『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第44章「新堂家の影、再び(叔父の別の圧力)」
朝の光が差し込むリビングで、
志穂はまだ脈が早いまま、
温かいコーヒーを口に運んでいた。
隣の悠真は、
静かにその表情を見守っている。
(……昨日のこと、
忘れられるはずないよね……)
志穂はそう思いながらも、
なんとか平静を保とうとしていた。
しかし庭鳥のさえずりが聞こえるほど
穏やかな朝だったのは、ほんの数分間だった。
ピピッ——
悠真のスマホが震える。
画面を見た瞬間、
彼の眉がわずかに動いた。
(……誰?)
「新堂家の……叔父だ」
志穂の心臓が、一気に跳ねた。
(また……?
またなにか……?)
悠真は通話を取った。
「……一条です」
『——悠真くん』
聞こえてくる声は、
丁寧で、穏やかで、
それでいて……どこか鋭い。
『三者会談の件で連絡した。
その前にひとつ、確認があってね』
「確認……?」
『ええ。
昨夜、こちらの晶司が“志穂さんと接触”したと聞いた』
志穂の体が、びくっと震えた。
(っ……どうしてそれを……)
『あれは、わたしの指示ではない。
あくまでも晶司自身の“判断”だ』
悠真は無言で聞いている。
(違う……
叔父は怒っている……
晶司のことじゃない……)
志穂の背中に、冷たい予感が走る。
『——だが。
妹さんが我が家にとって
“有益な人物かどうか” を
見極めようとする気持ちは理解できる』
「…………」
言葉のひとつひとつが冷たすぎて、
志穂の指先が震える。
『悠真くん。
一条家としては“志穂さんを守る”と言うが……
本当にそれで良いのかね?』
「どういう意味です」
『志穂さんの“資質”は、
真理さんとは異なるだろう』
(“資質”……?)
『優しすぎる。
涙を流す。
心が繊細だ。
——家を背負うには向かない』
志穂の胸がズキっと痛む。
(そんな……
どうしてそんな……)
『だが逆に言えば、
“従いやすい” とも言える』
「……!」
『一条家にとっても悪い話ではない。
我が家との縁が繋がることは……
決して損ではないだろう?』
悠真が一瞬だけ目を閉じた。
ゆっくりと、
深く深呼吸をする。
(怒ってる……
悠真くん……)
『真理さんに拒まれた縁談も、
妹さんなら無理はあるまい。
打算なしに、
“素直に嫁げる” タイプだ』
志穂は息が止まった。
(嫁げる……?
わたしに……?
もう結婚してるのに……?)
頭が真っ白になり、
膝が震えた。
『だからこそ。
一度……考えてみてはどうか』
「……考える……?」
悠真の声は低く、
喉の奥で抑え込まれた怒気を孕んでいた。
『ええ。
“志穂さんを離縁なさる”という選択肢を』
「…………」
志穂は、
自分の耳を疑った。
(離縁……?
わたしが……?)
『もちろん、
これは悪い話ではない。
妹さんは穏やかで……従順で……
家を傷つけることもなく……
“従う”ことで多くを円満にする女性だ』
志穂の心が、
音を立てて崩れ始めた。
(従順……従う……?
それって……
わたしのことを……)
(“自分では選ばない人間”って……
そう言ってるの……?)
涙がにじみそうになった時——
悠真が静かに口を開いた。
「叔父上」
『なんだね』
「……志穂は、
“一条家に従うための人”じゃない」
その声は静かで低い。
しかしそれだけに、重かった。
『だが、家のために動くのが——』
「違います。」
志穂はハッと顔を上げた。
悠真は、
怒鳴りはしない。
ただ……声を落として、
相手を切りつけるような静けさで言った。
「俺は……家のために結婚したんじゃない」
『……!』
「志穂を……
“誰かの代わりに嫁がせるため”に
選んだんじゃない。」
(……悠真くん……?)
『しかし現実は——』
「現実は、
俺が志穂と結婚した。」
『……』
「それ以上でも、それ以下でもない。」
相手の声が止まる。
悠真は言葉を続けた。
「叔父上。
俺の妻を……
二度と“従いやすいから”などと言わないでください」
志穂の胸に、
熱いものが一気に広がった。
(悠真くん……
わたしのために……)
『……あなたは、真理さん以上に頑固だな』
「そうかもしれません」
『では、三者会談でお会いしましょう。
あなたの“覚悟”とやらが、
どれほどのものか……楽しみにしている』
通話が切れた。
空気が静まり返る。
「……悠真、くん……?」
声が震える。
悠真は志穂の方を向き、
ゆっくりと言った。
「……志穂。
聞かなくて良かった言葉まで、
聞かせてしまったな」
「……違う……」
志穂は首を振った。
「聞けて……良かった……
あなたが……怒ってくれたから……」
涙が滲む。
「“わたしを守るために怒る人”なんて……
今までいなかった……」
悠真は、その涙を見て目を伏せた。
拳を握りしめたまま、
ゆっくりと近づいてきて——
志穂の頭にそっと手を置いた。
「……守るよ。
何度でも。」
その声は、
朝の静かな光よりも優しかった。
志穂はまだ脈が早いまま、
温かいコーヒーを口に運んでいた。
隣の悠真は、
静かにその表情を見守っている。
(……昨日のこと、
忘れられるはずないよね……)
志穂はそう思いながらも、
なんとか平静を保とうとしていた。
しかし庭鳥のさえずりが聞こえるほど
穏やかな朝だったのは、ほんの数分間だった。
ピピッ——
悠真のスマホが震える。
画面を見た瞬間、
彼の眉がわずかに動いた。
(……誰?)
