『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第34章「扉の向こうの再会」
扉の向こうで、
かすかな音がした。
何かが床に当たったような——
弱い、頼りない音。
(志穂……!)
悠真は、
もう一度ドアを強く叩きそうになったが——
拳をぎり、と握りしめた。
乱暴にしたら、
彼女を怯えさせてしまう。
「……志穂。
いるんだろ?」
できるだけ優しく、
呼びかける。
しかし返事はない。
(……聞こえてる。
さっき電話で声はしたんだ……
泣いてるのか?
動けないほど……?)
胸がぎゅっと痛む。
「……開けて。
いや……開けられないなら、
そのままでもいい」
少しだけ間を置いて——
「俺が……
そばにいるから」
声が震えた。
抑えたはずなのに滲んでしまう。
扉の前で
じっと耳を澄ませる。
すると——
カチャ……
ごく小さな鍵の回る音。
そして、
ゆっくりと扉が数センチ開いた。
隙間からのぞく薄い光。
そこに——
志穂がいた。
床に座り込んだまま、
泣いた跡のある顔で。
頬に涙の筋が残り、
唇は噛みしめた痕が赤くなっていた。
(……こんな……
こんなに泣かせて……)
悠真の胸が
崩れるように痛んだ。
「……志穂」
その名を呼んだ声は、
自分でも驚くほど弱かった。
志穂は、
ゆっくりと顔を上げた。
「……なんで……
来たの……?」
泣きすぎて声がかすれていた。
悠真は一歩、
扉の内側へ踏み込んだ。
「当たり前だろ。
……ひとりで泣かせるわけにはいかない」
志穂の肩がびくっと震える。
「……うそ。
朝は……
後でって……
言ったくせに……」
その言葉があまりにも痛くて、
悠真は喉の奥が熱くなった。
(違う……
違うんだ……
あれは……逃げた言葉だった……!)
「……ごめん」
たった一言。
でも、その一言は
悠真のすべてが滲んだ声だった。
志穂の目が揺れる。
「……なにが……?」
問いかけは弱く、
でも刺すように真っ直ぐ。
悠真はしゃがみ込み、
志穂と視線を合わせた。
その距離は、
触れようと思えば触れられるほど近い。
けれど——
悠真は手を伸ばせなかった。
(今……抱きしめたら……
志穂は“都合よく慰められた”って
思うかもしれない……
だめだ……
まず言わなきゃ……)
「朝、
“後で”なんて言って……
本当に……ごめん」
志穂の目に涙が再び溜まる。
「……どうして……
言ってくれないの……?」
その震えた声は、
胸を切り裂くほど痛かった。
「……守りたかったんだ。
余計なこと知って
怖い思いをしてほしくなくて……
全部……言えなかった」
「それで……
わたしだけ……
知らないまま……?」
ぽたり、と涙が落ちた。
床に落ちたその音が、
悠真の心臓に突き刺さる。
「……違う」
悠真はそっと息を吸った。
ここで逃げたら終わる。
もう二度と、
志穂は心を開いてくれない。
「違う。
……怖かったのは、俺のほうだ」
「……え?」
志穂が顔を上げる。
「志穂が……
俺を嫌いになるのが怖かった。
……真理さんのことも、
新堂家のことも、
全部話したら……
“わたしじゃないとだめなの?”って
言われる気がして」
(言ってしまった……)
胸の奥が、
張り裂けるように熱くなった。
志穂は涙をこぼしながら、
震える声で言った。
「わたし……
ちゃんと聞きたかっただけ……」
「……わかってる」
志穂の手が
かすかに伸びた。
触れたいのか、
拒むのか、
どちらか自分でさえわからないような
小さな動き。
悠真は——
その手を奪わない。
ただ、
そっと近くに自分の手を置いた。
触れない距離。
でも、すぐそばに。
そして、
震える声で言った。
「志穂。
話したいことが……
たくさんある」
「……うん」
志穂の返事は
小さくて、弱くて、
それでも確かだった。
ふたりはまだ触れ合っていない。
けれど——
扉の向こうで離れていた心が、
ようやく同じ場所へ戻り始め
かすかな音がした。
何かが床に当たったような——
弱い、頼りない音。
(志穂……!)
