『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第35章「真実の始まり(悠真が話し出す)」
志穂の涙が落ち着くまで、
しばらくふたりは沈黙していた。
扉のすぐ内側の床に座り込んだまま、
向かい合って息を整える。
静かだ。
でも、重くない。
朝までの冷たい距離とは違う。
今は——
「やっと向き合える」そんな空気。
「……どこから話せばいいのかわからない」
悠真が、
ほんのかすかに笑って言った。
「全部、教えて」
志穂の小さな声は、
泣き疲れてかすれていたけれど、
しっかりとまっすぐだった。
逃げられない。
逃げたくもない。
悠真は深く息を吸って、
言葉を選ぶように口を開いた。
「まず……
朝、俺が“後で”って言ったのは……
嘘だった」
「……うそ?」
「言えなかっただけだ。
本当はその場で言うべきだったのに……
全部、俺が怖がって逃げた」
志穂は、ゆっくりと瞬きをする。
「なにが……怖かったの?」
「志穂が……
俺から離れていくこと」
その言葉に、
志穂の胸が、ぎゅっと縮んだ。
(……わたしも……それが怖かったのに)
「離れるわけ……ないよ……」
ぽつりとこぼれた言葉に、
悠真の瞳が揺れた。
けれど——
話さなければならないことは他にある。
「志穂。
昨日の“あの女性”……覚えてるか?」
「……うん。
朝のラウンジで見た人……
“君のことは守るよ”って……言ってたひと」
志穂の声に、
痛みと不安が混じる。
(真理お姉ちゃんの……
婚約者だった人……?
その妹……?
それとも……)
「……あの人は、新堂葵さんだ」
はっきりと名前を言われ、
志穂の肩がぴくんと揺れた。
「やっぱり……
真理お姉ちゃんの……」
「そうだ。
新堂晶司——
真理さんの元婚約者の“妹”。」
志穂は息を飲んだ。
頭の中で
昨日真理が見せた曇った表情と
今朝の冷たい訪問がつながっていく。
「……どうして……
悠真くんが、その人と話してたの……?」
震える声。
それが一番聞きたかった。
でもその答えが、
志穂をもっと傷つけるかもしれない。
それでも——
悠真は逃げなかった。
(ここで逃げたら終わる)
「志穂を……守りたかったからだ」
「……わたし……?」
「“破談の責任を一条家に問うべきだ”って
新堂家の親族の一部が言い出した。
その矛先が……
“妹である志穂さんに向かう可能性がある”
……そう、葵さんに聞かされた」
志穂は、
息を止めたように動かない。
ゆっくりと、瞳が揺れる。
「……だから……
わたしに黙って……?」
「怖がらせたくなかった。
言ったら……
志穂が真理さんのことを
責めるかもしれないと思った」
「そんなこと……するわけ……ない」
「そう思ってても……
言えなかった。
“もし志穂が、
自分の家のことで苦しんだらどうしよう”って……
勝手に抱え込んだんだ」
「勝手に……?」
志穂の目に、涙がまたたまる。
「……それが……
苦しかったんだよ……?」
その言葉は弱い。
でも、強かった。
悠真は視線を落とし、
手を膝の上で握りしめた。
「ほんとうに……ごめん」
謝る声は震えていた。
「でも……俺は……
本当に……志穂のことを守りたかったんだ。
“好きだから”って言うと、
軽く聞こえるかもしれないけど……
その言葉のせいで、
志穂がもっと不安になる気がした」
「……どうして……?」
「“愛してる”って言葉が……
志穂を傷つけてるって思ったからだ」
志穂の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「そんな……
そんなこと……ない……!」
「でも……
“言えない俺”のせいで泣かせてる……」
言葉が震えて途切れる。
志穂は、
涙をそのままにして首を振った。
「違う……
それでも……
聞きたかった……
知りたかった……」
志穂は、
勇気を振り絞るように息を吸った。
「わたし……
ほんとに……
あなたの気持ちが知りたかっただけなんだよ……」
その言葉は、
静かに静かに——
悠真の胸を刺し貫いた。
逃げられない。
もう、何も隠せない。
悠真は、
志穂の瞳をまっすぐ見て言った。
「志穂。
本気で守りたいって思ってる。
離れたくないって……
ずっと思ってる」
志穂の涙が、
ぽたぽたと落ちる。
「……それって……」
聞き返そうとした瞬間——
ピンポーン。
突然のインターホン。
ふたりの心臓が、
同時に跳ねた。
(また……?
まさか……?)
