『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第49章「新堂家の叔父、三者会談の通達」
夜のマンションに戻ると、
玄関の灯りが柔らかく照らし出した。
コートを脱ぐ悠真の背中を、
志穂はそっと見つめていた。
(あんなふうに守ってもらえるなんて……
思ってなかった……)
胸の奥がまだ温かい。
涙の痕も残っているけれど、
今は不安より“安心”が勝っていた。
――その時だった。
ピンポーン……
玄関の呼び鈴が、
不気味なほど澄んだ音で鳴った。
「……こんな時間に?」
志穂が不安そうに眉を寄せる。
悠真はすぐに表情を固め、
玄関へと歩く。
ドアスコープを覗いた瞬間、
わずかに目を細めた。
「……新堂家の使者だ」
「っ……!」
志穂の喉が鳴る。
悠真は深く息を吸い、
ドアを開けた。
「夜分に失礼いたします、一条様」
深々と頭を下げたのは、
新堂家の執事・神崎。
年配で、無表情で、
声まで冷たく整っている。
彼は黒い封筒を両手で差し出した。
「新堂家当主より、
一条家ご夫妻へ正式なご通知です」
悠真は封筒を受け取りながら訊ねる。
「用件は?」
「三者会談を正式に開催するとの通達です」
志穂の肩がびくりと揺れた。
「日時は二日後。
場所は新堂家本邸・離れの応接室。
議題は――」
執事は淡々と続ける。
「“志穂様に関する今後の進退”について。」
空気が、一瞬で凍りついた。
(……進退?
わたしの……?)
志穂の心臓が苦しげに跳ねる。
「勝手な話だな」
悠真の声は低い。
抑えられた怒りが滲んでいた。
「志穂は“一条家の妻”だ。
新堂家にとやかく言われる筋合いはない」
「しかし――」
執事は微動だにせず言う。
「真理様との破談以降、
新堂家では“一条家との関係整理”が検討されております」
「関係整理……?」
(関係……整理……?
わたしが……いらないってこと……?)
志穂の指先がかすかに震えた。
「もちろん、
一条志穂様を責める意図はございません」
執事は表情の欠片も変えず、
続ける。
「ただ……
妹様には“真理様の代わりに婚姻を担っていただく責務”が
ある、という意見が強いのです。」
志穂の胸がぎゅっと詰まった。
(代わり……?
わたし……また、誰かの……代わり……?)
息が辛くなる。
しかし――
「その話を、志穂に向けるな」
悠真が一歩前に出た。
低い声は怒りを殺しているのに、
空気が震えた。
「志穂は“誰かの代わり”ではない。
俺の妻だ」
執事の眉が僅かに動いた。
「……それを証明していただくための、
三者会談でもあります。」
「証明だと?」
「はい。
当主は“あなたの覚悟”を確認したいのでしょう」
(覚悟……?
悠真くんの……?)
(どうして……そこまで……)
志穂の心が揺れる。
執事は丁寧に頭を下げた。
「二日後、午後二時。
一条ご夫妻そろってお越しください」
そして冷たく締めくくる。
「これは“出席必須”でございます。
――新堂家と一条家の未来のために。」
その言葉を残し、
執事は静かに立ち去った。
廊下の灯りが、
彼の背を長く伸ばす。
扉が閉まると、
静寂が戻った。
「……志穂」
悠真が、ゆっくりと妻の方へ振り返った。
志穂は青ざめ、
目にかすかな涙が浮かんでいた。
「わたし……
迷惑……かけてる……?」
その弱々しい声。
「わたしが……
お姉ちゃんの代わりに見られて……
一条家にも……あなたにも……
迷惑、だよね……?」
震える声に、
悠真は一歩で近づいてきた。
「志穂」
「……」
「迷惑なわけないだろ」
近くで見る悠真の瞳は、
本当に怒っていた。
「俺は……
おまえの“代わり”を探したことなんて、一度もない」
「でも……」
「おまえが必要なんだよ、志穂」
その言葉が胸に刺さり、
涙があふれた。
「だから……
三者会談なんてくだらない場で、
おまえを傷つけさせない」
「悠真……くん……」
「俺が守る。
必ず。」
静かな誓いだった。
けれどその静けさが、
いちばん力強かった。