『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第45章「晶司の執着、さらに深まる」
新堂家・別邸の書斎は、
空気が一枚のガラスのように静かだった。
磨かれた黒檀の机。
閉じられた重たいカーテン。
壁にかけられた古い油絵。
その中心に、
晶司は椅子に深く腰を下ろし、
組んだ指の隙間から静かに思考を巡らせていた。
(……一条志穂さん)
名前を心の中で呼ぶだけで、
胸の奥に熱いような、
冷たいような感覚が走る。
真理とは違う。
真理への未練とは違う。
(あの目は……
本当に珍しい)
昨夜の光景が鮮明に蘇る。
街灯に照らされた横顔。
震える指先。
言葉を探すように揺れた瞳。
(壊れやすい。
けれど、壊してはいけない種類の“繊細さ”)
その危うさが、
晶司の興味を深く刺激していた。
「……泣きそうな顔をしていた」
独り言のように呟いた声は、
冷静そのもの。
「あの目……
真理にはなかった……」
椅子の背に手を添え、
ゆっくりと立ち上がる。
歩くたび、
足音が柔らかく響く。
机の上には、
叔父が送ってきた“志穂の資料”が並んでいた。
学歴。
勤務先。
家族構成。
結婚の日取り。
晶司はその中から一枚の写真を手に取る。
真理との姉妹写真。
横に立つ志穂は、
笑っていた。
でも、どこかおとなしく、
消え入りそうな笑顔。
「……やはり、優しすぎる」
写真を指でなぞる。
その指先に感情はない。
(自分の感情を犠牲にするタイプの女性だ
……あれは、倒れる)
晶司は、
弱いものが嫌いではなかった。
(守られたい人間は……
守られる側であるべきだ)
それは歪んだ優しさ。
狂気をまとったロジック。
「一条悠真さんは……
それを理解していない」
写真を机に置く。
やや顎を傾け、
ゆっくりと息を吐いた。
(あの男は“力”はある。
怒りも、責任も、家の立場も持っている)
(だが……
“愛している”とは言っていない)
晶司の目が薄く細まった。
「言えないのなら——
いずれ、隙はできる」
それは予測でも推理でもない。
ただの“事実のような確信”。
机の引き出しから、
一冊の黒い手帳を取り出す。
志穂の名前を、
ページの端にゆっくり書き込む。
《一条志穂》
その文字を見つめながら、
晶司は静かに微笑んだ。
(あの涙。
あの震え。
あの目。)
(もっと近くで見たい)
恋ではない。
欲望とも違う。
ただ——
“観察したい”
“触れたい”
“知りたい”
その欲望が、
静かに静かに深まっていく。
(また会いたい。
会って……確かめたい)
(彼女が、どんな言葉に震え、
どんな嘘を許し、
どんな本音で泣くのか)
執着は、もう始まっていた。
音もなく、
誰にも悟られないまま、
じわじわと形を成していく。
「……志穂さん」
名前を呼ぶ声は、
甘いのに冷たい。
「あなたは……
あの家にはもったいない」
晶司は書斎の窓を開けた。
冷たい風が吹き、
カーテンが揺れる。
(次は……
どこで会えるだろう)
(どんな表情を見せてくれるだろう)
(もっと……知りたい)
そう思った瞬間——
晶司の執着は、
もう後戻りできないほど深く沈んでいた。
空気が一枚のガラスのように静かだった。
磨かれた黒檀の机。
閉じられた重たいカーテン。
壁にかけられた古い油絵。
その中心に、
晶司は椅子に深く腰を下ろし、
組んだ指の隙間から静かに思考を巡らせていた。
(……一条志穂さん)
名前を心の中で呼ぶだけで、
胸の奥に熱いような、
冷たいような感覚が走る。
真理とは違う。
真理への未練とは違う。
(あの目は……
本当に珍しい)
昨夜の光景が鮮明に蘇る。
街灯に照らされた横顔。
震える指先。
言葉を探すように揺れた瞳。
(壊れやすい。
けれど、壊してはいけない種類の“繊細さ”)
その危うさが、
晶司の興味を深く刺激していた。
「……泣きそうな顔をしていた」
独り言のように呟いた声は、
冷静そのもの。
「あの目……
真理にはなかった……」
椅子の背に手を添え、
ゆっくりと立ち上がる。
歩くたび、
足音が柔らかく響く。
机の上には、
叔父が送ってきた“志穂の資料”が並んでいた。
学歴。
勤務先。
家族構成。
結婚の日取り。
晶司はその中から一枚の写真を手に取る。
真理との姉妹写真。
横に立つ志穂は、
笑っていた。
でも、どこかおとなしく、
消え入りそうな笑顔。
「……やはり、優しすぎる」
写真を指でなぞる。
その指先に感情はない。
(自分の感情を犠牲にするタイプの女性だ
……あれは、倒れる)
晶司は、
弱いものが嫌いではなかった。
(守られたい人間は……
守られる側であるべきだ)
それは歪んだ優しさ。
狂気をまとったロジック。
「一条悠真さんは……
それを理解していない」
写真を机に置く。
やや顎を傾け、
ゆっくりと息を吐いた。
(あの男は“力”はある。
怒りも、責任も、家の立場も持っている)
(だが……
“愛している”とは言っていない)
晶司の目が薄く細まった。
「言えないのなら——
いずれ、隙はできる」
それは予測でも推理でもない。
ただの“事実のような確信”。
机の引き出しから、
一冊の黒い手帳を取り出す。
志穂の名前を、
ページの端にゆっくり書き込む。
《一条志穂》
その文字を見つめながら、
晶司は静かに微笑んだ。
(あの涙。
あの震え。
あの目。)
(もっと近くで見たい)
恋ではない。
欲望とも違う。
ただ——
“観察したい”
“触れたい”
“知りたい”
その欲望が、
静かに静かに深まっていく。
(また会いたい。
会って……確かめたい)
(彼女が、どんな言葉に震え、
どんな嘘を許し、
どんな本音で泣くのか)
執着は、もう始まっていた。
音もなく、
誰にも悟られないまま、
じわじわと形を成していく。
「……志穂さん」
名前を呼ぶ声は、
甘いのに冷たい。
「あなたは……
あの家にはもったいない」
晶司は書斎の窓を開けた。
冷たい風が吹き、
カーテンが揺れる。
(次は……
どこで会えるだろう)
(どんな表情を見せてくれるだろう)
(もっと……知りたい)
そう思った瞬間——
晶司の執着は、
もう後戻りできないほど深く沈んでいた。