『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第13章 「偽りの浮気」
実家で写真を見た夜から、
志穂の胸の奥はずっとざわついていた。
昔の悠真は、あんなにも優しくて、
自分だけを見ていたのに。
今の悠真は――
“愛してる”と言ってくれない。
その現実が、どうしようもなく苦しかった。
(……私だけが、空回りしてるみたい)
そんな思いが胸いっぱいに広がって、
ふと、大学時代の男友達——武流(たける)に連絡をしてしまった。
『久しぶりに、少し話せない?』
返事はすぐ来た。
『いいよ。志穂、大丈夫?』
(……優しい)
ただ、それだけで涙が出そうになった。
駅前の落ち着いたカフェ。
木目のテーブルと静かなピアノ曲が流れる店内。
「最近どう? 元気なかったけど」
「……うん、まあ……」
「志穂は昔から無理するタイプだろ。
俺でよければ、いくらでも聞くよ?」
「……ありがとう」
些細な優しさが胸にしみて、
志穂は思わず指先に力を入れた。
(誰かに……優しくされたい。
“好き”のひと言がほしいだけなのに)
「志穂、泣いてる?」
「泣いてないよ……」
「いいよ。泣いてもいい」
その言葉に、
心の奥がわずかに揺れた。
その時だった。
カラン——と、ドアベルが鳴る。
振り返ると、
入り口に悠真が立っていた。
スーツ姿で、少し息を切らし、
視線がまっすぐ志穂に向けられている。
「……悠真、さん……?」
悠真の瞳が鋭く細められる。
武流と向かい合って座る志穂。
テーブルの上にはドリンクが二つ。
距離は近く、空気は親密に見えた。
最悪のタイミングだった。
「……誰だ、この男は」
低く、抑えた声。
怒りというより、
傷ついた獣のような声だった。
「……ただの、友達です」
「“友達”と、こんな時間に二人きりで?」
「別にいいじゃないですか。
私には、関係ないでしょう?」
自分でも意地を張っているのが分かった。
でも止められなかった。
(悠真さんは……
私なんか、どうなったて……)
悠真の眉がわずかに動く。
「……どういうつもりだ」
「どういうつもりでもありません。
私だって……誰かに、優しくされたいだけです」
「……なに?」
「あなたが言ってくれない言葉を……
誰かが言ってくれるかもしれないから」
そこまで言ってしまった瞬間——
自分で胸が苦しくなる。
(本当は……嘘。
そんなの望んでないのに)
武流が慌てて口を挟む。
「ち、違いますよ西園寺さん!
俺はただ話を聞いていただけで——」
「黙れ」
普段見せない冷たい声に、
武流は言葉を飲み込んだ。
悠真は志穂だけを見つめ、静かに言う。
「……俺に言いたいことがあるなら、
他の男を使わずに言え」
その瞳は怒っているのに、
どこか、ひどく悲しそうだった。
「……言っても、あなたは答えてくれないでしょ」
「答えようとした」
「……言わなかったじゃないですか」
沈黙。
悠真の拳が、テーブルの端で静かに震えた。
「志穂……」
名前を呼ぶ声は深く、低く、
痛みを押し込めた響きだった。
「……もう帰る」
志穂は立ち上がり、
バッグを掴んで店を出た。
後ろから足音が追ってくる気配がして、
志穂は一瞬だけ振り返った。
ドアの向こうで立ち尽くす悠真の瞳には、
怒りでも嫉妬でもない、
深い、深い寂しさが宿っていた。
(……どうして。
どうしてあなたは……)
夜の風が頬を打つ。
志穂は涙をこぼしながら歩き出した。
お互い言葉が足りなくて、
ほんの少しの勇気がなくて。
すれ違いは、さらに深くなっていった。
志穂の胸の奥はずっとざわついていた。
昔の悠真は、あんなにも優しくて、
自分だけを見ていたのに。
今の悠真は――
“愛してる”と言ってくれない。
その現実が、どうしようもなく苦しかった。
(……私だけが、空回りしてるみたい)
そんな思いが胸いっぱいに広がって、
ふと、大学時代の男友達——武流(たける)に連絡をしてしまった。
『久しぶりに、少し話せない?』
返事はすぐ来た。
『いいよ。志穂、大丈夫?』
(……優しい)
ただ、それだけで涙が出そうになった。
駅前の落ち着いたカフェ。
木目のテーブルと静かなピアノ曲が流れる店内。
「最近どう? 元気なかったけど」
「……うん、まあ……」
「志穂は昔から無理するタイプだろ。
俺でよければ、いくらでも聞くよ?」
「……ありがとう」
些細な優しさが胸にしみて、
志穂は思わず指先に力を入れた。
(誰かに……優しくされたい。
“好き”のひと言がほしいだけなのに)
「志穂、泣いてる?」
「泣いてないよ……」
「いいよ。泣いてもいい」
その言葉に、
心の奥がわずかに揺れた。
その時だった。
カラン——と、ドアベルが鳴る。
振り返ると、
入り口に悠真が立っていた。
スーツ姿で、少し息を切らし、
視線がまっすぐ志穂に向けられている。
「……悠真、さん……?」
悠真の瞳が鋭く細められる。
武流と向かい合って座る志穂。
テーブルの上にはドリンクが二つ。
距離は近く、空気は親密に見えた。
最悪のタイミングだった。
「……誰だ、この男は」
低く、抑えた声。
怒りというより、
傷ついた獣のような声だった。
「……ただの、友達です」
「“友達”と、こんな時間に二人きりで?」
「別にいいじゃないですか。
私には、関係ないでしょう?」
自分でも意地を張っているのが分かった。
でも止められなかった。
(悠真さんは……
私なんか、どうなったて……)
悠真の眉がわずかに動く。
「……どういうつもりだ」
「どういうつもりでもありません。
私だって……誰かに、優しくされたいだけです」
「……なに?」
「あなたが言ってくれない言葉を……
誰かが言ってくれるかもしれないから」
そこまで言ってしまった瞬間——
自分で胸が苦しくなる。
(本当は……嘘。
そんなの望んでないのに)
武流が慌てて口を挟む。
「ち、違いますよ西園寺さん!
俺はただ話を聞いていただけで——」
「黙れ」
普段見せない冷たい声に、
武流は言葉を飲み込んだ。
悠真は志穂だけを見つめ、静かに言う。
「……俺に言いたいことがあるなら、
他の男を使わずに言え」
その瞳は怒っているのに、
どこか、ひどく悲しそうだった。
「……言っても、あなたは答えてくれないでしょ」
「答えようとした」
「……言わなかったじゃないですか」
沈黙。
悠真の拳が、テーブルの端で静かに震えた。
「志穂……」
名前を呼ぶ声は深く、低く、
痛みを押し込めた響きだった。
「……もう帰る」
志穂は立ち上がり、
バッグを掴んで店を出た。
後ろから足音が追ってくる気配がして、
志穂は一瞬だけ振り返った。
ドアの向こうで立ち尽くす悠真の瞳には、
怒りでも嫉妬でもない、
深い、深い寂しさが宿っていた。
(……どうして。
どうしてあなたは……)
夜の風が頬を打つ。
志穂は涙をこぼしながら歩き出した。
お互い言葉が足りなくて、
ほんの少しの勇気がなくて。
すれ違いは、さらに深くなっていった。