『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』

第14章 「嫉妬の視線」

 煌びやかなパーティー会場。
 ハープの音が静かに響く大ホールは、
 大人たちの笑顔とシャンパンの香りに満ちていた。

 けれど志穂の胸は、
 数日前からずっと重いままだった。

(こんなふうに並んで歩いても……
 本当の夫婦みたいには見えない)

 悠真とは距離を保ち、
 互いに微笑むふりだけをしていた。

 その時だった。

「志穂? 来てたんだ」

 声をかけてきたのは武流だった。
 大学時代の、気さくで優しい男友達。

「この前のカフェのとき……大丈夫だった?
 なんか、すごくつらそうで」

「……たいしたことじゃないよ」

「志穂は“たいしたことない”って言うとき、たいがい泣きそうなんだよ」

 そう言って、武流の手が
 ふっと志穂の肩に触れた。

 ほんの一瞬、軽い触れ方。

 ――その瞬間。

 視界の端で、なにかが“鋭く”動いた。

(え……?)

 反射的に会場の奥を見る。

 悠真がいた。

 グラスを持つ指が固く、
 眉間には深い皺。
 そして――

 志穂の肩に触れた武流の手だけを、殺気のような視線で見ていた。

 周囲のざわめきが、スッと遠のいた。

(こんな表情……見たことない……)

 今までの悠真は、
 怒りも嫉妬も完璧に隠す男だった。

 なのに今は、
 羨望でも不安でもない。

 “奪われる”と感じた男の、むき出しの本能。

 まるで獣のような鋭さ。

「志穂、本当に大丈夫……?」

「武流くん、……」

 思わず声が震えたとき――
 ふいに強い影が差した。

「――どけ」

 背後から、低く押し殺した声が落ちた。

 振り返ると、悠真が立っていた。

 いつもは落ち着いた黒い瞳が、
 今は感情に揺れ、深い色を帯びている。

「西園寺さん、これは誤解で——」

「おまえの弁明は聞いていない」

 静かだけど、
 空気がひやりと凍るような声音。

 そして志穂へ向き直り――
 ほんの一瞬だけ近づいた。

 武流の手が触れていた肩に、
 悠真の視線が落ちる。

 わずかに、触れる。
 あたかも“上書きするように”。

 その仕草は理性ではなく、本能。

(こんな……)

 志穂の心臓が跳ねた。

「志穂」

「……はい」

 名前を呼ぶ声は抑えられているのに、
 喉の奥で熱が震えている。

「……他の男に、そんな顔を向けるな」

 吐息に触れそうな距離で言われ、
 志穂の背筋が震えた。

(“そんな顔”って……
 どんな……)

「困った顔、泣きそうな顔……
 そのどれも、俺以外に向けるな」

 ――完全に、嫉妬だった。

 武流は完全に気圧されて言葉を失っていた。

「悠真さん……怒ってるんですか?」

 志穂が絞り出すと、
 悠真はまぶたを一瞬だけ伏せ、感情を飲み込む。

「怒ってない」

 嘘だった。

 隠し切れないほど目が熱を帯びていた。

 だが悠真はすぐに視線を逸らし、
 感情を押し込めたように息を吐く。

「……パーティーの最中だ。
 失礼した」

 冷静なふりをして、その場を離れようとする。

 けれどその歩き方は乱れていた。
 足音が速く、肩がわずかに震えている。

(今のは……間違いなく……嫉妬?
 そんな顔、見たことない……)

 胸が熱くなる。

(もしかして……
 少しでも、私のこと……)

 思った瞬間、
 自分の心が揺れた。

 しかし――
 確信にはならない。

 ゆらゆら揺れる夜会の光の中、
 悠真の後ろ姿だけが、
 どうしようもなく切なく見え
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