悠真は、
もう一度ドアを強く叩きそうになったが——
拳をぎり、と握りしめた。
乱暴にしたら、
彼女を怯えさせてしまう。
「……志穂。
いるんだろ?」
できるだけ優しく、
呼びかける。
しかし返事はない。
(……聞こえてる。
さっき電話で声はしたんだ……
泣いてるのか?
動けないほど……?)
胸がぎゅっと痛む。
「……開けて。
いや……開けられないなら、
そのままでもいい」
少しだけ間を置いて——
「俺が……
そばにいるから」
声が震えた。
抑えたはずなのに滲んでしまう。
扉の前で
じっと耳を澄ませる。
すると——
カチャ……
ごく小さな鍵の回る音。
そして、
ゆっくりと扉が数センチ開いた。
隙間からのぞく薄い光。
そこに——
志穂がいた。
床に座り込んだまま、
泣いた跡のある顔で。
頬に涙の筋が残り、
唇は噛みしめた痕が赤くなっていた。
(……こんな……
こんなに泣かせて……)
悠真の胸が
崩れるように痛んだ。
「……志穂」
その名を呼んだ声は、
自分でも驚くほど弱かった。
志穂は、
ゆっくりと顔を上げた。
「……なんで……
来たの……?」
泣きすぎて声がかすれていた。
悠真は一歩、
扉の内側へ踏み込んだ。
「当たり前だろ。
……ひとりで泣かせるわけにはいかない」
志穂の肩がびくっと震える。
「……うそ。
朝は……
後でって……
言ったくせに……」
その言葉があまりにも痛くて、
悠真は喉の奥が熱くなった。
(違う……
違うんだ……
あれは……逃げた言葉だった……!)
「……ごめん」
たった一言。
でも、その一言は
悠真のすべてが滲んだ声だった。
志穂の目が揺れる。
「……なにが……?」
問いかけは弱く、
でも刺すように真っ直ぐ。
悠真はしゃがみ込み、
志穂と視線を合わせた。
その距離は、
触れようと思えば触れられるほど近い。
けれど——
悠真は手を伸ばせなかった。
(今……抱きしめたら……
志穂は“都合よく慰められた”って
思うかもしれない……
だめだ……
まず言わなきゃ……)
「朝、
“後で”なんて言って……
本当に……ごめん」
志穂の目に涙が再び溜まる。
「……どうして……
言ってくれないの……?」
その震えた声は、
胸を切り裂くほど痛かった。
「……守りたかったんだ。
余計なこと知って
怖い思いをしてほしくなくて……
全部……言えなかった」
「それで……
わたしだけ……
知らないまま……?」
ぽたり、と涙が落ちた。
床に落ちたその音が、
悠真の心臓に突き刺さる。
「……違う」
悠真はそっと息を吸った。
ここで逃げたら終わる。
もう二度と、
志穂は心を開いてくれない。
「違う。
……怖かったのは、俺のほうだ」
「……え?」
志穂が顔を上げる。
「志穂が……
俺を嫌いになるのが怖かった。
……真理さんのことも、
新堂家のことも、
全部話したら……
“わたしじゃないとだめなの?”って
言われる気がして」
(言ってしまった……)
胸の奥が、
張り裂けるように熱くなった。
志穂は涙をこぼしながら、
震える声で言った。
「わたし……
ちゃんと聞きたかっただけ……」
「……わかってる」
志穂の手が
かすかに伸びた。
触れたいのか、
拒むのか、
どちらか自分でさえわからないような
小さな動き。
悠真は——
その手を奪わない。
ただ、
そっと近くに自分の手を置いた。
触れない距離。
でも、すぐそばに。
そして、
震える声で言った。
「志穂。
話したいことが……
たくさんある」
「……うん」
志穂の返事は
小さくて、弱くて、
それでも確かだった。
ふたりはまだ触れ合っていない。
けれど——
扉の向こうで離れていた心が、
ようやく同じ場所へ戻り始め