『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第48章「晶司、遠くから二人を見ている」
昼下がりのオフィス街。
ガラス張りのビルが光を跳ね返し、
車寄せには黒い車が静かに止まっていた。
その少し離れた場所。
人混みの中に、
紛れるように立つ影がひとつ。
黒いコート。
整った横顔。
ノイズのない気配。
新堂晶司。
彼は何もせず、
ただ“見ていた”。
志穂がビルから出てくる。
その後ろに、悠真。
ふたりが並んで歩く姿を、
晶司の瞳がゆっくり追う。
(……迎えに来たのか)
口元が、わずかに緩む。
(反応が早い……
さすがだな、一条悠真さん)
皮肉でも賞賛でもない。
ただの“観察”。
(だが——)
ふたりの距離は、
明らかに昨日までより近い。
志穂は緊張した顔で、
どこか不安げに悠真を見上げる。
(……まだ足りない)
(彼女の目は……
“救われて”いない)
晶司はそれを見逃さない。
(不安は残っている。
心配は消えていない。
——つまり、まだ揺らせる)
その冷静な分析が、
無表情のまま淡々と進んでいく。
運転手が車のドアを開けた。
志穂が乗り込む。
続いて悠真も。
車内にふたりが消えると、
晶司の瞳がごくわずかに細められた。
(……密室か)
風でも吹いたかのように、
晶司のコートが揺れた。
だが彼は歩き出さない。
追いかけもしない。
ただ、静かに“立ち続けた”。
通り過ぎるスーツ姿の会社員たちは、
彼がそこにいることすら気づかない。
影のように存在して、
影のように息づく。
(志穂さん……
どんな顔をしているだろう)
(泣いているか?
怯えているか?
それとも——
安心して、甘えているか?)
そこまで考えた瞬間、
晶司の目にふっと光が宿った。
興奮でも焦りでもない。
もっと静かで、もっと深い。
(泣いている顔が見たい)
(怯えて震える肩を見たい)
(“救い”を求める目を……
もう一度、間近で)
その欲望が、
胸の奥でじわりと熱を増した。
愛ではない。
恋ではない。
ただの——
「観察したい」 という狂気。
車がゆっくり動き出す。
志穂と悠真を乗せて、
通りを進んでいく。
晶司は動かない。
追わない。
(今は……まだいい)
(焦る必要はない)
(距離を詰めるには……
“彼女の不安”が残っている状態が好ましい)
コートのポケットに手を入れ、
小さな黒い録音デバイスの感触を確かめる。
(次は……声だ)
(いつでも“震えた声”を聞けるように)
(どんな言葉で壊れるのか……
もっと知りたい)
車が視界から消えた後も、
晶司はその方向を静かに見つめていた。
風が吹き抜ける。
しかし晶司の頬には、
少しの揺らぎもない。
(志穂さん……
あなたは、面白い)
(あの優しさも、
弱さも、
涙も——)
(俺を惹きつける)
そして、
その瞳の奥に浮かぶのはただひとつ。
「また泣かせたい」
という、静かな狂気。
(次は……もう少し近くで)
足を一歩だけ前に出す。
それは、
ゆっくりと迫ってくる影の一歩。
志穂の知らないところで、
狂気は確実に深まっていた。
ガラス張りのビルが光を跳ね返し、
車寄せには黒い車が静かに止まっていた。
その少し離れた場所。
人混みの中に、
紛れるように立つ影がひとつ。
黒いコート。
整った横顔。
ノイズのない気配。
新堂晶司。
彼は何もせず、
ただ“見ていた”。
志穂がビルから出てくる。
その後ろに、悠真。
ふたりが並んで歩く姿を、
晶司の瞳がゆっくり追う。
(……迎えに来たのか)
口元が、わずかに緩む。
(反応が早い……
さすがだな、一条悠真さん)
皮肉でも賞賛でもない。
ただの“観察”。
(だが——)
ふたりの距離は、
明らかに昨日までより近い。
志穂は緊張した顔で、
どこか不安げに悠真を見上げる。
(……まだ足りない)
(彼女の目は……
“救われて”いない)
晶司はそれを見逃さない。
(不安は残っている。
心配は消えていない。
——つまり、まだ揺らせる)
その冷静な分析が、
無表情のまま淡々と進んでいく。
運転手が車のドアを開けた。
志穂が乗り込む。
続いて悠真も。
車内にふたりが消えると、
晶司の瞳がごくわずかに細められた。
(……密室か)
風でも吹いたかのように、
晶司のコートが揺れた。
だが彼は歩き出さない。
追いかけもしない。
ただ、静かに“立ち続けた”。
通り過ぎるスーツ姿の会社員たちは、
彼がそこにいることすら気づかない。
影のように存在して、
影のように息づく。
(志穂さん……
どんな顔をしているだろう)
(泣いているか?
怯えているか?
それとも——
安心して、甘えているか?)
そこまで考えた瞬間、
晶司の目にふっと光が宿った。
興奮でも焦りでもない。
もっと静かで、もっと深い。
(泣いている顔が見たい)
(怯えて震える肩を見たい)
(“救い”を求める目を……
もう一度、間近で)
その欲望が、
胸の奥でじわりと熱を増した。
愛ではない。
恋ではない。
ただの——
「観察したい」 という狂気。
車がゆっくり動き出す。
志穂と悠真を乗せて、
通りを進んでいく。
晶司は動かない。
追わない。
(今は……まだいい)
(焦る必要はない)
(距離を詰めるには……
“彼女の不安”が残っている状態が好ましい)
コートのポケットに手を入れ、
小さな黒い録音デバイスの感触を確かめる。
(次は……声だ)
(いつでも“震えた声”を聞けるように)
(どんな言葉で壊れるのか……
もっと知りたい)
車が視界から消えた後も、
晶司はその方向を静かに見つめていた。
風が吹き抜ける。
しかし晶司の頬には、
少しの揺らぎもない。
(志穂さん……
あなたは、面白い)
(あの優しさも、
弱さも、
涙も——)
(俺を惹きつける)
そして、
その瞳の奥に浮かぶのはただひとつ。
「また泣かせたい」
という、静かな狂気。
(次は……もう少し近くで)
足を一歩だけ前に出す。
それは、
ゆっくりと迫ってくる影の一歩。
志穂の知らないところで、
狂気は確実に深まっていた。