『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第31章 「悠真の焦り(葵からの連絡)」
オフィスに着くと同時に、
悠真のスマホが鋭く震えた。
画面に表示された名前——
《新堂 葵》。
(……嫌な予感しかしない)
周囲の視線を避け、
会議室の隅へ移動して電話を取る。
「……葵さん?」
『一条さん、急で申し訳ありません。
今、少しお話できますか?』
いつもは落ち着いた彼女の声が、
今日は妙に硬い。
「何があったんです」
『——兄が動きました』
一瞬、呼吸が止まった。
「……どういう意味ですか」
『昨日までは私と数名で止めていたのですが……
兄が、一条家——いえ、“志穂さん”に
直接接触しようとしている可能性があります』
血の気が一気に引いた。
「……志穂に?
どうして、今……!」
『“破談の件の責任を取らせるべき”という
親族の声が大きくなっていて……
兄が“動けば片が付く”と……』
「ふざけるな……!」
低く唸るような声が漏れた。
(志穂は何も関係ない。
彼女はただ真理の“妹”というだけなのに……
なんで……志穂が……)
握りしめた拳が震えた。
『一条さん。
あなたに申しあげたいのは——
“志穂さんをひとりにしないでください”ということです』
「……え?」
『あなた、今日は仕事で出社されたと聞きました』
悠真の喉がかすかに震える。
(……見られてた、のか)
『兄はあなたの動向も把握している可能性があります。
もし家に誰もいなければ……
志穂さんが狙われるのは時間の問題です』
「……っ……!」
悠真の胸が激しく脈打つ。
(志穂……
今、ひとりなんだ……
俺が……置いてきてしまった……)
朝見た志穂の顔が、胸に刺さる。
泣き出しそうな目。
強がった笑顔。
(なんで……
なんであのとき引き止めなかった……!)
後悔が胃の奥を締めつけた。
「葵さん、場所は?
奴がどこで動こうとしているのか——」
『まだ掴めていません。
ですが……兄の性格からして、
“あなたが仕事でいない時間”を狙うはずです』
(最悪だ……
一番危ないのは“今”なんだ)
胸の奥が焼けるように痛い。
『一条さん。
あなたは彼女を守ろうとしてくれています。
でも、まだ……
“言いたいことを言えていない”』
「……っ」
その言葉は、
悠真の急所を突いた。
(言えない……
言えないんじゃない。
“言わないほうがいい”と思い込んで……
逃げていただけだ)
『言葉が足りないと、
大切な人を失います』
葵の声は静かだが、その重さは鋭い。
『志穂さん……
今、とても不安定な状態です。
あなたの沈黙が、彼女を追い詰めています』
悠真は、目を閉じた。
胸の奥に、
深く深く突き刺さる痛み。
(知ってる……
あの涙の意味くらい……
本当は全部わかってる……)
『“守るために言わない”は、
時に“傷つける沈黙”になります』
(俺は……
守れてると思っていた。
全部ひとりで抱え込めばいいと思っていた。
でも——)
違った。
間違っていた。
(俺の沈黙が……
志穂を苦しめて、
疑わせて、
家を出させて……
今、またひとりにしてしまっている)
「……葵さん」
『はい』
「あなたと会っていたこと、
志穂は……誤解してる」
『……ええ。
わかっています。
その誤解……解かなければ、
志穂さんは壊れてしまうかもしれません』
悠真は深く息を吸い、
立ち上がった。
(行かなきゃ……
もう……“後で”なんて言ってる場合じゃない)
「……すぐに行きます」
『どこへ?』
「志穂のところだ。
もう……離れない」
一瞬の沈黙のあと、
葵は小さく笑った。
『——よかった。
その言葉を待っていました』
通話が切れる。
悠真はすぐにジャケットを掴み、
オフィスを飛び出した。
胸の奥にあるのはひとつだけ。
(志穂……
俺が守らなきゃ……
俺が言わなきゃ……)
(今度こそ、言う。
全部——)
エレベーターが閉まる瞬間、
悠真の心はすでに志穂のもとへ向かっていた
悠真のスマホが鋭く震えた。
画面に表示された名前——
《新堂 葵》。
(……嫌な予感しかしない)
周囲の視線を避け、
会議室の隅へ移動して電話を取る。
「……葵さん?」
『一条さん、急で申し訳ありません。
今、少しお話できますか?』
いつもは落ち着いた彼女の声が、
今日は妙に硬い。
「何があったんです」
『——兄が動きました』
一瞬、呼吸が止まった。
「……どういう意味ですか」
『昨日までは私と数名で止めていたのですが……
兄が、一条家——いえ、“志穂さん”に
直接接触しようとしている可能性があります』
血の気が一気に引いた。
「……志穂に?
