『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第23章「悠真の孤独な午前(志穂のいない家)」
玄関の扉が静かに閉まった。
その音は、
家中の空気を一瞬で冷たく変えた。
志穂が出ていった。
それだけの現実が、
胸の奥に重く沈んでいく。
(……行ってしまった)
呆然としたまま、
悠真は扉を見つめていた。
ほんの数分前まで、
志穂はここに立っていたのに。
指輪を置いていった棚の上に、
朝の光が静かに当たっている。
金色のリングが、
見たことのないほど冷たく見えた。
伸ばした指先が触れた瞬間、
胸がちくりと痛んだ。
(返されたわけじゃないって……言ってたのに)
それでも、
指輪を外した事実はあまりに大きかった。
(俺が……そうさせた)
喉が詰まり、
呼吸が浅くなる。
止めればよかった。
抱きしめればよかった。
言えばよかった。
言いたかった。
“好きだ”
“行かないでくれ”
“おまえがいないと困る”
心の中では何度も叫んでいた。
でも——声にできなかった。
(……なんで俺は……)
指輪を見つめていると、
胸の奥からじわりと痛みが広がる。
手のひらに力が入らない。
気づけば、
キッチンの椅子に座り込んでいた。
静かな部屋。
広すぎるリビング。
いつもなら志穂が
「朝ごはん温めますね」と笑っていた場所。
(そうだ……あいつ、ほとんど食べずに出たよな)
胸がずきんと痛んだ。
(ちゃんと眠れたのか……
泣いてなかったか……)
想像しただけで、
胃がひっくり返りそうになる。
志穂が泣く姿は、
何よりも耐えがたい。
でもその涙の理由は、
自分以外にいない。
(守りたい相手なのに……
どうして俺は、こんなに不器用なんだ)
拳を握る。
机の上に置かれた小さな紙袋が目に入った。
志穂が昨夜、買ってきていた焼き菓子だ。
おそらく、
「明日の朝に一緒に食べるつもりだった」のだろう。
(……志穂)
胸に刺さる痛みが、
じんじんと強くなる。
そしてふと——
ある記憶が胸を刺した。
(あの夜……ラウンジで会った彼女に言われたこと。
“志穂さんには、まだ言わないでほしい”——
あれは本当に正しい選択だったのか?)
『君のことは、絶対守るよ』
自分はそう返した。
志穂に聞かれたら誤解されると分かっていながら、
事情を話せないまま、彼女は家を出ていった
(……あれさえなければ、
あんなふうに怯えた目で見られることも……)
思い返すほど、息が苦しくなる。
ラウンジの薄暗い照明、
緊張した表情の女性、
言わざるを得なかった約束。
(説明しなきゃいけなかったのに……
タイミングを逃し続けた俺のせいだ)
額を押さえる。
(志穂……)
胸に沈む痛みが強くなっていく
ふと、寝室の扉が少しだけ開いているのが見えた。
(……昨日のままなんだな)
悠真は立ち上がり、扉を押し開けた。
淡い香りが、ふわりと鼻をくすぐる。
志穂の香りだった。
ベッドの上には、
畳まれかけたままの衣服が散らばり、
志穂が途中でやめた“荷物の準備”がそのまま残っていた。
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
(泣きながら……支度したのか)
その光景が、あまりにも生々しい。
ベッドの端に腰を下ろすと、
シーツに微かに体温が残っているような気がした。
(ここに……いたんだな)
指でそっと布をなぞる。
(ここで泣いて……
ここで決めたんだ)
堪えきれず、
目を伏せた。
(……会いたい)
その言葉が、
胸の奥で膨らんでいく。
携帯が震えた。
反射的に手に取る。
——だが画面に浮かんだのは、
仕事の連絡だった。
志穂からではない。
期待してしまった自分を恥じ、
苦笑にもならない息が漏れた。
(……俺は、こんなにも弱いのか)
ソファに座り込み、
顔を両手で覆った。
何をしても、
志穂がいない事実も、
自分が言えなかった言葉の重さも、
消えることはなかった。
(今日くらい……仕事休めばよかったな)
