った。
「……そんなの、子どもの遊びだろ」
でも、その耳の先がほんのり赤い。
志穂はその変化に気づかず、嬉しそうににっこり笑った。
「じゃあ、ゆうまくんにあげるね?」
「いらないって言ってるだろ。おまえはすぐ、変なもの作るんだから」
素っ気ない声。
けれど、志穂が手を引っ込めようとすると、悠真はふいにその手首をつかんだ。
「……せっかく作ったんだろ。落とすなよ」
それだけ言って、そっぽを向く。
志穂は目を瞬かせ、そのまま手に指輪を残した。
「ありがとう、ゆうまくん」
ぱっと花開くような笑顔。
少年はまぶしそうに目を細め、見るともなく空を見あげる。
庭の奥では、志穂の姉・真理が本を抱えて歩いてくる。
「志穂、転ばないようにね。クローバーばっかり見てると危ないわよ」
「はーい、お姉ちゃん!」
真理がふわりと笑うと、志穂は嬉しそうに手を振った。
その様子を横目で見ていた悠真は、少しだけ視線を落とした。
「……真理さんみたいに、ちゃんと歩けよ」
「え? わたし、ちゃんと歩いてるよ?」
「いつも転んでるだろ。……気をつけろって」
少年らしくない、不器用な優しさ。
志穂は気づかず、ただ笑うだけだった。
やがて、真理が二人のもとへ近づき、頭をなでる。
「まったく。悠真くんは本当に優しいわね」
「優しくなんかないです」
悠真は眉をひそめたが、真理は楽しそうだ。
「ねえ、志穂。将来は誰と結婚するの?」
「えっとね……ゆうまくん!」
「はあ!?」
即座に大きな声を上げる悠真。
志穂はきょとんとしながら、草の指輪を胸元で大事そうに握る。
「だって、だいすきだもん。いっしょにおとなになりたい」
「バ、バカ言うな。……そんなの、知らないからな」
顔を真っ赤にして背を向ける悠真。
真理は「ふふっ」と小さく笑い、春の風が三人の間を通り抜けた。
――その瞬間、志穂は気づいていなかった。
彼が背中を向けたのは、照れ隠しのためで。
真理へ向けた視線は、志穂の“位置”を確認するためで。
たった一言が言えない少年は、すでに誰より志穂を目で追っていたことに。
しかし、幼い記憶はいつだって曖昧で、残酷だ。
そして十数年後――
志穂はあの日の笑顔を思い出すたび、胸が少しだけ痛むようになる。
“本当は、私じゃなくて……お姉ちゃんを見ていたんだよね?”
そう思い込むようになる未来を、まだ何も知らないまま。
芝の向こうで白い花びらが揺れ、木漏れ日が小さな影をいくつも地面に落としている。
その真ん中で――幼い志穂は、つま先をきゅっと揃えて立っていた。
「ゆうまくん、みて! お花の指輪つくったの」
小さな手のひらには、摘んだクローバーを編んだ指輪。
志穂は誇らしげに胸を張る。ふわふわのワンピースが風に揺れた。
青年のように背が高くなりつつある少年・悠真は、顔をそむけながら言った。
「……そんなの、子どもの遊びだろ」
でも、その耳の先がほんのり赤い。
志穂はその変化に気づかず、嬉しそうににっこり笑った。
「じゃあ、ゆうまくんにあげるね?」
「いらないって言ってるだろ。おまえはすぐ、変なもの作るんだから」
素っ気ない声。
けれど、志穂が手を引っ込めようとすると、悠真はふいにその手首をつかんだ。
「……せっかく作ったんだろ。落とすなよ」
それだけ言って、そっぽを向く。
志穂は目を瞬かせ、そのまま手に指輪を残した。
「ありがとう、ゆうまくん」
ぱっと花開くような笑顔。
少年はまぶしそうに目を細め、見るともなく空を見あげる。
庭の奥では、志穂の姉・真理が本を抱えて歩いてくる。
「志穂、転ばないようにね。クローバーばっかり見てると危ないわよ」
「はーい、お姉ちゃん!」
真理がふわりと笑うと、志穂は嬉しそうに手を振った。
その様子を横目で見ていた悠真は、少しだけ視線を落とした。
「……真理さんみたいに、ちゃんと歩けよ」
「え? わたし、ちゃんと歩いてるよ?」
「いつも転んでるだろ。……気をつけろって」
少年らしくない、不器用な優しさ。
志穂は気づかず、ただ笑うだけだった。
やがて、真理が二人のもとへ近づき、頭をなでる。
「まったく。悠真くんは本当に優しいわね」
「優しくなんかないです」
悠真は眉をひそめたが、真理は楽しそうだ。
「ねえ、志穂。将来は誰と結婚するの?」
「えっとね……ゆうまくん!」
「はあ!?」
即座に大きな声を上げる悠真。
志穂はきょとんとしながら、草の指輪を胸元で大事そうに握る。
「だって、だいすきだもん。いっしょにおとなになりたい」
「バ、バカ言うな。……そんなの、知らないからな」
顔を真っ赤にして背を向ける悠真。
真理は「ふふっ」と小さく笑い、春の風が三人の間を通り抜けた。
――その瞬間、志穂は気づいていなかった。
彼が背中を向けたのは、照れ隠しのためで。
真理へ向けた視線は、志穂の“位置”を確認するためで。
たった一言が言えない少年は、すでに誰より志穂を目で追っていたことに。
しかし、幼い記憶はいつだって曖昧で、残酷だ。
そして十数年後――
志穂はあの日の笑顔を思い出すたび、胸が少しだけ痛むようになる。
“本当は、私じゃなくて……お姉ちゃんを見ていたんだよね?”
そう思い込むようになる未来を、まだ何も知らないまま。
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