「新堂家の……叔父だ」
志穂の心臓が、一気に跳ねた。
(また……?
またなにか……?)
悠真は通話を取った。
「……一条です」
『——悠真くん』
聞こえてくる声は、
丁寧で、穏やかで、
それでいて……どこか鋭い。
『三者会談の件で連絡した。
その前にひとつ、確認があってね』
「確認……?」
『ええ。
昨夜、こちらの晶司が“志穂さんと接触”したと聞いた』
志穂の体が、びくっと震えた。
(っ……どうしてそれを……)
『あれは、わたしの指示ではない。
あくまでも晶司自身の“判断”だ』
悠真は無言で聞いている。
(違う……
叔父は怒っている……
晶司のことじゃない……)
志穂の背中に、冷たい予感が走る。
『——だが。
妹さんが我が家にとって
“有益な人物かどうか” を
見極めようとする気持ちは理解できる』
「…………」
言葉のひとつひとつが冷たすぎて、
志穂の指先が震える。
『悠真くん。
一条家としては“志穂さんを守る”と言うが……
本当にそれで良いのかね?』
「どういう意味です」
『志穂さんの“資質”は、
真理さんとは異なるだろう』
(“資質”……?)
『優しすぎる。
涙を流す。
心が繊細だ。
——家を背負うには向かない』
志穂の胸がズキっと痛む。
(そんな……
どうしてそんな……)
『だが逆に言えば、
“従いやすい” とも言える』
「……!」
『一条家にとっても悪い話ではない。
我が家との縁が繋がることは……
決して損ではないだろう?』
悠真が一瞬だけ目を閉じた。
ゆっくりと、
深く深呼吸をする。
(怒ってる……
悠真くん……)
『真理さんに拒まれた縁談も、
妹さんなら無理はあるまい。
打算なしに、
“素直に嫁げる” タイプだ』
志穂は息が止まった。
(嫁げる……?
わたしに……?
もう結婚してるのに……?)
頭が真っ白になり、
膝が震えた。
『だからこそ。
一度……考えてみてはどうか』
「……考える……?」
悠真の声は低く、
喉の奥で抑え込まれた怒気を孕んでいた。
『ええ。
“志穂さんを離縁なさる”という選択肢を』
「…………」
志穂は、
自分の耳を疑った。
(離縁……?
わたしが……?)
『もちろん、
これは悪い話ではない。
妹さんは穏やかで……従順で……
家を傷つけることもなく……
“従う”ことで多くを円満にする女性だ』
志穂の心が、
音を立てて崩れ始めた。
(従順……従う……?
それって……
わたしのことを……)
(“自分では選ばない人間”って……
そう言ってるの……?)
涙がにじみそうになった時——
悠真が静かに口を開いた。
「叔父上」
『なんだね』
「……志穂は、
“一条家に従うための人”じゃない」
その声は静かで低い。
しかしそれだけに、重かった。
『だが、家のために動くのが——』
「違います。」
志穂はハッと顔を上げた。
悠真は、
怒鳴りはしない。
ただ……声を落として、
相手を切りつけるような静けさで言った。
「俺は……家のために結婚したんじゃない」
『……!』
「志穂を……
“誰かの代わりに嫁がせるため”に
選んだんじゃない。」
(……悠真くん……?)
『しかし現実は——』
「現実は、
俺が志穂と結婚した。」
『……』
「それ以上でも、それ以下でもない。」
相手の声が止まる。
悠真は言葉を続けた。
「叔父上。
俺の妻を……
二度と“従いやすいから”などと言わないでください」
志穂の胸に、
熱いものが一気に広がった。
(悠真くん……
わたしのために……)
『……あなたは、真理さん以上に頑固だな』
「そうかもしれません」
『では、三者会談でお会いしましょう。
あなたの“覚悟”とやらが、
どれほどのものか……楽しみにしている』
通話が切れた。
空気が静まり返る。
「……悠真、くん……?」
声が震える。
悠真は志穂の方を向き、
ゆっくりと言った。
「……志穂。
聞かなくて良かった言葉まで、
聞かせてしまったな」
「……違う……」
志穂は首を振った。
「聞けて……良かった……
あなたが……怒ってくれたから……」
涙が滲む。
「“わたしを守るために怒る人”なんて……
今までいなかった……」
悠真は、その涙を見て目を伏せた。
拳を握りしめたまま、
ゆっくりと近づいてきて——
志穂の頭にそっと手を置いた。
「……守るよ。
何度でも。」
その声は、
朝の静かな光よりも優しかった。