ぽつりとこぼした言葉は、
誰にも届かない。
広い家に、
悠真の孤独だけが沈んでいった。
その音は、
家中の空気を一瞬で冷たく変えた。
志穂が出ていった。
それだけの現実が、
胸の奥に重く沈んでいく。
(……行ってしまった)
呆然としたまま、
悠真は扉を見つめていた。
ほんの数分前まで、
志穂はここに立っていたのに。
指輪を置いていった棚の上に、
朝の光が静かに当たっている。
金色のリングが、
見たことのないほど冷たく見えた。
伸ばした指先が触れた瞬間、
胸がちくりと痛んだ。
(返されたわけじゃないって……言ってたのに)
それでも、
指輪を外した事実はあまりに大きかった。
(俺が……そうさせた)
喉が詰まり、
呼吸が浅くなる。
止めればよかった。
抱きしめればよかった。
言えばよかった。
言いたかった。
“好きだ”
“行かないでくれ”
“おまえがいないと困る”
心の中では何度も叫んでいた。
でも——声にできなかった。
(……なんで俺は……)
指輪を見つめていると、
胸の奥からじわりと痛みが広がる。
手のひらに力が入らない。
気づけば、
キッチンの椅子に座り込んでいた。
静かな部屋。
広すぎるリビング。
いつもなら志穂が
「朝ごはん温めますね」と笑っていた場所。
(そうだ……あいつ、ほとんど食べずに出たよな)
胸がずきんと痛んだ。
(ちゃんと眠れたのか……
泣いてなかったか……)
想像しただけで、
胃がひっくり返りそうになる。
志穂が泣く姿は、
何よりも耐えがたい。
でもその涙の理由は、
自分以外にいない。
(守りたい相手なのに……
どうして俺は、こんなに不器用なんだ)
拳を握る。
机の上に置かれた小さな紙袋が目に入った。
志穂が昨夜、買ってきていた焼き菓子だ。
おそらく、
「明日の朝に一緒に食べるつもりだった」のだろう。
(……志穂)
胸に刺さる痛みが、
じんじんと強くなる。
そしてふと——
ある記憶が胸を刺した。
(あの夜……ラウンジで会った彼女に言われたこと。
“志穂さんには、まだ言わないでほしい”——
あれは本当に正しい選択だったのか?)
『君のことは、絶対守るよ』
自分はそう返した。
志穂に聞かれたら誤解されると分かっていながら、
事情を話せないまま、彼女は家を出ていった
(……あれさえなければ、
あんなふうに怯えた目で見られることも……)
思い返すほど、息が苦しくなる。
ラウンジの薄暗い照明、
緊張した表情の女性、
言わざるを得なかった約束。
(説明しなきゃいけなかったのに……
タイミングを逃し続けた俺のせいだ)
額を押さえる。
(志穂……)
胸に沈む痛みが強くなっていく
ふと、寝室の扉が少しだけ開いているのが見えた。
(……昨日のままなんだな)
悠真は立ち上がり、扉を押し開けた。
淡い香りが、ふわりと鼻をくすぐる。
志穂の香りだった。
ベッドの上には、
畳まれかけたままの衣服が散らばり、
志穂が途中でやめた“荷物の準備”がそのまま残っていた。
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
(泣きながら……支度したのか)
その光景が、あまりにも生々しい。
ベッドの端に腰を下ろすと、
シーツに微かに体温が残っているような気がした。
(ここに……いたんだな)
指でそっと布をなぞる。
(ここで泣いて……
ここで決めたんだ)
堪えきれず、
目を伏せた。
(……会いたい)
その言葉が、
胸の奥で膨らんでいく。
携帯が震えた。
反射的に手に取る。
——だが画面に浮かんだのは、
仕事の連絡だった。
志穂からではない。
期待してしまった自分を恥じ、
苦笑にもならない息が漏れた。
(……俺は、こんなにも弱いのか)
ソファに座り込み、
顔を両手で覆った。
何をしても、
志穂がいない事実も、
自分が言えなかった言葉の重さも、
消えることはなかった。
(今日くらい……仕事休めばよかったな)
ぽつりとこぼした言葉は、
誰にも届かない。
広い家に、
悠真の孤独だけが沈んでいった。