どうして、今……!」
『“破談の件の責任を取らせるべき”という
親族の声が大きくなっていて……
兄が“動けば片が付く”と……』
「ふざけるな……!」
低く唸るような声が漏れた。
(志穂は何も関係ない。
彼女はただ真理の“妹”というだけなのに……
なんで……志穂が……)
握りしめた拳が震えた。
『一条さん。
あなたに申しあげたいのは——
“志穂さんをひとりにしないでください”ということです』
「……え?」
『あなた、今日は仕事で出社されたと聞きました』
悠真の喉がかすかに震える。
(……見られてた、のか)
『兄はあなたの動向も把握している可能性があります。
もし家に誰もいなければ……
志穂さんが狙われるのは時間の問題です』
「……っ……!」
悠真の胸が激しく脈打つ。
(志穂……
今、ひとりなんだ……
俺が……置いてきてしまった……)
朝見た志穂の顔が、胸に刺さる。
泣き出しそうな目。
強がった笑顔。
(なんで……
なんであのとき引き止めなかった……!)
後悔が胃の奥を締めつけた。
「葵さん、場所は?
奴がどこで動こうとしているのか——」
『まだ掴めていません。
ですが……兄の性格からして、
“あなたが仕事でいない時間”を狙うはずです』
(最悪だ……
一番危ないのは“今”なんだ)
胸の奥が焼けるように痛い。
『一条さん。
あなたは彼女を守ろうとしてくれています。
でも、まだ……
“言いたいことを言えていない”』
「……っ」
その言葉は、
悠真の急所を突いた。
(言えない……
言えないんじゃない。
“言わないほうがいい”と思い込んで……
逃げていただけだ)
『言葉が足りないと、
大切な人を失います』
葵の声は静かだが、その重さは鋭い。
『志穂さん……
今、とても不安定な状態です。
あなたの沈黙が、彼女を追い詰めています』
悠真は、目を閉じた。
胸の奥に、
深く深く突き刺さる痛み。
(知ってる……
あの涙の意味くらい……
本当は全部わかってる……)
『“守るために言わない”は、
時に“傷つける沈黙”になります』
(俺は……
守れてると思っていた。
全部ひとりで抱え込めばいいと思っていた。
でも——)
違った。
間違っていた。
(俺の沈黙が……
志穂を苦しめて、
疑わせて、
家を出させて……
今、またひとりにしてしまっている)
「……葵さん」
『はい』
「あなたと会っていたこと、
志穂は……誤解してる」
『……ええ。
わかっています。
その誤解……解かなければ、
志穂さんは壊れてしまうかもしれません』
悠真は深く息を吸い、
立ち上がった。
(行かなきゃ……
もう……“後で”なんて言ってる場合じゃない)
「……すぐに行きます」
『どこへ?』
「志穂のところだ。
もう……離れない」
一瞬の沈黙のあと、
葵は小さく笑った。
『——よかった。
その言葉を待っていました』
通話が切れる。
悠真はすぐにジャケットを掴み、
オフィスを飛び出した。
胸の奥にあるのはひとつだけ。
(志穂……
俺が守らなきゃ……
俺が言わなきゃ……)
(今度こそ、言う。
全部——)
エレベーターが閉まる瞬間、
悠真の心はすでに志穂のもとへ向かっていた