『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第28章「志穂の涙と小さな決意」
夜。
志穂は真理の家のゲストルームで、
ひとり静かに座っていた。
窓の外では街の灯りが揺らめき、
遠くを走る車の音がかすかに届く。
目の前に置いたスマホは、
何時間も沈黙したままだ。
(……送ってこないんだ)
胸の奥がじんと痛む。
今日一日、
何度スマホを見ただろう。
(……もしかしたら……
忙しいだけかもしれない)
そう思いたい。
そう思えない。
目に焼きついたSNSの噂。
『また若い女性と話してた』
『奥さんじゃなかったよね?』
(今日も……会ってたの……?)
息が浅くなる。
(わたし、やっぱり……
真理お姉ちゃんの“代わり”だから……?)
その考えが胸に刺さった瞬間、
志穂は両手で顔を覆った。
(違う……
そんなこと、ママが否定してくれたのに……
どうしてまだ……信じられないの……)
***
「……志穂」
そっと扉がノックされ、
姉の真理が顔をのぞかせた。
「眠れそう?」
「……ううん」
真理は部屋に入り、
志穂の隣に座った。
「今日ね」
真理は手にマグカップを持っていた。
「ハーブティー淹れたの。
少し落ち着くかと思って」
「ありがとう、お姉ちゃん……」
志穂は一口飲んだ。
温かい香りが胸の奥の冷たさを
ほんの少し和らげた。
「志穂」
真理は穏やかに続ける。
「わたしね……
あなたが今日、泣いたのを見て……
すごく胸が痛くなった」
「……お姉ちゃん?」
「あなたはずっと、
わたしと比べてきたでしょ」
志穂は黙る。
図星だった。
「でもね」
真理は微笑んだ。
「あなたはあなた。
わたしとは全然違う……
ちゃんと愛される価値のある女の子よ」
その言葉は刺すように優しく、
志穂の胸を揺さぶった。
(……愛される価値……)
「悠真くんだって……
きっとあなたを大切にしてる。
……不器用すぎるだけ」
「……そう思えるようになりたい……」
志穂は小さくつぶやいた。
(逃げてばかりじゃだめだ……
怖くても……知りたい……
ちゃんと向き合わなきゃ……)
「……お姉ちゃん。
明日……少しだけ自分の部屋に戻るね」
真理が驚いた顔をした。
「もう……大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ」
志穂は笑った。
涙の跡が光っていた。
「でも……このまま逃げ続けたら、
もっと大事なものを失う気がするの」
「…………」
「言ってほしいだけじゃない。
ちゃんと聞きたいの。
“あなたはどう思ってるの?”って」
その言葉は、
誰かに言い聞かせているようでもあり、
自分自身を奮い立たせるようでもあった。
(わたし……
悠真くんが好き。
それを守るために……
ちゃんと向き合いたい)
涙はまだ乾ききっていない。
胸の痛みもなくなってはいない。
でも——
志穂の瞳には、
小さな光が宿っていた。
その頃——
悠真は、
志穂の部屋の前でひとり立ち尽くしていた。
帰宅しても、
真っ暗な空間。
志穂が座っていたソファ。
一緒に食べるはずだった焼き菓子。
脱ぎっぱなしのスリッパ。
(……帰ってきて、志穂……)
喉が震えた。
(話したい……
伝えたい……
でも……どうすれば……)
薄暗い部屋に、
悠真の息だけが震えて響いた。
その震えと同じだけの痛みが、
志穂の胸にも残っていた。
そして——
翌朝、2人は再び“同じ家”へ向かうことになる。
まだ交わらないまま。
志穂は真理の家のゲストルームで、
ひとり静かに座っていた。
窓の外では街の灯りが揺らめき、
遠くを走る車の音がかすかに届く。
目の前に置いたスマホは、
何時間も沈黙したままだ。
(……送ってこないんだ)
胸の奥がじんと痛む。
今日一日、
何度スマホを見ただろう。
(……もしかしたら……
忙しいだけかもしれない)
そう思いたい。
そう思えない。
目に焼きついたSNSの噂。
『また若い女性と話してた』
『奥さんじゃなかったよね?』
(今日も……会ってたの……?)
息が浅くなる。
(わたし、やっぱり……
真理お姉ちゃんの“代わり”だから……?)
その考えが胸に刺さった瞬間、
志穂は両手で顔を覆った。
(違う……
そんなこと、ママが否定してくれたのに……
どうしてまだ……信じられないの……)
***
「……志穂」
そっと扉がノックされ、
姉の真理が顔をのぞかせた。
「眠れそう?」
「……ううん」
真理は部屋に入り、
志穂の隣に座った。
「今日ね」
真理は手にマグカップを持っていた。
「ハーブティー淹れたの。
少し落ち着くかと思って」
「ありがとう、お姉ちゃん……」
志穂は一口飲んだ。
温かい香りが胸の奥の冷たさを
ほんの少し和らげた。
「志穂」
真理は穏やかに続ける。
「わたしね……
あなたが今日、泣いたのを見て……
すごく胸が痛くなった」
「……お姉ちゃん?」
「あなたはずっと、
わたしと比べてきたでしょ」
志穂は黙る。
図星だった。
「でもね」
真理は微笑んだ。
「あなたはあなた。
わたしとは全然違う……
ちゃんと愛される価値のある女の子よ」
その言葉は刺すように優しく、
志穂の胸を揺さぶった。
(……愛される価値……)
「悠真くんだって……
きっとあなたを大切にしてる。
……不器用すぎるだけ」
「……そう思えるようになりたい……」
志穂は小さくつぶやいた。
(逃げてばかりじゃだめだ……
怖くても……知りたい……
ちゃんと向き合わなきゃ……)
「……お姉ちゃん。
明日……少しだけ自分の部屋に戻るね」
真理が驚いた顔をした。
「もう……大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ」
志穂は笑った。
涙の跡が光っていた。
「でも……このまま逃げ続けたら、
もっと大事なものを失う気がするの」
「…………」
「言ってほしいだけじゃない。
ちゃんと聞きたいの。
“あなたはどう思ってるの?”って」
その言葉は、
誰かに言い聞かせているようでもあり、
自分自身を奮い立たせるようでもあった。
(わたし……
悠真くんが好き。
それを守るために……
ちゃんと向き合いたい)
涙はまだ乾ききっていない。
胸の痛みもなくなってはいない。
でも——
志穂の瞳には、
小さな光が宿っていた。
その頃——
悠真は、
志穂の部屋の前でひとり立ち尽くしていた。
帰宅しても、
真っ暗な空間。
志穂が座っていたソファ。
一緒に食べるはずだった焼き菓子。
脱ぎっぱなしのスリッパ。
(……帰ってきて、志穂……)
喉が震えた。
(話したい……
伝えたい……
でも……どうすれば……)
薄暗い部屋に、
悠真の息だけが震えて響いた。
その震えと同じだけの痛みが、
志穂の胸にも残っていた。
そして——
翌朝、2人は再び“同じ家”へ向かうことになる。
まだ交わらないまま。