緊張が、
一瞬で濃く張りつめた。
しばらくふたりは沈黙していた。
扉のすぐ内側の床に座り込んだまま、
向かい合って息を整える。
静かだ。
でも、重くない。
朝までの冷たい距離とは違う。
今は——
「やっと向き合える」そんな空気。
「……どこから話せばいいのかわからない」
悠真が、
ほんのかすかに笑って言った。
「全部、教えて」
志穂の小さな声は、
泣き疲れてかすれていたけれど、
しっかりとまっすぐだった。
逃げられない。
逃げたくもない。
悠真は深く息を吸って、
言葉を選ぶように口を開いた。
「まず……
朝、俺が“後で”って言ったのは……
嘘だった」
「……うそ?」
「言えなかっただけだ。
本当はその場で言うべきだったのに……
全部、俺が怖がって逃げた」
志穂は、ゆっくりと瞬きをする。
「なにが……怖かったの?」
「志穂が……
俺から離れていくこと」
その言葉に、
志穂の胸が、ぎゅっと縮んだ。
(……わたしも……それが怖かったのに)
「離れるわけ……ないよ……」
ぽつりとこぼれた言葉に、
悠真の瞳が揺れた。
けれど——
話さなければならないことは他にある。
「志穂。
昨日の“あの女性”……覚えてるか?」
「……うん。
朝のラウンジで見た人……
“君のことは守るよ”って……言ってたひと」
志穂の声に、
痛みと不安が混じる。
(真理お姉ちゃんの……
婚約者だった人……?
その妹……?
それとも……)
「……あの人は、新堂葵さんだ」
はっきりと名前を言われ、
志穂の肩がぴくんと揺れた。
「やっぱり……
真理お姉ちゃんの……」
「そうだ。
新堂晶司——
真理さんの元婚約者の“妹”。」
志穂は息を飲んだ。
頭の中で
昨日真理が見せた曇った表情と
今朝の冷たい訪問がつながっていく。
「……どうして……
悠真くんが、その人と話してたの……?」
震える声。
それが一番聞きたかった。
でもその答えが、
志穂をもっと傷つけるかもしれない。
それでも——
悠真は逃げなかった。
(ここで逃げたら終わる)
「志穂を……守りたかったからだ」
「……わたし……?」
「“破談の責任を一条家に問うべきだ”って
新堂家の親族の一部が言い出した。
その矛先が……
“妹である志穂さんに向かう可能性がある”
……そう、葵さんに聞かされた」
志穂は、
息を止めたように動かない。
ゆっくりと、瞳が揺れる。
「……だから……
わたしに黙って……?」
「怖がらせたくなかった。
言ったら……
志穂が真理さんのことを
責めるかもしれないと思った」
「そんなこと……するわけ……ない」
「そう思ってても……
言えなかった。
“もし志穂が、
自分の家のことで苦しんだらどうしよう”って……
勝手に抱え込んだんだ」
「勝手に……?」
志穂の目に、涙がまたたまる。
「……それが……
苦しかったんだよ……?」
その言葉は弱い。
でも、強かった。
悠真は視線を落とし、
手を膝の上で握りしめた。
「ほんとうに……ごめん」
謝る声は震えていた。
「でも……俺は……
本当に……志穂のことを守りたかったんだ。
“好きだから”って言うと、
軽く聞こえるかもしれないけど……
その言葉のせいで、
志穂がもっと不安になる気がした」
「……どうして……?」
「“愛してる”って言葉が……
志穂を傷つけてるって思ったからだ」
志穂の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「そんな……
そんなこと……ない……!」
「でも……
“言えない俺”のせいで泣かせてる……」
言葉が震えて途切れる。
志穂は、
涙をそのままにして首を振った。
「違う……
それでも……
聞きたかった……
知りたかった……」
志穂は、
勇気を振り絞るように息を吸った。
「わたし……
ほんとに……
あなたの気持ちが知りたかっただけなんだよ……」
その言葉は、
静かに静かに——
悠真の胸を刺し貫いた。
逃げられない。
もう、何も隠せない。
悠真は、
志穂の瞳をまっすぐ見て言った。
「志穂。
本気で守りたいって思ってる。
離れたくないって……
ずっと思ってる」
志穂の涙が、
ぽたぽたと落ちる。
「……それって……」
聞き返そうとした瞬間——
ピンポーン。
突然のインターホン。
ふたりの心臓が、
同時に跳ねた。
(また……?
まさか……?)
緊張が、
一瞬で濃く張りつめた。